(19)奇襲

 カテリーナとの話を終わらせたジャスティンは、全く時間を無駄にせず王宮内を駆け抜け、厩舎に預けてある愛馬に飛び乗った。そしてまずは自宅を目指し、タリアに帰宅が遅れると告げてから、そのままの勢いで実家に向かう。

 到着時にはまだ日は落ちておらず、ガロア侯爵邸の門はまだ開け放たれており、ジャスティンは正面玄関まで馬で乗り入れた。そして馬車寄せの支柱に馬の手綱をくくりつけていると、物音と馬の鳴き声を聞き付けて、玄関から年配の執事が現れる。


「ジャスティン様? 今日はどうなされました? お出での予定は無かったかと思いますが」

 互いに見知った間柄であり、ジャスティンは挨拶を抜きにして玄関ホールに入った。


「急用だ。父上と母上はどこだ?」

「生憎、只今来客中でいらっしゃいますが……」

「それならジュール兄上は?」

「いらっしゃいます。お呼びしますので少々お待ちください」

「ああ、頼む」

 ジャスティンの険しい表情から至急の用件だと察した執事は、彼を玄関ホールで待たせてその場を離れた。そしてすぐにジュールを連れて戻る。


「ジャスティン? 誰か客人かと思ったら、お前だったのか。どうかしたのか?」

「どうもこうも……。ナジェークの奴が、今日の昼にカテリーナに求婚しやがったんだ」

 腹立たしげにジャスティンが訴えたが、それを聞いたジュールは一気に表情を明るくして応じた。


「やっぱりそうだったんだな! いきなり昼過ぎに連絡が来るから、何事かと思ったんだ」

「え? 連絡って、なんの事だ?」

「シェーグレン公爵家から『誠に申し訳ないが、至急かつ重要な用件でお伺いしたいので、本日の夕刻に時間を割いて頂けないか』との手紙を頂いてね。父上が怪訝な顔をされたが、了承の返事をしたから」

 ジュールが笑顔で説明してきた内容を聞いてジャスティンは驚愕し、動揺しながら問い返す。


「はぁ!? ナジェークの奴、仕事が早すぎだろう!! まさか来客中って、シェーグレン公爵が来ているのか?」

「いや、ナジェーク殿お一人だが……。カテリーナとの結婚を申し込みに来たのだろう?」

 怪訝な顔で問い返してきたジュールの肩を掴みながら、ジャスティンが低い声で話を続けた。


「ジュール兄上……」

「どうした、ジャスティン。急に怖い顔になって」

「父上と母上に、奴とカテリーナが前々から交際していた事は話したか?」

「いや。二人には秘密にしていたんだろう? 当然、何も言っていない」

「それなら一昨日の夜会については、どんな事を話していた?」

 その問いかけに、ジュールは考え込みながら答える。


「どんな話と言われても……。リサと二人でシェーグレン公爵家の兄妹に親しく声をかけて貰って、どんな方に引き合わせて貰ってどんな話をしたのかとか……。ああ、リサはアズール学術院構想について、熱く語っていたな。『リサはすっかりエセリア様の信奉者なのね』と母上が笑っていたぞ」

「奴がカテリーナとの勝負で、女装して人間的魅力をアピールする云々の話は?」

「え? ……ああ、そう言えば最後の方で、なんだかどこかでそんな事を言っていたような気がするが。カテリーナは私達とは離れていたし、私もリサも周囲との話に夢中になっていて、良く覚えていないが。なんの冗談なんだ?」

 不思議そうにジュールが首を傾げたことで、ジャスティンは状況が最悪なのを悟った。


「ナジェークの野郎はどこにいやがる!?」

「第一応接室だが……、ジャスティン、どうした!?」

 声を荒らげたジャスティンは、兄からナジェークの居場所を聞き出すと同時に廊下を駆け出した。それをジュールが慌てて追いかける。


「失礼します!!」

 問答無用で第一応接間の扉を押し開けてジャスティンが乱入すると、そこはまさしく修羅場だった。


「ふざけるな!! この若造がっ!!」

「ジェフリー、落ち着いて頂戴! ジャスティン!? あなた、こんなところで何をしているの!?」

(遅かったか……。どうせ父上を怒らせるだけではなくて、わざと神経を逆撫でするような台詞でも口にしやがったよな?)

 憤怒の形相で立ち上がり、向かい側のソファーに座ったままのナジェークを怒鳴り付けている父と、それをなだめている母を見ただけで、ジャスティンには大体の状況が把握できてしまった。しかしそんな険悪な空気をものともせず、ナジェークが座ったまま朗らかな笑顔つ挨拶してくる。


「やあ、ジャスティン隊長、ティアド伯爵家の夜会でお会いしたね。二日ぶりかな?」

「そうですね……。私の記憶違いでなければ、確かに二日ぶりですね。それで? 自分の人間的魅力はカテリーナのそれに劣ると、私の両親に報告にいらしたわけですか?」

「ええ、まさにその通りなのですが、ご令嬢を褒められた筈の侯爵が、何がお気に召さないのか激怒されてしまいまして。少々困惑しております」

「それはそれは、難儀な事ですね……、お互いに」

 やっぱりわざとだと確信したジャスティンは、思わず視線を逸らした。するとジェフリーが、怒りのあまり顔を紅潮させながら息子に言いつけてくる。


「ジャスティン!! こんなふざけた男などと、まともに話をするな!! そいつを即刻叩き出せ!!」

「父上。叩き出すのは問題ですから、ここは一つ冷静に」

「ああ、ジャスティン殿の手を煩わせるつもりはありません。今日お伺いしたのは、国王王妃両陛下から私達の結婚の承認を頂いた報告をする為でしたので、もう帰ります。お邪魔しました」

 面倒なことになったとジャスティンが舌打ちしたが、ナジェークは笑顔のままソファーから立ち上がった。しかしその不穏な台詞に、その場全員の視線が彼に集まる。


「待て! なんだそれは! 私はカテリーナの結婚申請などしていないぞ!」

 ガロア侯爵家を代表してジェフリーが吠えたが、ナジェークは不思議そうにポケットから封筒を取り出し、その中身を広げながら

告げる。


「それはおかしいですね……。貴族簿に名前がある人間同士の結婚には、申請書に当人同士の署名と両家当主の署名をされた上で、両陛下がご確認の上でご署名されて認定されます。ここにこうして、れっきとした両陛下のご署名が……。おや? 不思議なことに、良く良く見たらガロア侯爵の署名だけが抜けておりますね」

 自分で広げた用紙を凝視したナジェークは、如何にもわざとらしくたった今気が付いたように言い出した。そのあまりの白々しい物言いに、ジェフリーの怒りが増幅される。


「当たり前だ! そんな物、見たことなどないわ!!」

「これはとんでもない手違いですね……。どうしてこんなミスが発生したのやら……」

「はぁ!? 貴様が勝手に提出したからだろうが!?」

「流れ作業的に署名をするとはいえ、両陛下のお手に渡るまでに署名の欠落に気がつかないとは、なんたる失態。これが公になれば、関係官吏の首の一つや二つが、確実に飛ぶ事態ですね」

「そんな事、私の知ったことではない!!」

「しかしそれは、些細な問題です。最大の問題は、両陛下が本来の手続きが未処理の書類に、署名をしてしまったという事実です。これはどう取り繕っても、両陛下の落ち度ということに他なりません。私達の結婚で、両陛下に恥をかかせる事態になってしまうとは、全くもって不本意です」

「貴様…………」

 神妙な顔付きで語るナジェークを、主君への忠誠心は人並み以上にあるジェフリーが眼光鋭く睨み付ける。どうなることかと周囲が固唾を飲んで見守る中、ナジェークがとんでもない事を提案した。


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