(17)予想以上の惨状
慌ただしく過ごすうちに剣術大会の開催が近付き、接待係の打ち合わせ当日となった。放課後、グラディクトとアリステアが会場の教室に出向いている間、シレイアとローダスは時間を無駄にせず図書室で勉強し、打ち合わせが終わる頃合いを見計らって統計学資料室に出向くことにしていた。
「うわぁ、駄目だわ。どんな展開になっているのか不安でしかたがなくて、何も頭に入ってこない……」
しばらく無言で問題を解いていたシレイアだったが、いきなりそんな事を呻きながら広げた問題集の上に突っ伏した。並んで座っていたローダスが、そんな彼女を眺めてしみじみとした口調で呟く。
「お前にそこまで言わせてしまう殿下と彼女って、ある意味凄いな……」
「何よ? ローダスは、あの二人が今頃何をやらかしているか気にならないの?」
「さすがに気になってはいるが、今の俺達にはどうしようもないだろう。どうしようもない事を、あれこれ悩んでも時間の無駄だ。さっさと予定の範囲まで終わらせて、すっきりとした気持ちで顔を出しに行くぞ」
「もっともな意見だけどね……」
淡々と言い聞かされて、シレイアはなんとか気を取り直し、暫くの間集中して問題に取り組んだ。そして首尾良く全問正解を導き出したシレイアは、ローダスと共に変装して気分良く統計学資料室に出向いた。
そこでノックをしようと拳を上げたシレイアだったが、室内から漏れ聞こえてくる楽しげな笑い声を耳にして意外に思った。それはローダスも同様だったらしく、不思議そうな表情で感想を述べる。
「随分機嫌が良いみたいだな。心配していたほど、酷い状態にはならなかったんじゃないか?」
「そうなのかしらね……。それはそれで、レオノーラ様達の負担が大きかったみたいで、心配になるのだけど」
「それを、これから確かめるんだろう?」
ローダスが苦笑いでシレイアを宥める。それで彼女は気を取り直し、ドアをノックした。
「失礼いたします。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ああ、モナにアシュレイか。構わないぞ。遠慮せずに入って来い」
「ありがとうございます」
「失礼します」
予想に違わず、機嫌のよいグラディクトに招き入れられた二人は、内心で安堵しながら探りを入れた。
「本日の接待係の打ち合わせが、どのような内容だったのか気になって押しかけてしまいました。お二人の語らいの時間にお邪魔して、申し訳ありません」
「ですが、特に問題はなかったようですね。安堵いたしました」
「いいや。問題大ありだったぞ。あんなものに時間を割くなど愚の骨頂。早々に退出してやった」
ふんぞり返ってグラディクトが言い放った台詞を聞き、シレイアとローダスはさすがに動揺した。
「え、えぇ!? 早々に退出なさったのですか!?」
「ですが、接待係としての活動のために、必要な打ち合わせの場ではなかったのですか!?」
「私もそう思っていたのだがな。実際に立ち会ってみたら、お前達も同意見の筈だ」
「本当に無駄でしたよ。あの人達、私が下級貴族だからって馬鹿にしているんです。本当にする事が陰険ですよね!」
グラディクトとアリステアが憤然として言葉を返してくる。しかし、はいそうですかなどと納得できる筈もなかったシレイアは、言葉を選びながら食い下がった。
「ですが……、お二方がそう感じたのは、多少の言葉遣いの違いや、少々価値観が異なる事からくる行き違いが重なった故ではないのでしょうか。レオノーラ様ほどの、上級貴族の中でも指折りの権勢を誇る方であれば、あからさまに他人を貶めるような行為をされるとは考えにくいのですが……」
そんなシレイアの慎重な物言いを、グラディクトは鼻で笑った。
「モナのような下級貴族では上級貴族に遠慮する気持ちは分かるがな、残念な事に自分の家名や血筋だけで、他人より優位に立っていると勘違いする者の方が多いのだ」
(ええ。それって、そのままあんたの事よね)
シレイアがすかさず心の中で突っ込みを入れていると、アリステアが補足してくる。
「あの人達、打ち合わせが始まると同時に、延々と接待係とは関係のない話を始めたの。ありえないわよ」
「その……、関係ないように思えても、良く聞くと接待係に関係する話だったのではないですか?」
「ぜえぇぇぇぇったいに関係ないわよ! モナさん達にも言われていたから注意深く皆の話を聞いていたけど、開票係の人達やその家とはなんの関係もない話ばかりだったもの!」
「その場に開票係の生徒達の一覧表があったから私も確認しているが、全くその生徒や家に関係がなかったな」
「そうですか……」
アリステアに力一杯断言され、グラディクトにも真顔で断言されて、ローダスはそれ以上物を言えなかった。
「そんな調子で、どうでも良い世間話ばかり延々と話しているんだもの。暇人に付き合う程、暇じゃないわ。だから遠慮なく席を立ってきたの。一応、己の振る舞いを省みた方が良いですって、忠告もしてあげたわ」
「アリステアは本当に優しいな。今回の事で、レオノーラがエセリアの手先で、アリステアに嫌がらせをする指示を受けているのがはっきり分かったな。だが周囲の手前、これ以上あからさまに嫌がらせはできまい」
「そうですよね。要は、当日しっかり私が接待係をこなせれば、皆さんの目も覚めるはずですし。私、頑張ります!」
「さすがだな、アリステア。私もできるだけの助力はする。開票係の生徒の家に関係する話題を、側付き達に集めさせよう。お前達も頼んだぞ」
変に自信満々のアリステアに、シレイアとローダスは呆気に取られて眺めるだけだった。しかし唐突にグラディクトに話を振られ、慌てて頭を下げる。
「は、はいっ! 勿論でございます」
「存分にお申しつけください」
なんとか内心の動揺を押し隠しながら二人は頭を下げ、早々にその場から引き上げた。
「一体、どういう事? あのレオノーラ様が、そんな嫌がらせをするとも思えないけど」
「俺も同感だが……。どうせ明日集まる事になっているし、その場で報告しつつエセリア様の意見を聞いてみよう。もう済んでしまった事だし、急いで報告する必要はないよな?」
「それはそうよね」
要領を得ない展開に、二人は首を傾げつつ廊下を歩いて行った。
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