(16)自業自得

 夜会の日、ほぼ徹夜でジャスティンに説教されたカテリーナは、翌日兄と同様に休みを取っており、昼近くにゆっくりと起き出した。そしてまだ渋い顔をしているジャスティンの前でひたすら低姿勢で過ごし、夕刻になってタリアに礼を述べて王宮の寮へ戻った。

 その翌日、朝に寮の食堂で朝食を食べていると、ティナレアから声をかけられた。


「カテリーナ、おはよう。ここ、座って良いかしら?」

「ティナレア、おはよう。ええ、構わないわ」

 そして隣の席に座るなり、ティナレアが声を潜めて尋ねてくる。

「あなた昨日は一日休みだったし、私は昨日仕事上がりが遅かったから、夜に部屋に行けなくて。一昨日の夜会はどうなったの? あなたとナジェークの事が公になったら凄い噂になるかと思ったのに、そんな話が全然伝わってこないから、おかしいと思っていたのよ。どちらかが体調か都合が悪くなって、当日欠席したの?」

 一昨日の夜会について尋ねられたカテリーナは、一瞬誤魔化そうかと思ったものの、すぐに諦めて言葉を濁しながら答えた。


「ティナレア……。確かに二人揃って参加したけど、残念な事に予想外の事態になってしまったの。詳しい話は、今日の仕事が終わってからでも良いかしら?」

 そこでティナレアは怪訝な顔になりながらも、この場で無理に問い質すことではないだろうと判断し、快く了承した。


「ええと……、なんだか込み入った話のようね。急いで聞かなければいけない話のようではないし、私もカテリーナも早番よね? 夕食を済ませたらそっちの部屋に行くから、その時に聞かせてくれる?」

「ありがとう。待ってるわ」

(あの流れだと、恐らく変な噂を広めてシェーグレン公爵家を怒らせたくはないと、参加者全員が口を閉ざしたのよね。助かったけれど、ナジェークはこの事態をどうするつもりなのかしら? 昨日は全く連絡がなかったし)

 憤然としながら朝食を食べ終えると、カテリーナは一昨日の腹立たしい事は頭の片隅に押しやり、平常心を心がけてその日の警備業務に勤しんだ。



「お疲れ様です、カテリーナさん」

「午後の勤務も気を抜かずに、頑張りましょうね」

「カテリーナ、こっちが空いているわよ」

「じゃあ、そこで食べましょうか」

 昼休憩に入り、交代要員に後を任せて同じ班の同僚達と官吏と騎士団共用の食堂に出向いたカテリーナは、空いているテーブルに落ち着いて和やかに会話しながら昼食を食べ始めた。しかし半分ほど食べ進めたところで、食堂出入り口の方からざわめきが生じる。


「おい、あれ見ろよ……」

「え? なんだ?」

「あいつ確か、官吏の……」

 カテリーナ達のテーブルにも、徐々に囁きが伝わってくる。それで彼女達全員が、何気なく声がする方に視線を向けた。


「何かしら、妙にざわついているけど」

「そうですね……。はぁ? 何あれ?」

「え? どうかしたの?」

「あれを見てください。あの人」

「こっちに来ているわね……」

 どう考えても自分を目指して歩いて来ているナジェークを認めて、カテリーナは本気で頭を抱えたくなった。


(ちょっと! こんな所でこんな時間に、何をやってるのよ!? ……ああ、そうか、そういうわけね。こんな王宮のど真ん中で騒ぎを起こしたら、否応なく一両日中には王宮内に噂が広がるものね。何をしでかすつもりなのか、こちらには全然分からないけどね!?)

 事前の説明が皆無なのはもう諦めているにしても、制服姿の官吏や騎士達の中で私服姿はただでさえ浮いている上に、右手に色とりどりの一抱えもある花束を持ち、左手には紐で縛ってある直方体の木箱を提げているナジェークは、第三者からすると不審者にしか見えなかった。


「やあ、カテリーナ・ヴァン・ガロア。二日ぶりだな。相変わらず元気そうでなによりだ」

「……ええ、そちらも無駄にお元気そうでなによりね」

(もう本当に、秘密主義は止めて貰えないかしら!? 全く懲りていないわね!!)

 予想に違わず自分の前にやって来て無表情で声をかけてきたナジェークに対し、カテリーナは平然と挨拶を返しながらも心の中で罵声を浴びせた。するとナジェークが、淡々と話を進めてくる。


「そちらから聞かないのか?」

「何を尋ねるというの?」

「ここの食堂は、王宮内で勤務している官吏や近衛騎士が食事をする場所だ。そこに私服で私が急に現れた事に関して、不審に思わないのか?」

「勤務中に必要とも思えない、そんな大きな花束と木箱をぶら提げて現れれば、不審者確定よ。それにも関わらずこんな奥まった所まで堂々と入り込んでいるからには、各所で誰何されても真っ当な理由で反論したか、無理にでも止めたら却って面倒だから、取り敢えず危険性はないので通してしまえとの各所の判断が下っている筈よ。それであれば、ここで一騎士の私が一々判断する必要はないと思いますが。違いますか?」

 一体何事かと周囲がハラハラしながら見守る中、カテリーナは落ち着き払って言葉を返した。その反応を見たナジェークは一瞬満足そうに微笑してから、真顔になって話を続ける。


「なるほど、正論だな。それでは、私がここに来た理由を説明しよう」

「説明していただけるなら、ありがたいですね。ですが昼休憩中ですので、できれば手短にお願いします」

「分かった。二日前の夜会で君からの挑戦を受けたので、昨日、それを実践してみた。もっと端的に言えば、女装してみた」

「………………」

 ナジェークが淡々と口にした内容を聞いた途端、食堂内が静まり返った。そのまま不気味な沈黙が漂う中、カテリーナは顔を引き攣りそうになるのを堪えながら、心の中で絶叫する。


(やっぱりそうくるのね! 見た時から薄々予想はしていたけど、こんな場でそれを真顔で持ち出さなくてもよいじゃない!? 本当に性格が悪いわね!! しかも女装しろなんて、私は一言だって言ってないわよっ!! ああぁ、ここで一発殴ってやりたい! ジャスティン兄様に「騒ぎを大きくするな!」と激怒されるから、絶対にできないけど!!)

 いつの間にか無意識に握っていた自分の拳が、プルプルと小刻みに震えているのを自覚したカテリーナは、自分の忍耐力と自制心を試されている気がしていた。

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