(4)両親の馴れ初め

「良い伯父さんで、安心したよ」

「これなら二人の生活に、心配はいらないね」

「伯父さん達のいうことを聞いて、頑張るんだよ?」

「皆、ありがとう。お世話になりました」

「さようなら!」

 村の殆どの人間が集まり、涙まじりの笑顔で見送られたルーナとアリーは、動き出した幌馬車の荷台から手を振って、彼らとの別れを惜しんだ。しかし曲がりくねった山道をゆっくり下りていくと、すぐに村人達の姿が見えなくなり、ルーナは隣の妹の様子を窺う。


「アリー、大丈夫?」

「……うん」

 住んでいた場所から離れるのはやはり心細いらしく、アリーは涙目になっていたものの、それ以上泣き出したりはせずに小さく頷く。それを見たルーナは妹を促して荷台の前方に移動し、御者台に座っているゼスランの隣に座った。


「伯父さん。隣、良いですか? この際、伯父さんに聞いておきたいことがあるんですけど」

「何かな?」

「父さんとの出会いについて母さんから聞いていた話では、お母さんの実家全員でこの近くを旅行中に盗賊に襲われたところを、偶々その場に遭遇した父が棍棒1本だけで撃退したとか聞きましたけど、それって本当ですか?」

「おねえちゃん、おじさん、それ本当?」

 ルーナの後ろでアリーが目を丸くしているのを見て、ゼスランは馬の手綱を握ったまま苦笑した。


「ああ、本当だよ。あの時、賊は7、8人はいたと思うけどね」

「その後しばらくして、父さんが高級品の毛皮を売りに中央街に出向いた時、たちの悪いごろつきに囲まれていた母さんを助けて、運命の再会を果たしたというのは……」

「その通りだよ。偶然って凄いね」

「それなら、その場で母さんが父さんを口説いて、返事も聞かずに問答無用で家に引きずっていって『この人と結婚するから』と宣言したっていうのは……」

「え? おかあさんが? おとうさんじゃなくて?」

 微妙な顔つきでルーナが確認を入れると、アリーがキョトンとしながら姉と伯父の顔を交互に見やる。そんな姉妹を眺めてから、ゼスランが深い溜め息を吐いた。


「……ああ、それで間違いない。あの時、全く展開についていけないダレンさんが、固まっていたな。二回しか面識がない女性から、いきなり『あなたと結婚するから』と言われたら、困惑しない方がおかしいだろう。ロザリーを無理に振りほどけずにずるずると我が家にまで来てしまったが、ダレンさんはそこで別れて帰宅したんだ」

「本当でしたか……。母さんから聞いた時は、冗談かと思っていたのに……」

「おかあさん……」

 微妙を通り越して非常識過ぎる話に、ルーナとアリーが揃って項垂れた。そんな姉妹を気の毒そうに眺めてから、ゼスランが当時の説明を続ける。


「そこで、当然結婚に大反対した父とロザリーの間で大喧嘩になってね。酷い罵り合いに発展したんだ」

「それはどう考えても、仕方がないと思います」

「『獣を獲って肉を食い皮を剥いで生計を立てるなど、卑しいこと極まりない男などにお前をやれるか!』と父が罵倒したら、ロザリーが『自分では何一つ生み出さず作り出さず、他の人が生産した物を取り扱うだけで生計を立てている方が卑しいわよ! この守銭奴野郎!』と怒声を放って、修復不可能な亀裂が入って……」

 そこでゼスランが申し訳なさそうな顔になって言葉を区切ると、ルーナは片手で顔を覆いながら呻いた。


「あの母さんだもの……。当然そこに至るまでに、かなり熾烈な口論があったんですよね。これ以上の詳細は話してくれなくても良いですが、それで勘当されたんですね?」

「勘当以前に、書き置きを残して家出したよ」

「……母さん。行動力ありすぎだわ」

「おねえちゃん、『しゅせんど』とか『かきおき』ってなに?」

 がっくりと肩を落としたルーナの横で、アリーが不思議そうに尋ねる。その姉妹の対比が面白く、ゼスランは笑いだしたいのを堪えながら話を続けた。


「実はその出奔には、私の妻が一枚噛んでいてね。近所に住んでいて小さい頃から仲が良かったから、当座に必要なお金と貸した上、商品を買い付けにいく自家の使用人に頼んで、この近くまで送って貰ったそうだ」

「そうだったんですか……」

 もう溜め息しか出ないルーナに、ゼスランは冷静に説明を続けた。


「ロザリーはその時に借りた金は少しずつきちんと返していたし、手紙も時々くれていたが、最近はきていないなと妻も思っていたんだ。しかし二人目も生まれたし、色々忙しいのだろうと思っていてそのままにしていて……。だから知らせを聞いて凄く悲しんだし、君達が来るのを心待ちにしているよ」

「そうですか……。会うのが楽しみです」

「うん、楽しみだね」

 そこで気を取り直したルーナは、アリーと顔を見合わせて小さく笑った。

 それから馬車は、何事もなく中央街に向かって進んで行った。早朝に出発して馬を続けて走らせれば、夜遅くには到着できる距離ではあったが、山道が続くことと小さい子供連れであることを考慮したゼスランは、余裕を持って昼過ぎに村を出発して夕刻に街道沿いで一泊し、翌日昼過ぎに自宅に到着したのだった。


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