(3)伯父の気配り

 一度自宅に戻ったゼスランは、約束通り翌週再びやって来た。


「やあ、ルーナ、アリー! 待たせたね!」

 約束の日時に間に合うよう、ルーナとアリーは纏めた荷物を抱え、麓の村まで下りた。そしてエルヴィスと共に広場で待機しているとゼスランがやって来たが、大きな幌馬車が二台に騎馬が三騎前後を固めており、その物々しさにルーナは首を傾げた。


「ご苦労様です……。あの、この荷物はなんですか?」

「ロザリーと君達がこれまでお世話になった村の人達に、ささやかながらお礼がしたくてね。お金で渡しても、ここからは近くの街に行くのに時間と労力がかかって買い物も大変だから、色々取り揃えて持ってきたんだ」

 荷馬車の御者台から降りながらゼスランが事もなげに言うと、エルヴィスが幾分困ったように口を挟む。


「ゼスランさん。我々がロザリーさんやこの子達にしたことは大したことではありませんし、人として当然のことですから」

「確かにそちらのご厚意に対して、却って失礼になるかもしれません。しかしこれは、私達の気持ちですので。このまま受け取っていただければ、ありがたいです」

 ゼスランの真摯な訴えを聞いたエルヴィスは、当初の困惑顔を改め、真顔で頷く。


「分かりました。それではこれはありがたく頂いて、私の責任で村中に分配することにします。お前達、頭数が要るから、手の空いている者達に声をかけて呼んできてくれ」

「分かりました」

「行ってきます」

 エルヴィスが興味津々で周囲に集まって来ていた若者達に言いつけると、彼らが村中に散っていく。それを見送ったゼスランは、エルヴィスに幌馬車の荷台にある木箱や樽、積み重なっている包みなどを指し示しながら、説明を始めた。


「それでは簡単に、荷物の説明をします。こちらの包みの山には各種の布地が、こちらの箱の中には糸や針が入っています。塩や各種香辛料はこちらの箱に纏めてありまして、こちらの樽にはお酒です。それから油ですが……」

(この荷馬車の中に、ぎっしり積んであるわ。伯父さんのうちって、お金持ちなの?)

 ルーナが荷台を覗き込んで呆気に取られているうちに、騒ぎを聞きつけたり、村長からの指示で呼びつけられた者達が広場に集まり、運ばれてきた荷を見た全員が歓声を上げた。


「大盛況だな。運んできた甲斐があるってものだ」

 ルーナが反射的に見上げると、満足そうな声音で感想を述べたのは、ゼスランに付き従って来た、揃いの服を着た男達の一人だった。


「あの……、誰ですか? 伯父さんの家の人ですか?」

 その問いかけに、相手は笑顔で答える。

「俺達のような人間を見るのは初めてかな?」

「はい。これまで見たことはないですが、剣を持っていますし、騎士様ですよね? でも商人の伯父さんが騎士様を雇っているとは思えないし、どういう人なんですか?」

 その素朴な疑問に、騎士は笑顔のまま話を続けた。


「勿論、俺達は直接ゼスランさんに雇われているのではなくて、ご領主様配下の騎士団所属の騎士だよ」

「ご領主様の騎士団?」

「俺達は公爵様のご家族や屋敷だけをお守りすれば良いわけではなく、領地内の治安を守るのも仕事だからね。領地内の各詰め所に領民から要請がされて、必要があると認められれば、民間人の警護もするんだ」

「そうなんですか……。全然知らなかったです」

「大量に買い付けた商品や穀物の運搬時や、隊商の警護もするよ。今回はこの荷物を運んできたし、万が一盗賊に目をつけられて、襲撃されたら大変だろう。それに帰途は大事な姪ごさん達も一緒だから、ゼスランさんが念には念を入れて要請を出したんだろうね。店の者を連れて来ても、襲われたら対処できないだろうし」

 そのために騎士を四人、しかもその一人は荷馬車の御者として働かせてしまったという事実に、申し訳なくなったルーナは思わず頭を下げた。


「その……、お手数おかけしています」

 するとその騎士が彼女の頭を撫で、いつの間にか集まって来た他の三人の騎士も同様に笑いながら告げる。


「いいって! 気にするな!」

「子供は素直に『ありがとう』って言えば良いからな」

「そうそう。それにゼスランさんは良い人だからな。ちゃんと全世帯に必要な物が渡るように、細々とした準備を整えてきたし」

「簡単に事情は聞いているが、二人ともこれからは安心して暮らせるよ」

「はい」

「うん!」

 ルーナ達が笑顔で頷くと、積み重ねた箱を両手で抱えたゼスランが声をかけてきた。


「ルーナ、アリー。リゼルさんは足が悪くて歩くのが大変だと聞いていたから、こちらからご挨拶とお礼に行くつもりなんだ。案内してくれるかい?」

 その申し出に反対する理由はなかった二人は、嬉々として応じる。


「はい」

「こっちだよ!」

「じゃあ行こうか」

「伯父さん、荷物を少し持ちますよ?」

「ああ、ありがとう」

(やっぱり気配りができる、善良な人みたい。お世話になっても、大丈夫かな? 血の繋がった伯父さんが、こういう人で良かった)

 軽めの箱を受け取ったルーナは先導する妹の後について、ゼスランと並んでリゼルの家に向かって歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る