(20)次年度に向けての布石

「皆様、お疲れさまでした。剣術大会が無事に終了できたのも、皆さんのお力があってのことです。本当にありがとうございました」

 剣術大会の全日程が終了した翌日。放課後に実行委員全員が顔を揃えた席で、実行委員長であるエセリアが労いの言葉に続いて頭を下げた。それにマリーアが笑顔で応じる。


「エセリア様。お礼を言わなければいけないのは、私達の方です。思いもかけず、最高に充実した学生生活を送る事ができました。しかも最後の学年で。学園で、一番の思い出になりますわ」

 他の者達もマリーアに賛同しながら、満面の笑みで言葉を交わした。


「本当にその通りです。それに加えて、騎士科の近衛騎士団への推薦基準の大幅見直しが、早速決定されましたし」

「今年の推薦がすべて白紙になった上、剣術大会での上位入賞者は、無条件で近衛騎士団への入団が決定したとか」

「今日、騎士科のクラスを覗いてみたら、晴れ晴れとした顔の生徒と絶望した顔の生徒としっかり二分されていて、笑いを堪えるのが大変でした」

「一方の生徒にとっては、笑い事ではないがな」

「騎士科以外の生徒にとっても、影響が大きかったですよ。貴族平民問わず、一気に交流が広がりましたし」

「そうですよね。来年も剣術大会が開催されたら、また実行委員会に参加したいわ」

 そこでエセリアが、説明を加える。


「勿論、剣術大会は今回だけの開催にせず、来年以降も定期開催を目指します。学園長に内々にお話をしていますが、今回の成功を受けて、来年の学園行事計画に組み込んでいただけるのはほぼ確実でしょう」

「嬉しい!」

「それは良かったな」

 皆が晴れ晴れとした笑顔で頷き合っている中、シレイアは軽く右手を上げながら申し出た。


「エセリア様。それに関して、一つ提案があるのですが」

「シレイア? 何かしら?」

「来年度以降の学園年間行事予定に組み込まれて定期開催されるのなら、今年の経験を次に活かすため、詳細な記録を残しておいた方が良いと思います。今年の実行委員で次年度も参加してくれる人は多いと思いますが、初参加の方もいるでしょうし、一つ一つ口頭で伝えるのも大変だし漏れがあるかもしれません」

 その指摘に、エセリアは真顔になって考え込んだ。


「確かにそうね。マニュアル化しておけば引き継ぎも楽だし、初めての人でも容易に全体像が把握できるわね」

「それで……、差し出がましいとは思ったのですが、剣術大会の準備スケジュールをまとめた物を作ってみました。全体的な流れは、これを見れば把握できるのではないかと思うのですが」

 そこまで説明したシレイアは紙の束を持って立ち上がり、周囲の者達に「失礼します」と断りを入れながら椅子の間を抜けて前方に進んだ。そして専科上級学年の生徒達が集まっている並びで、手にしている用紙を一枚ずつ配る。


「ああ、確かにうまく纏められているな」

「全然知らなかったわ。いつの間に作っていたの?」

 配られた用紙の内容を確認したナジェークとエセリアが、感心したように告げる。そこでシレイアは話を続けた。


「少し前から、来年度以降の開催が気になりまして、少しずつ纏めていました。それで、それを採用して頂けるなら、お願いしたい事があるのですが」

「これでも十分だと思うけど、何かしら?」

「全体像の他に、各係でのスケジュールや注意点や改善点なども、係ごとに纏めて列記しておいた方が良いと思うのです。できれば各係の責任者の皆様にお願いしたく。卒業までにあまり時間がない専科上級学年の方々にお願いするのは、少々心苦しのですが」

 そこでシレイアは、申し訳なさそうに先輩達に目を向けた。対するマリーアを含む最上級生達は、なぜエセリアだけではなく自分達にも用紙が配られたのかを理解し、先を争うように満面の笑みで応じる。


「まあ、シレイアさん。そんな事で遠慮なんかする必要はなくてよ?」

「全くだ。むしろ喜んでやらせてもらうよ」

「ええ、最上級生の責任者として、当然のことですもの」

「来年も下級生の皆さんが楽しんで貰えるよう、しっかり書き込んでおきますね?」

「卒業前の、最後の一仕事だな。気合いを入れてやろう」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

(皆さん、快く引き受けて貰って良かった。それほど嫌な顔はされないだろうと思ってはいたけど)

 予想以上に快諾してもらった事で、シレイアは安堵した。するとエセリアが、笑顔で礼を述べてくる。


「今年の剣術大会を成功させるのに集中していて、次回開催に向けての準備とかはすっかり頭から抜け落ちていたわね。シレイア、指摘してくれてありがとう」

「いえ、大した事ではありません。それに来年も開催するなら絶対また実行委員に立候補すらつもりでいますので、口頭での引き継ぎでも良いかとも思ったのですが、人によって対応や記憶が違ったら混乱する可能性もあると思いましたので」

「確かにその通りね。作っておくのに越したことはないわ」

 二人がそんなやり取りをしていると、教室内のあちこちから声が上がる。


「エセリア様、私も絶対、来年度も実行委員会に参加しますわ!」

「私もです!」

「また参加させてください!」

「勿論、参加は大歓迎です。それでは改めて、今年の剣術大会での奮闘、ありがとうございました。各係の責任者の方々は、卒業までにもう一仕事、宜しくお願いします。来年度も実行委員会に参加をお考えの皆様、来年も共に頑張りしょう」

「はい!」

「先輩方、ありがとうございました!」

「私達の分まで、来年も頑張ってください」

(本当にあっという間で、凄く楽しかった。来年も頑張るわよ!)

 エセリアの挨拶と共に温かな拍手と声援が湧き起こり、和やかな空気で剣術大会実行委員会の活動は幕を閉じたのだった。



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