(2)親の心、子知らず?

 実家に戻っていたシレイアが、ローダスと郊外に繰り出した休日。その日の夕食の席で、さり気なさを装いながらノランが話を切り出した。


「シレイア。今日はローダスと出かけたんだろう? どうだった?」

 どことなく、話を聞き出したくてうずうずしている父の気配を察知しながらも、シレイアは素っ気なく言葉を返した。


「どうって? 話に聞いていた通りの、素敵な庭園だったわよ?」

「そうか。それは良かったな。それで、何かローダスから話があったのか?」

「話? 向こうは特になかったみたいだったから、私があの庭園の成り立ちと局長の功績について、懇切丁寧に解説してあげたけど」

「え? それはどういう事なんだ?」

「つまり、あそこの庭園は、元はと言えば……」

 困惑顔になった両親に、シレイアはその庭園の成り立ちと、普段は隠された役割について簡潔に、順序立てて説明する。そして今後の抱負で話を締めくくった。


「そういうわけで、防災と老若男女の憩いの場を兼ねたあのような場所を考案するような局長の非凡さを改めて認識して、そんな局長を抜擢した王妃様の見識の深さに改めて感じ入って、いつかは局長のようにあらゆる人に恩恵を与えられるような施策を提案できる官吏になってみせると、決意を新たにして帰って来たというわけ」

「…………そうか」

「それは十分意義のある休日だったわね」

 想像していた内容とは全く異なる内容だったため、ノランはがっくりと肩を落として落胆し、ステラはそんな夫を横目で見ながら朗らかに微笑んでおり、夫婦間の落差が激しかった。そんな両親の様子を見て、シレイアは笑いを堪えるのに苦労しながら話を続ける。


「本当にそうだと思うわ。それにこのタイミングで誘って貰えて良かった。今度の休日だと、サビーネとの約束が入っていたから」

 その台詞に、すかさずステラが反応する。


「あら、サビーネさんと? それなら、やはりそちらの方を優先しないといけないわね。最近はお互いに忙しくて、なかなか会えていなかったのでしょう?」

「そうなの。それに加えて、彼女は伯爵家のイズファイン様と以前から婚約しているのだけど、いよいよ再来月に挙式するのよ。それで本格的に準備で忙しくなる前に、二人でゆっくり顔を合わせることになったの。心ばかりの物だけどお祝いも渡したいし、今後はそうそう気楽に会えなくなると思うから」

 それを聞いたステラは嬉しそうな反面、少々残念そうな顔つきになった。


「まあ、そうだったの。それはおめでたいこと。でも確かに伯爵家の嫡男に嫁いだら、今後は気楽に会えなくはなるかもしれないわね」

「本人は『会おうと思えばいつでも会えるわよ』とか、気楽に手紙で書き送ってくるけど。でも確かに彼女だったら、平気で出歩きそう。基本的に社交的で、物怖じしない性格だし。クレランス学園在学時代も、貴族平民問わず交友関係は広かったもの」

「そうは言っても、確かに結婚するとなると色々変わるものもあるでしょう。せっかくの機会だし、二人でゆっくり積もる話をしてくると良いわ」

「うん、そのつもりよ」

 そこで女二人で、お祝いは何を準備したのか、挙式はどこの教会で執り行われるのかなどの話で盛り上がっていると、ノランが控え目に声をかけてきた。


「その……、シレイア?」

「何? お父さん」

「サビーネさんは、お前と同い年だよな?」

 その問いかけに、シレイアは本気で戸惑いつつ問い返した。


「え? サビーネは、サビーネ・ヴァン・リール伯爵令嬢のことよ? 私達がクレランス学園で同級生だったのを、これまで散々話してきたわよね? お父さんったら、今更何を言っているの? まさか忘れたわけじゃないわよね?」

 一瞬、シレイアは父親の頭の病気や痴呆を疑ってしまった。対するノランも、娘が感じた疑念を察したらしく、慌てて首を振って否定する。


「ああ、うん。大丈夫だ。それは勿論、ちゃんと理解している。ただ私は、同い年の同級生に前々から婚約者がいて、近々結婚するという事実に対して、お前が何か思うところはないのか聞いてみたかったんだ」

 そう尋ねられたシレイアは、軽く首を傾げながら淡々と言葉を返す。


「思うところ? それはまあ、それなりに色々あるけど?」

「そうか。因みにどんなことだ?」

「ええと……。やっぱり貴族ともなると、家同士の関係で子供の頃から婚約者がいるのは当たり前なのね、とか、親に決められた婚約者でも、相手が人格者のイズファイン様で良かったな、とか、サビーネだったら良好な嫁姑関係を築けるだろうな、とか、挙式の招待状を貰ってしまったけど、何を着ていこうかな、とか。取り敢えずこんなところかしら?」

「…………そうか」

 シレイアは僅かに考え込みながら、思いつくまま正直に口にした。それを聞いたノランが、再び重い溜め息を吐いて項垂れる。そんな夫を、横に座っていたステラが小声で窘めた。


「あなた。いい加減に諦めなさいな」

「いや、そうは言っても」

「第一、こういう事は本人の問題でしょう」

「しかしだな」

「二人とも、何をブツブツ言ってるの?」

 テーブルの向かい側で、何やら小声で揉めている両親に、シレイアは怪訝な顔になりながら声をかけた。それにステラが素早く反応し、笑顔で言葉を返す。


「なんでもないわよ。明日は出勤だし、ここから王宮に向かうなら時間がかかるから、早めに寝なさいね? 明日は早く起こすから」

「もう子供じゃないんだし、起こされる前に起きるわ。でも早めに寝るようにするから」

「そうしなさい」

 それからは互いに幾つかの話題を出し、久しぶりの家族団欒を済ませてから、シレイアは自分の部屋に引き上げた。そして寝る支度をしながら、夕食時のノランの様子を思い浮かべて苦笑いの表情になる。


「全く……。困らせたくはないけど、お父さんも相変わらずよね。私に良い顔をしていないで、言いたい事があればはっきり口にすれば良いのに……」

 父親が何を口にしたかったのかを察せないほど鈍くはないシレイアだったが、敢えて自分から話題に出すつもりは皆無だった。それと同時に、口うるさく言及してこない分別のある両親であることに、シレイアは密かに感謝していた。









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