(5)悪筆の暴露

「それで? 本当に殿下達は、昨日から全生徒分のアンケート用紙を手書き中なの?」

 同じ頃、《チーム・エセリア》の面々が揃った所でローダスが事の次第を報告すると、以前ワーレス商会に顧客の意見集約方法として提案し、既に運用しているアンケートを利用して時間稼ぎを目論んでいたエセリアは、予想外の話の流れに目を丸くした。そんな彼女を眺めながら、ローダスが苦笑いで説明を加える。


「“殿下達は”と言うか、“側付き達が”がですね。廊下で側付きの三人とすれ違った時に、『自分が一番汚い字を書いているくせに、何言ってやがる。手伝わせると仕事が増えるだけだ』とか、小声で悪態を吐いていましたから」

「そっ、そうなのっ……」

 何故かそこでエセリアが、口元を手で押さえながら笑いを堪える様子を見せた為、その場の殆どの者は(今の話のどこに、笑いの要素が……)と首を傾げた。そこで笑いの発作に襲われているらしいエセリアの代わりに、サビーネが真顔で解説する。


「殿下の直筆を目にした事のない人には分からないと思うけれど、殿下の悪筆は教授陣泣かせなの。試験時毎に『正解が書いてあるかどうか判別できない』と、泣き言を漏らされていると小耳に挟んだ事がありますし、私は偶々提出物を回収している時に目にした事がありますが、あれはちょっと酷いですわ……」

 遠い目をしながら語ったサビーネに、驚いたカレナが反射的に尋ねた。

「仮にも王太子である方が、そんなに悪筆で大丈夫なのですか?」

 それに、何とか平常心を取り戻したエセリアが、淡々と答える。


「王族なら公務では、サイン位しかしないですから。長々とした文書は文官が書きますし、親書とかもよほどの事が無ければ代筆でしょうから、大して支障はないでしょう」

「なるほど……、それもそうですね」

 カレナが素直に頷いて納得したところで、エセリアはローダスに視線を向けた。


「ローダス。その作業は、あとどれ位で終わりそうかしら?」

「そうですね……。放課後を利用して書いていますが、側付きの奴らが如何にも嫌々書いているのが丸分かりの状態ですし、少なくとも明日まではかかるのではないですか?」

「それなら紫蘭会の会員には、アンケート用紙が配られたら『音楽祭の開催を希望する』項目の方に丸を付けてもらう様に、今日中に話を伝えておいて貰わないとね」

 エセリアが唐突に言い出した内容を聞いて、他の者は全員怪訝な顔になった。


「え? どうしてそんな事をする必要があるのですか?」

 代表してサビーネが疑問を呈すると、エセリアが落ち着き払って答える。

「ある程度の人数が殿下の企画に賛同しないと、水面下で彼らを支持していると思い込ませている仮想集団の存在を、殿下達に疑われてしまう事になるでしょう?」

「言われてみれば、そうですね。アンケートを取って、誰も開催を希望しなかったら不自然です」

 サビーネが納得したように頷いた隣で、ミランが驚きで目を大きく見開きながら、慌てて問い質してきた。


「それではまさか、今回エセリア様がアンケートなどを持ち出したのは、全く存在などしていない《反エセリア派の抵抗勢力》が如何にも存在しているかのように、殿下達により明確に印象付ける為だったのですか!?」

 彼がそう口にした途端、全員の視線がエセリアに集まったが、彼女は落ち着き払って微笑んだ。


「ミラン、それはあくまでもついでなの。第一の理由は、本当に時間稼ぎだったし。それに便乗する形で、余計な手間を労するように仕組んでくれるなんて、ローダスはさすがだわ」

「恐れ入ります」

 さり気なく誉められて頭を下げたローダスだったが、内心ではエセリアの深謀遠慮に舌を巻く思いだった。それは他の者も同様で、感嘆の溜め息が漏れる。


「さすがはエセリア様ですわ」

「本当に、二段構えの作戦とは……」

「凡人には今後の展開が予測出来ませんので、教えて下さい。これからどうなる、いえ、どうなさるおつもりですか?」

 それを受けて、エセリアが顔付きを改めながら申し出る。


「勿論、音楽祭などを開催するつもりは無いわ。だから、関係各所に根回ししておくつもりよ。あなた達にも動いて貰いますね?」

「お任せ下さい」

「また楽しくなってきましたね」

 エセリアの指示の下、《チーム・エセリア》の面々は早速一致団結し、グラディクト達の暴走を抑える為の活動に、勤しむ事となった。

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