(27)ルーナの決意

 エセリアのクレランス学園学生寮入寮前日。ミスティとルーナの手によってエセリアの私物はしっかり纏められ、寮への搬入を待つばかりとなった。


「これで学生寮に運び込む、エセリア様の荷物は揃いましたね」

「ええ、荷造りは終了よ。あとは運び込むだけね。それにしても、エセリア様がもう十五歳になられたなんて、本当に感慨深いわ」

 纏めた荷物を眺めながら、ミスティがしみじみとした口調で呟く。それを見たルーナが、ふと気になったことを聞いてみた。


「そういえばミスティさんは、エセリア様が何歳の頃から専属だったんですか?」

「五歳の時からよ。最初は上のお二人とは違って、癇癪持ちで我が儘放題のお嬢様だったわ。ある意味、すごく貴族のお嬢様らしかったとも言えるけれど。今思うと懐かしいわね……」

 苦笑いでの説明を聞いて、ルーナは首を傾げた。


「そんなに『癇癪持ちで我が儘』だったんですか? 今のエセリア様からは想像できませんが。誰か有能な教師の方がついて、エセリア様をしつけてくださったんですか?」

「いいえ。エセリア様は六歳の時、階段で足を踏み外して転がり落ちたの。その時に頭を打ったみたいで意識不明になったのだけど、目を覚ましたら性格がガラリと変わっていたのよ」

 ミスティのとんでもない説明を聞いたルーナは、本気で驚愕した。


「階段で転がり落ちた!? それ、本当ですか!? 下手したら死んでしまいますよね!?」

「ええ、目の前でそんなことになったから、本当に血の気が引いたわ。屋敷中が大騒ぎになったし。でも幸い、意識を取り戻してから後遺症もなくて……。いえ、ある意味後遺症と言うのかしら? それ以後、色々と意味不明なことを言い出したり、突拍子もない行動に及ぶようになったのよ」

「そうですか……、それからですか……」

「そうなの」

 溜め息を吐いたミスティを見て、ルーナは思わず遠い目をしてしまった。


「手がかからなくなったのは良かったし、新しい玩具を作り出したり小説を書き始めるのは構わないのだけど、ワーレス商会と商売の提携契約をしたり、男恋本を書き出したのには驚いたわ。しかもそれを足掛かりに国教会上層部に繋ぎをつけて、国教会での貸金業務を成立させてしまったり、外部顧問に就任して財産信託制度なども確立させてしまうし。その他にも細かいことを含めると、あんなことやこんなことも……」

「本当に、これまでのミスティさんの心労を思うと、涙が出そうです。それにしても、よく旦那様や奥様がお認めになりましたよね?」

 ルーナが根本的な疑問を口にすると、ミスティは完全に諦めた表情で話を続ける。


「お二方とも、とてもおおらかな方だから……。特定の個人を誹謗中傷したり、世間に迷惑をかけなければ良いというお考えなのよ」

「本当に懐が深いというか、なんというか……」

「そんなこんなで、何をしでかすか年々予想がつかなくなってくるエセリア様のお世話を、他の人に任せるのが不安で仕方がなかったの。屋敷内では若いメイドを中心に、エセリア様の信奉者は増える一方。他の者は警戒して、遠巻きにしているありさまだし。とても適切に使用人として対応しつつも、真摯にお仕えできるような状態とは思えなくて……」

「そうですね……。ミスティさんの懸念は、ものすごく良く分かります」

 公爵邸に来てから接したことがあるメイド達を思い浮かべ、確かに大体二分されているわねと納得したルーナは、深く頷いた。するとミスティが笑顔で続ける。


「だからしっかりしているルーナが来てくれて、本当に安心したわ」

「いえいえ、私なんて、本当に若輩者ですから!」

「そんなことないわよ。これで安心して辞められるわ。エセリア様のことをお願いね?」

 過大とも思える期待に慌てて手を振ったものの、ミスティに懇願されたルーナは真顔で頷いてみせた。


「本音を言えば、まだまだミスティさんの働きぶりを間近で見させて貰いたいのですが、精一杯頑張りますのでお任せください」

「ありがとう」

 自分の台詞を聞いたミスティが晴々とした笑顔を見せたことで、ルーナは密かに決心した。


(ミスティさん……。やっぱりこれまで相当エセリア様のことを心配して、真摯にお仕えしてきたのよね……。ここでエセリア様が婚約破棄を目論んでいるなんて口にしたら、卒倒したり本当に結婚を止めるなんて言い出すかもしれないわ。あの時、ミスティさんに何も言わずに、普通に接していて正解だったわ。良く頑張った、私。ナジェーク様とエセリア様に言われた通り、あの話は私の胸の内に留めておこう)

 婚約破棄の話を聞いた時に衝撃で失神したルーナだったが、ミスティが休暇から戻る前に平常心を取り戻し、周囲に異常を悟らせなかった自分自身を褒めた。そこで彼女は、あることを思い出す。


「そう言えばエセリア様が、ミスティさんの結婚式に出席したいと言われたそうですね」

 それにミスティが溜め息を吐いてから、複雑な表情で応じた。


「そうなのよ。だけどまさか庶民の結婚式で、公爵令嬢に列席していただくわけにはいかないでしょう? 周りが驚くし、使用人全体の結婚式に旦那様や奥様が出席しないといけなくなるわよ。嬉しいけど、お気持ちだけありがたく頂くことにしたわ」

「同感です。それで私がエセリア様の名代として、出席することになりました。後でエセリア様に、その様子を報告するように言われましたので」

「そうなの? さすがにそれを断るわけにはいかないわね。良かったら出席してくれる?」

「喜んで出席させて貰います」

 そこで二人は互いに微笑み、荷造りを終えて他の仕事に取り掛かったのだった。


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