(16)ろくでもない計画

 ナジェークとの婚約披露を済ませ、ガロア侯爵令嬢として嫁ぐ身であるカテリーナは、さすがにそれまで通り寮生活を続けるわけにはいかず、夜会直前にガロア侯爵邸に戻った。婚約披露の夜会の準備もあり、夜会当日も含めてその前から二日間の休暇を貰っていたカテリーナは、夜会の翌朝、出勤の為に迎えの馬車を家族総出で正面玄関で待ち構えていた。


「いらっしゃったわね」

「なんと言うか……」

「公爵家の馬車で出勤か……。しかも護衛付きとは……」

「その……、護衛の方も同行されていますし、安心ですわね」

「そうですね……」

 シェーグレン公爵家の家紋付き馬車が、護衛の騎馬を前後に一騎ずつ従えて正門から入って来るのを目の当たりにしたガロア侯爵家の面々は、何とも言えない顔つきになった。そんな微妙な空気の中、ナジェークが馬車から降り立ち、爽やかに挨拶してくる。


「皆さん、おはようございます。出迎えはありがたいのですが、これから毎日の事になりますし、全員揃って馬車寄せに出てこられる必要はありませんから。お気になさらず」

 笑顔のナジェークの台詞に半ば茫然としながら、ジェフリーが頷きながら言葉を返す。


「はぁ……。それであれば、今後カテリーナの送迎をよろしくお願いいたします」

「はい、お任せください。それではカテリーナ、行こうか」

「はい。皆、行ってきます」

 促されたカテリーナは、物言いたげな両親と兄夫婦に挨拶を済ませてナジェークと共に馬車に乗り込んだ。


「皆さん揃って、何やら微妙な顔つきをしていたみたいだが?」

 馬車が動き出してすぐ、ナジェークが向かい合って座っているカテリーナに、笑いを堪える表情で語りかけた。対するカテリーナは、憮然としながら応じる。

「それは微妙な顔つきになるでしょうよ。前代未聞でしょうね。れっきとした騎士が騎馬ではなく、公爵家の紋章付きの馬車で出勤するなんて」

「私は官吏として勤め始めてから、ずっとそうしているが?」

 平然と言い返されたカテリーナは、激しく脱力しながら話を続けた。


「ええ、あなただったらそうでしょうね……。因みに、最下層の一官吏として出仕した頃からこれで王宮に行き帰しているのよね? 周りから何か言われなかったの?」

「何か言っていた輩もいるが、聞き流していたな。人並み以上に仕事をこなしていれば、問題はないだろう。そもそも、馬車を使って通勤してはならないなんて規則はない」

「確かにそういう規則はないでしょうけど……。聞くだけ無駄だったわね」

 溜め息を吐いたカテリーナは、色々諦めながら口を閉ざした。すると少しして、ナジェークが真顔で問いを発する。


「ところでカテリーナ。君は、自分が人並みに演技力がある方だと思うか?」

「いきなり何? 取り敢えず、全くの打ち合わせなしにあなたのプロポーズに平然と合わせられる程度の度胸はあるつもりだけど?」

「そうだったな」

 意図が分からないままカテリーナが皮肉っぽく答えると、彼は小さく笑ってから再び真顔になって告げた。


「実は、君を近々襲撃する計画の情報を入手している」

 淡々と告げられた内容に、カテリーナは一瞬限界まで両目を見開いてから、舌打ちを堪える表情になった。


「……ろくでもない事を言われそうだと思っていたけど、予想以上にろくでもなかったわね」

「ああ、本当に申し訳ないが」

「あなたがわざわざ私にそう断りを入れてくるという事は、事前に情報を察知していながら、その計画を潰すような真似はせず、おとなしく襲撃されろと言っているわけよね? なおかつ、この事は家族にも漏らすなということでしょう?」

「話が早くて助かる。勿論万全の態勢を敷いて、君の身の安全は保証する」

「それは最低条件よね」

 忌々しく思いながらカテリーナが切り捨てると、ナジェークは真剣な面持ちのまま説明を続ける。


「襲撃計画と言ったが、正確には誘拐計画だ。この馬車の御者と護衛担当の騎士達は固定しているから、顔を覚えてくれ。見覚えのない人間が来たら、その馬車には絶対に乗らないように」

「分かったわ」

「ただし、こちらから指示された時だけは、疑わない風情で普段通り馬車に乗り込んで欲しい」

 無茶振りにも程があるその指示に、さすがにカテリーナは呆れながら問い返した。


「あのね……、同じ王宮内でも、私は騎士であなたは官吏として勤務してるのよ? 勤務場所が違うのに、頻繁に連絡が取れるわけないでしょう。わざわざあなたが私の所や騎士団の執務棟に来たら目立つわよ? 一体どうするつもりなのよ」

「そのために、合言葉を決めておく。必要な時には何としてで君と連絡を取るから、それを言えた相手の指示なら従ってくれ」

「合言葉って何?」

「何か伝えてきた相手に、君が『王都内で最近流行っている食事処はどこか』と尋ねてくれ。相手が『クラーク通りの気まま亭』と答えたら、その言葉は信用して良い」

 言われた内容を頭の中で吟味してから、カテリーナは疑わしげに確認を入れる。


「それって信用できるの? 偶々合致する事だってあるんじゃない? それにいきなりそんな話をしたら、周囲に人がいたら不審がられそうだけど」

「文脈については、なんとか考えてくれ。今現在、クラーク通りに気まま亭は無い。来月にワーレス商会が開店させる予定になっている」

 そこまで話を聞いたカテリーナは、深い溜め息を吐いてから改めてナジェークを眼光鋭く睨みつけた。


「……ああ、なるほどね。良~く分かったわ。取り敢えず指示通りにはするけど、片付いたら一発殴らせて貰って良いわよね」

「自分の非と君の権利を認める。甘んじて鉄拳制裁を受けよう」

「…………」

 大真面目に頷いて了承したナジェークとの議論を、ここでカテリーナは完璧に諦めて無言になった。



「それではまた夕方。この待合所で待っていてくれ」

「分かったわ。それじゃあね」

 無事に馬車は通用門から王宮内に入り、王宮内の勤務者や商人達が出入りする通用口の馬車寄せに到着した。そこで降り立った二人は、通用口から執務棟に入ってすぐの待合室前で別れる。

 当然、シェーグレン公爵家の馬車で出勤してきたカテリーナが目立たない筈がなく、その場に居合わせた者達全員が、興味津々の視線を向けてくる。しかし彼女はそんな視線など無視し、近衛騎士団執務棟に向かって脇目も振らずに足を進めた。


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