(19)完璧な勝利

 開会式直後の第一試合は因縁があり過ぎるバーナム・ヴァン・タスコーと、カテリーナ・ヴァン・ガロアだった。当然二人は開会宣言の前から近くに待機しており、どうしても気になってしまうシレイアは、自分の仕事をしながら時折横目で彼らの様子を窺う。

 予想に違わず、自分の今後がかかっているバーナムは、険悪な表情でカテリーナを睨みつけていた。対するカテリーナはその視線を平然と無視しており、その毅然とした佇まいに、シレイアは密かに感心する。


(さすがは女性ながら、男子生徒相手でもひるまず対戦を挑むだけあるわ。訓練の様子を見に行った時も凛々しい方だと思ったけど、間近で見ると一層惚れ惚れするわね)

 そんな事を考えていると、係に呼ばれた選手二人と審判役の教授が試合場に向かって歩き出した。それを見たシレイアが、咄嗟に声をかける。


「カテリーナ様!」

「はい、何かしら?」

 足を止めて問いかけてきたカテリーナに、シレイアは強い口調で声援を送る。


「応援してます、頑張ってください! まかり間違ってあんなのが勝ってしまったら、絶対に神様が間違っています!」

 それを聞いたカテリーナは一瞬驚いた表情になったものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「あなたのような素敵なお嬢さんを、無神論者にはできないわね。絶対に勝つわ。安心して見ていて頂戴」

 笑顔のままそう宣言したカテリーナは、小さく手を振ってから颯爽と試合場に向かって足を進めた。


(うわぁ、やっぱり格好良い。一部女生徒の間で、カテリーナ様の人気が絶大なのが実感できたわ)

 カテリーナの背中を眺めながら、シレイアはしみじみとそんな事を考えた。すると観覧席の一角から、女生徒達の歓声が沸き起こる。


「カテリーナさまぁぁあぁ――――っ!! 勝利はあなたの物ですわぁあぁぁ――――っ!!」

「カテリーナ様ぁあぁ――っ! 今日は一段と凛々しいお姿ですわぁあぁぁっ!」

「今日は何て素敵な日かしら! カテリーナ様の戦うお姿を、目の当たりにできるなんて!!」

「あなたの勇姿を、今日はしっかりとこの目に焼き付けておきますわ!」

「そんな方、ちゃっちゃと片付けておしまいになって――っ!」

 反射的にシレイアが視線を向けたその先で、マリーア率いる《剣術大会を成功に導く有志の会》の面々が、頭上に高々とカテリーナのキャッチフレーズが書かれた横断幕を掲げていた。その一角は色とりどりのテープが放物線を描きながら広がり、大音響の声援に交ざって派手な鈴の音が鳴り響く、喧騒と華やかさが混在する場所となっていた。


(やっぱりエセリア様の指示通り、応援グッズを準備して良かった。この盛り上がりは、カテリーナ様の初戦に相応しいわ)

 シレイアは一人満足していたが、周囲の生徒達は普通ではありえない騒々しさと派手さに、一体何事かと唖然とするばかりだった。しかし対戦相手の応援だけが目立ってしまった事で憤慨したらしいバーナムが、何やら審判役の教授に食ってかかっているなと思った途端、マリーア達が一斉に口を閉ざして手の動きも止める。


(さすがの統率力。お見事です、マリーア様。それにしても、全然声援を貰えなくて、残念だったわね)

 少々意地の悪いことを考えながら、シレイアはバーナムに冷め切った視線を向けた。そうこうしているうちに、教授の号令で対戦が始まる。

 正直シレイアには剣術の熟練度など分からなかったが、二人の対戦を見ていると、カテリーナの方に余裕があるように思えた。


(う~ん、バーナムの方が勢いが良いように見えるけど、動きが大振りすぎるような……。カテリーナさんの方が素早く最小限の動きで、相手の動きを交わしたり攻撃しているように見えるのよね。確かにバーナムの方が、身体を切りつけられている筈。模擬剣だから本当にざっくり切れないし、致命傷にならないから動けるけど、真剣の場合に致命傷になる攻撃だったら審判がそこで終了にさせる決まりよね? カテリーナさんが女性だから、その力では致命傷を負わせられないと教授が判断しているのかしら? もしそうなら、酷い女性差別だと思うんだけど!?)

 密かに憤慨していたシレイアだったが、ここで少し離れた所で待機している、次の対戦者二人が囁いている内容が聞こえてきた。


「おい、あれってさ……」

「ああ。どう見ても、普通だったらとっくにカテリーナの勝ちを宣言してる筈だ」

「リバール教授、わざと試合を続行させるなんて、相当バーナムに対して腹を立てているよな」

「当たり前だろ。一番迷惑を被っているのが、リバール教授なのは確実だ」

「それでこの際、とことん恥を晒させてやろうってか? 容赦ないな」

「女相手にあれじゃあな。しかも近衛騎士団の上層部の眼前でだぜ? 生き恥を晒すのも同然じゃないか」

「それはそうだが、あいつに関しては自業自得だろう?」

「確かに。同情はしないな。いい気味だとしか思わない」

 冷め切った目で試合場を眺めている二人を横目で見てから、シレイアは改めて未だ対戦中のカテリーナ達を観察した。


(ああ、なるほど……。あの審判役の教授が、バーナムに脅迫されて、近衛騎士団への推薦をクロードさんからあいつに切り替えたリバール教授だったのね。そしてボロボロになって近衛騎士団の皆様の前で醜態を晒しながらも、あっさり試合を終わらせては貰えないわけか。ささやかな復讐としては、十分な成果だわ)

 遠目にも服のあちこちが軽く切られ、肩で息をしてなんとか剣を持っている風情のバーナムを見て、シレイアは無意識に口角を上げた。するとバーナムが何やら悪態を吐きながら、カテリーナに斬りかかる。しかしカテリーナは身体を最小限に捻っただけでそれをかわし、すれ違いざまに彼の脛に蹴りを入れた。

 たまらずバーナムが前屈みになり、その首に後ろをカテリーナが剣で殴り付ける。その結果、バーナムは顔面からまともに地面に突っ込んで倒れ、突っ伏したまま動かなくなった。


「試合続行不可能! 勝者、カテリーナ・ヴァン・ガロア!」

 リバールはバーナムに声をかけ、次いで仰向けにひっくり返した。しかし彼は大量に鼻血を出して気絶しており、さすがにこれ以上の試合続行は不可能だと判断したリバールが、カテリーナの勝利を高らかに宣言する。それと同時に、再び観客席が湧きに湧いた。


「きゃあぁぁっ! カテリーナ様ぁぁっ!!」

「貴女の勝利を、私は信じておりましたわぁぁっ!」

「なんて荘厳なお姿でしょう!」

「もうそこら辺の殿方なんて、目に入りませんわぁぁっ!」

「お姉様と呼ばせて下さいませぇぇっ!!」

(皆の結束が一層強まったし、カテリーナ様の雄姿を堪能できたし、リバール教授も少しは鬱憤を晴らせたみたいだし。良いこと尽くめだわ)

 シレイアが色々な意味で満足していると、至近距離で声が上がる。


「あ、あの、ナジェークさん。あの人はどうしましょうか?」

(あ、本当にあのままだと邪魔よね)

 進行係の一人が、未だ地面に転がっているままのバーナムを指し示しながら、ナジェークの判断を仰いだ。するとナジェークが、盛大に舌打ちしてから矢継ぎ早に指示を出す。


「担架があれば、至急持ってきてくれ! 無ければ戸板か、看板のような物でも良い! 早く医務室に運ぶぞ! 医務官への連絡も頼む!」

「はい!」

「分かりました!」

 それから慌ただしく生徒達が動き、バーナムは適当に持ってこられた板に乗せられ、血と汗と埃にまみれた哀れな姿を晒しながら、四人がかりで医務室へと運ばれて行った。


(あらあら無様だこと。『血と埃にまみれてしか忠誠を示す事ができない』のは、下賤な愚か者ではなかったのかしらね? いい気味だわ。本当にスッとした。カテリーナ様、ありがとうございました)

 颯爽と試合場から引き揚げたカテリーナは、出入り口付近にいたナジェークと何やら言葉を交わしていた。そんな彼女に向かって、シレイアは心の中で礼を言いながら、深々と頭を下げたのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る