(12)怒りと推測

「アイラさんのご両親ですからあまり悪口は言いたくありませんが、それってあんまりじゃありませんか!? それならアイラさんは、どうやってクレランス学園に進学したんですか!?」

「担任の先生が総主教会の上層部に相談して、ここの近くの修道院で生活できるように手配してくれたの。私は修学場での学習期間を終えると同時に家を出て、修道院に入って給費生として勉強を続けたわ。それで三年後に選抜試験に合格して、無事にクレランス学園に入学することができたの。学園は全寮制だから住むところと生活費には困らなかったし、修道院に入っていた時の給費金は、生活していない家には渡さずに総主教会が保管してくれていたから、卒業して官吏として自立する時の生活資金になって助かったわ」

「そうでしたか……」

 予想以上に厳しかったアイラの生活環境に、シレイアは何とも言えずに口を閉ざした。しかしアイラは更に驚きの事実を告げてくる。


「結局、私、十二の時に家を出て修道院に入って以来、一度も実家に出向いていないのよ」

「え? どうしてですか?」

「親にしてみれば、いつまでも結婚しないで本来男がするべき仕事をしている娘なんて、体裁が悪くて仕方がないそうよ。今から十年前くらいまでは、しつこく折に触れ仕事を辞めて結婚しろと手紙を書き送ってきたわね」

「なんですかそれは!? アイラさんは国を動かす立派な仕事をしているのに!! それにいくら親だからって、娘に結婚を強制するなんておかしいと思います!!」

 進学に関して揉めたとしても、官吏として立派に勤めを果たすようになれば、さすがに両親も娘の事を誇りに思って和解しただろうと思い込んでいたシレイアは、その話に激高した。そんな彼女を、アイラが困り顔で宥めてくる。


「シレイア、そんなに怒らないで。つまらない話を聞かせてしまってごめんなさいね?」

「そんな! アイラさんが謝る必要はありません! 悪いのは、理解のないアイラさんのご家族です!」

「大丈夫よ。両親はもう諦めたらしくて最近は手紙を寄越さないし、私も送っていないわ。兄弟から結婚する時には式に出席して欲しいと手紙が来ていたけど、一番最初に兄が結婚した時、教会で両親と顔を合わせるなり罵倒されたのに懲りて、姉や妹が結婚した時はお祝いだけ贈ったし」

 当の本人が淡々と語っている以上、部外者が差し出がましい口を挟むものではないとシレイアは判断した。しかし、抑えようとしても抑えきれない怒りが、漏れ出た声に溢れる。


「……理不尽です。どうして結婚していないだけで、そんなにあしざまに言われないといけないんですか」

「両親が、男女の役割を明確に区別した考え方しかできないから、としか言いようがないわね。でも私自身、自分の生き方を両親に認めて貰えるよう、力を尽くさなかったとも言えるわ。正直に言うと、薄情だけどそんな事に時間と労力を使うより、仕事に集中したかったのよ」

「アイラさん、失礼な事を聞いてもよろしいですか?」

「私は夫に先立たれてもいないし、離婚してもいない。それどころか、これまで一度も結婚していないけど、その理由かしら?」

「はぁ……、あの、言いたくなければ言わなくても構いませんが……」

 普段であれば間違っても口にしない内容を、シレイアは冷や汗を流しながら質問してみた。しかしアイラは、それまでと同様にあっさりとした口調で答える。


「構わないわよ? 結婚すると、家庭に入らないといけないじゃない? 仕事を辞めても構わないと思える男性に、これまで出会わなかっただけよ」

「そうですか? 家事なら通いや住み込みの家政婦さんを雇って、自分の不可能なところを補って貰えばよいだけの話だと思いますが」

 母親が特に仕事を持っていない自分の家でもメルダを雇っている現状を思い返し、シレイアは心底不思議に思いながら尋ね返した。そんな彼女を微笑ましく眺めながら、アイラが答える。


「シレイアは、柔軟な考え方ができるのね。でも世の中にはつまらない体面を気にしたり、妻が自分より目立つ職務に就いていること自体を認められない人が、意外に多く存在しているのよ」

「はぁ……、そんなものですか……」

(ひょっとして……、アイラさんには以前、結婚を考えた人がいたんじゃないかしら? だけどその人に、結婚したら仕事を辞めて家にいてくれとか言われて破談になったとか)

 なんとなくアイラが具体例を挙げたような気がしたが、シレイアは余計な事は口にせず、気がつかなかったふりをした。


「男性なら結婚してもそんな問題はおきないとは思うけど、女性が男性と同様に働くとなると、結婚が大きな障壁になるのよ。シレイアはその辺りをきちんと理解しているかしら?」

 真顔での問いかけに、シレイアも思わず真剣に考え込む。

「結婚ですか? そんな事、今はまだ全然意識していません。でも官吏として働くのを諦めてまで結婚する必要があるとは思えませんし、両親も仕事を辞めて結婚しろとまでは言わないと思います」

 それを聞いたアイラは、安堵した笑顔をみせた。


「どうやらそうみたいね。私が一人で変な風に気を回しすぎたみたい。変な事を言ってごめんなさいね」

「いいえ。世間にはそういう風に考える人も一定数存在していると、改めて勉強になりました。私の方こそ、色々生意気な事を言ってしまった気がします。失礼ついでに、最後にお聞きしてもよいですか?」

「勿論良いわよ? 何かしら?」

「今まで結婚せずに仕事に邁進していて、後悔した事はありませんか?」

 本当に失礼だと思いながらも、シレイアはこの女性だったら正直に答えてくれるだろうと確信していた。その予想に違わず、アイラは一瞬だけ考え込んでから、微塵も迷いのない笑顔を向けてくる。


「後悔……。そうね。これまでは一度もないわね。でももし、私が死ぬ時に後悔するとしたら、それはまだまだ仕事を全うできていないと感じた場合ではないかしら?」

「そうですか。アイラさん、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、楽しく過ごさせて貰ったわ」

(アイラさんは、自分の仕事に誇りを持っているのね。本当に結婚しないままでも一生後悔なんかしないと思わせる、意志の強さを感じる。尊敬に値する人だわ。だけど……)

 笑顔で再び握手を交わし、シレイアはお礼を述べて別れの挨拶をした。しかし教室を出る直前、振り返った視線の先でアイラとマルケスが笑顔で語り合っている様子を見て、密かに考え込んでしまった。



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