(18)シレイアの機転
シレイアとローダスの報告で、接待係の打ち合わせ時にアリステアとグラディクトが早々に席を立ったのを知ったエセリアは「まさか本当にそのまま、アリステア嬢と殿下は、接待係の打ち合わせの場から退席したの?」と、傍目にも分かる程に青ざめて絶句した。当人達から、開票係の生徒達とは無関係な世間話を延々としていただけだと聞いていたシレイアは、内心で(どうしてそこまで問題になるのかしら?)と疑問に思う。
それで同様のローダスと共に詳細を伝えたのだが、一通り聞き終えたエセリアやサビーネからその打ち合わせの重要性を説かれ、(貴族の奥様お嬢様達って、そんな一見まだるっこしくて面倒くさい形式での情報共有をしているの!?)と、今度はシレイアの顔から血の気が引いた。しかし剣術大会は翌週に迫っており、今からアリステア達に色々働きかけても無理と即断したエセリアは、人気投票開票日に不測の事態が生じた時の対策を立てて備えることにした。
※※※※※
「うぅぅ、本当に失敗したわ。まさか無関係と思われていた話の内容に、重要な情報が紐づいているなんて。そんな会話を流れるようにこなしているなんて、予想だにしていなかったもの……」
開票会場になっている講堂に隣接した棟、しかも最も講堂側に位置した教室内に潜みながら、シレイアが項垂れながら呻いた。そんな彼女を呆れ気味に眺めながら、同様に不測の事態に備えているローダスが宥める。
「まだ言っているのか? さっき人気投票の開票が始まって、接待係の活動も始まっているっていうのに。いつまで引きずっているつもりだ」
「そうは言っても……」
まだ鬱々とした様子のシレイアに、今度はミランが声をかける。
「僕も、まさかそういう事だったとは思いませんでした。でもエセリア様はエセリア様で、自分達が当然こなしている社交術が庶民の我々に即座に理解できないとは、予想だにしていなかったんですよ。ですから一見完璧に見えるエセリア様にも、見落としたり把握できない事柄や事態があるわけです。そこをフォローするために、庶民の僕達が必要なのだと思いますよ?」
「ミランの言う通りだ。ほら、気持ちを切り替えてしっかり備えるぞ。いつ何時、何が起こるか分からないんだからな」
重ねて言われ、シレイアもさすがに気を取り直して頷く。
「そうね。うん、何があっても騒動を悪化させず、鎮静化させてみせようじゃない」
「その意気だ」
「ええ、三人で頑張りましょう」
「それにしても……、チラッと見せて貰ったけど、本当にワーレス商会って太っ腹ね」
「それは俺も驚いた。総主教会でも最高ランクの招待客対象の貴賓室にしか置いていないレベルだぞ」
「ありがとうございます。父が『エセリア様のお役に立てるのなら、これくらいお安い御用だ』と張り切ってしまいまして」
室内に用意してある木箱に視線を向けながら、シレイアとローダスが嘆息する。それにミランが苦笑していると、ノックもなしにドアからカレナが駆け込んで来た。
「大変です!! アリステアさんが、お茶を零しました!!」
彼女の第一声に、三人は驚くのを通り越して呆気に取られる。
「え? 開票開始からまだ一時間も経っていない筈なのに……」
「というか、開始早々から堂々と休憩する馬鹿はいないだろうし、開票係が休憩を取り始めてから、まだそれほど時間が経っていないんじゃないか?」
「カレナ、落ち着いて。もう少し詳しく話を聞かせてくれる?」
シレイアが冷静に詳細を尋ねると、カレナは息を整えてから報告を始めた。
「はい。開票係の方達が休憩を取り始めてから、アリステアさんが担当しているテーブルに何人か座ってお茶を飲んでいたのですが、最初の人から不穏な空気が漂っていまして。他のテーブルでは和やかな空気が満ちていたのに、そこだけ盛り上がらないと言うか険悪な雰囲気と言うか……」
「容易に想像できてしまうわね」
「それで、何人目かでアリステアさんの前に案内された方が、強引にレオノーラ様担当の席に座ってしまって、頑として動かなかったんです。それで仕方なくその方をレオノーラ様が担当していたら、無視されて腹を立てたのかアリステアさんがその人の前に乱暴にお茶が入ったティーカップを置いて、その拍子にカップが倒れてテーブルクロスとその方の制服にお茶が派手にかかってしまいました。それで講堂内が騒然となったので、慌ててこちらに知らせに来ました」
カレナが端的に、しかし一息に告げた内容を聞いて、三人はうんざりした表情になる。
「最悪だわ……」
「良くそこまで的確にトラブルを引き起こせるな。呆れたぞ」
「準備しておいた甲斐がありました。急いでこれを、会場に持っていきましょう」
「そうだな。シレイア、行くぞ」
そこでローダスとミランが、木箱に手をかけて持ち上げようとした。しかしシレイアがそれを制止しつつ、カレナに問いかける。
「二人とも、ちょっと待って。カレナ、テーブルクロスにお茶を零したって言ったわよね?」
「はい。それが何か?」
「昨日、会場設置を手伝ったから備品については把握しているけど、テーブルクロスの予備はない筈。そうなると、アリステアが担当していたテーブルはどうなるかしら?」
それを聞いたカレナは一瞬考えたものの、すぐに言葉を返す。
「それは……。マナー的には、テーブルクロスが無ければ接待の場としては相応しくありませんから、そのテーブルで接待係の活動はできなくなります」
「やっぱりそうよね。ワーレス商会が準備した物の中に、新しいテーブルクロスがあるのよ。アリステアが講堂内にいる間にそれを持ち込んだら、テーブルクロスを交換して接待係を続行することになりかねないわ」
「確かにそうですね。分かりました。一度講堂に戻って、現場と彼女の様子を窺ってきます」
「お願いね」
「お任せください」
察しの良いカレナが率先して講堂に駆け戻って行き、それを三人は微妙な表情で見送った。
「確かに、交換する備品があるならこのまま続ける、とか言いそうだな」
「少しは我が身を省みて貰えないものでしょうか」
「どこまでも自分本位よね」
思わず愚痴を零した三人だったが、カレナが予想位以上に早く戻って来る。
「アリステアさんとグラディクト殿下が、講堂を出て行きました! どうやらアリステアさんの仕事を続行させるために、代わりのテーブルクロスを調達するつもりのようです!」
「どこから調達するつもりなのよ。礼儀作法の教授が管理している備品室にはあるけど、剣術大会中は授業は無いから学園内にいない教授も多いのに」
思わずシレイアが呟いたが、そこで三人は迷わず木箱に手を伸ばす。
「そんな事より、今のうちに運び込むぞ!」
「ええ、急ぎましょう!」
「二人がいつ戻って来るか分かりませんしね!」
一つずつ木箱を抱え上げた三人は、カレナが開けてくれたドアから廊下に出て、慎重にしかし急ぎ足で講堂へと向かった。
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