(6)誘導のきっかけ

 グラディクト達がすったもんだしながら校内探索会の準備を開始した頃、シレイアは休日に自宅に戻った。そして両親と食卓を囲んで和やかに会話している間、彼女はエセリアの希望に沿うためにどう話を切り出そうかと、密かに逡巡していた。


「シレイア。最近、学園の方はどうかな?」

「勿論、順調よ。勉強も滞りなく進めているし、なんと言っても今年は官吏登用試験があるから、少しづつそちらの準備も進めているわ」

「順調なのは良いけど、体調だけには気を付けなさいね?」

「分かってる。無理はしないから」

(そろそろあの話を出してみようかな?)

 夕食を食べ進めながら世間話をしていたシレイアは、頃合いを見計らって慎重に話を切り出してみる。


「以前から図書室には顔を出していたけど、最近は結構な頻度で出向いているの。あそこに付属していの資料室には、これまでの官吏登用試験の問題や傾向を纏めた資料が置いてあるから。それで最近司書の方に聞いて知ったんだけど、奥の収蔵庫にかなり貴重な書物や文献があるみたいなの」

「ほう? 学園にか? それは知らなかったな」

「貴重な物というと、例えばどんな物?」

 どうやら興味をそそられたらしい両親に内心で安堵しながら、シレイアは話を続けた。


「この国が建国される前後の外交資料とか、この大陸の音楽史をまとめた古書とか、初めて体系的に民間療法を記した医学書とか。多くは学園設立時に、王家から譲られた物らしいの」

「なるほど。クレランス学園は王家が設立しているし、王家の収蔵品を譲り受けたのならそういう物があってもおかしくはないな」

「それで図書室とそれに付随する資料室や収蔵庫の総責任者は、代々の歴史学の主幹教授が務めるのが慣例になっていて、今だとハーバル教授なのよ」

 納得して深く頷いたノランだったが、ステラはここで怪訝な顔になった。


「あら……。どうして歴史学の教授が、図書室の総責任者なの?」

「勿論、普段の書物や資料の貸し借りとか、修繕保管とかの作業を専門に行う司書の方は何人もいるわ。だけど伝わっている話では、学園設立当時の歴史学の教授が『未来を創るには過去を知らなくてはならない。これから未来を創る若者たちに過去を正確に伝える為、歴史を教える私達が先人の遺物を適切に管理する必要がある』と主張して、そうなったみたい」

「そうなの。初代の歴史学の教授は、なかなか熱心な方だったみたいね」

 心底感心した風情でステラが感想を述べ、シレイアは笑顔で頷く。


「そうらしいわ。だから王家とか、有力な貴族とかに貴重な資料や古書を譲って欲しいと押しかけたりして、かなり直談判したみたい。実はその一連の騒動を、当時の教授の下にいた人が書いた記録が残っていてね。ハーバル教授と顔見知りになってからそれを見せて貰ったことがあるんだけど、『本当に主幹教授を務めた人なの?』ってくらい破天荒で面白い内容だったの」

「それはそれは。できるなら、私も読んでみたいな」

「シレイアがそこまで言うなんて、本当に面白そうね。ちゃんとした本にしたら、売れるんじゃない?」

(お母さん! 意図していないだろうけど、タイミングばっちりな話題提供ありがとう!)

 ノランが笑いながら応じ、ステラも軽口を叩いた所で、シレイアはすかさず用意しておいた台詞を口にした。


「収蔵されている資料を基に、出版された本は何冊もあるのよ? ほら、以前にお父さんから『この国の歴史を学ぶには、この本が一番だ』といって《建国記解説》をくれたでしょう? あの本の作者はクリス・ハーバル。実はハーバル教授の事なのよ。教授が執筆された本は、他に何冊もあるけど」

「そうか! どこかで聞き覚えがある名前だと思っていたら、その本の執筆者だったのか!」

「まあ! 本当に世間って広いようで狭いわね」

 揃って瞠目した両親を見て、シレイアは気分よく話を進める。


「そうなの。それで私も驚いて、『子供の頃に教授が執筆された本を父に薦められて、それで勉強しました』と話したら、凄く喜んでくれたわ。古い資料を解読したり読み込んで執筆したり、王家から頼まれて必要な資料を提出したり講義をしたりするけれど、そういう直接的に感想を聞く事は稀みたいだから」

「それはそうだろうな」

「それで『子供には難しいと思う私の本を薦めてくれるなんて、どんな方なのかな?』という流れで、お父さんの話になったのよ。それでお父さんが総主教会で、国教会創設期からの文献や資料の保管管理担当の大司教だとお話ししたら、凄く関心を持たれたみたい」

 そこでシレイアは、さりげなく水を向けてみた。するとノランが常日頃自分が管理している文献や資料の内容を思い返し、さもありなんと頷く。


「ああ……。確かにハーバル教授のような方の興味を引きそうな物が、総主教会の保管庫に数多く眠っているからな」

「私は保管庫に入ったことはないし、お父さんのまた聞きだから詳しい事はお伝え出来なかったけど、それでも興味津々で私の話に聞き入っておられたわ。それでね? 私、ちょっと思ったんだけど……」

「うん? 何を思ったんだ?」

(慎重に、控え目に話を進めないと。お父さんを怒らせたり怪しまれたりしたら、ハーバル教授に慎重に働きかけた行為が水の泡だもの)

 いよいよ話が核心に迫ってきたことでシレイアは気合を入れ直し、不思議そうにしている父親に向かって言葉を選びながら話を切り出した。


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