(15)王太子殿下の憂鬱

「やあ、ナジェーク。カテリーナ嬢、婚約おめでとう。立場上、さすがに挙式には出向けないと思っていたから、王妃陛下の名代の立場で今夜参加できて良かったよ。頼りにしている筆頭補佐官の祝い事だから、やはり直に祝いたかったし」

「ありがとうございます。私としては、そのお気持ちだけで十分だったのですが」

「わざわざお出でいただき、ありがとうございます」

 朗らかにアーロンが祝福の言葉をかけると、ナジェークは苦笑しながら、カテリーナは恐縮しながら頭を下げた。そんな彼女に、アーロンが微笑みながら語りかける。


「カテリーナ嬢。ナジェークは色々と面倒で難しい所もあるが、広い心で接してくれたらありがたいな」

 そんな事を言われたカテリーナは、つい問い返してしまった。

「心得ております。ですが殿下の口から、そのような台詞が出てくるとは……。ナジェークは普段からよほど殿下を困らせているのですか?」

「まあ、時々は。普段はもの凄く頼りになるのだが、予想外のところで予測もできない事態に陥ることがあって、周囲が狼狽しながら事態収拾に駆けずり回る羽目になっている」

「そうでしょうね……。ものすごく良く分かります」

 苦笑するアーロンに、カテリーナはしみじみとした口調で応じて深く頷く。そんな二人を見て、ナジェークが呆れ気味に口を挟んだ。


「カテリーナ、何を言っている。殿下も悪乗りしないでください」

「悪かった。口が滑ったよ。今夜は久々に気楽に参加できているから。少し気をつけないといけないな」

「気楽に参加、ですか?」

 貴族の集まりならば、生まれ落ちた時から王子であるアーロンは慣れている筈であり、特に気楽にと感じる理由がカテリーナには分からなかった。彼女の怪訝な顔を見たアーロンはその内心の困惑を察し、小さく息を吐いてから理由を説明する。


「カテリーナ嬢に聞かせるような話ではないのですが……。立太子以降、ちょっとした外出にも色々制限がかけられていまして。勿論それだけなら、王太子として当然だと割り切るのですが、前々から私を推していた貴族達が、これまで以上に行く先々でまとわりつくようになっています。その挙句、口を開けば自家に有利な法制度をして欲しいとか、縁戚の者を役職に就けて欲しいとか、特産品を高く買い取るよう出入りの商人に声をかけと欲しいとか、私利私欲以外の何物でもない話を垂れ流されているもので、正直辟易しています」

 そんな実情を聞かされたカテリーナは、アーロンに纏わりつく連中に本気で呆れ、かつ彼に深く同情した。


「まあ……、そんな事がそれほど頻繁なのですか? それに利益誘としても、あからさま過ぎて問題になりそうですが……」

「殿下が王宮内で政務に当たられている最中に、約束もなしに押しかけるような、場を弁えない愚か者がいるくらいだからな。殿下はまだクレランス学園在学中だから幾らかは心穏やかに過ごす場があるが、来年卒業されたら状況が悪化するだろう」

 無意識に渋面になりながらナジェークが補足説明をすると、そんな彼に笑顔を向けながらアーロンが懇願してくる。


「その押しかけてきた愚か者どもをしっかりきっぱり締め出して追い返しつつ、私が王宮に不在の間には業務を纏めて処理してくれている有能な補佐官がナジェークなんだ。本当に、これからもよろしく頼む」

「心得ました。手始めに今回の夜会では、普段殿下の威光を笠に着ている無能や有害な者は締め出してあります。特に老害連中は最初から招待リストには入れておりませので、心置きなく有能な若手との交流をお楽しみください」

「やっぱりそうだったか。参加者の顔ぶれを見て、そうだろうとは思っていた。今夜は存分に楽しませて貰うよ」

 ナジェークの台詞に破顔一笑し、アーロンはカテリーナに会釈してから参加者の輪に戻って行った。ここで先程のサビーネの話を思い出したカテリーナは、真顔でナジェークに確認を入れる。


「……本当にこの夜会が、社交界再編の第一歩なの?」

「今夜招待されなかった家の中で、何家かはそれを察して歯噛みしているかもな。大抵は分かっていない、愚鈍な連中だが」

 淡々としたその台詞で自分の推測が肯定されたと感じたカテリーナは、改めて広い会場内を見回してみた。挨拶の後は、会場内のあちこちでエセリアやコーネリアを含めた社交界でも若手の中心人物達がそれぞれ人の輪を作っており、貴族当主達も忙しなく入れ代わり立ち代わり場を行き交いながら交流を深めている。そんな活気溢れる会場内の様子を確認したカテリーナは、普段王宮内で姿を見かける時とは雰囲気が微妙に異なるアーロンをしげしげと見つめた。


「確かに王宮でアーロン殿を直にお見掛けする機会は少ないけれど、今夜は本当に常よりいきいきとしておられるみたい。最近、よほど鬱屈しておられたのかしら?」

 思わず正直な感想を漏らしたカテリーナだったが、それにナジェークの苦々し気な台詞が続く。


「本当に、老害どもは度しがたいな」

「一般的な話ではなくて、裏にれっきとした固有名詞がありそうね」

「君にも近々分かるだろう」

「あまり知りたくないわ。さっきの話と同様、ろくでもない話のような気がしてならないもの」

「そうもいかないだろう。私と結婚したら、もれなく耳に入ってくるだろうさ」

「……考え直しても良い?」

「それは困るな。ああ、今度はイズファインが来たぞ。一応、笑顔でいてくれるかな?」

 うんざりとした顔でカテリーナが口走った台詞を聞いて、ナジェークは笑いを堪える表情で彼女を宥めながら促したのだった。

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