(16)悪運は斬れ

 ミランと別れて再びソファーに座ったエセリアは、相手を見据えながら重々しく告げた。


「サビーネ様。最初にお断りしておきますが、トット・ト・イケーに勝つ秘訣やコツ、隠し手などは一切ございません」

「そんなっ!!」

(エセリア様! いきなり何を正直に言い出すんですか!?)

 途端に悲痛な表情と声になったサビーネを見て、ミランは動揺したが、エセリアは真顔のまま、とんでもない事を言い出した。


「唯一方法があるとすれば、対戦する前に相手を葬り去る事のみです」

「そんな恐ろしい事はできません!」

(もう本当に……、何を言ってるんだ。このお嬢様は……)

 本気で呆れたミランだったが、エセリアの主張は更に続いた。


「ですが、そんな非人道的な手段に及ばず、非常識と言われようと私の元に押しかけた行動力があるサビーネ様なら、まだ勝機はあります」

「本当ですか?」

「ええ。要はその行動力を、運気に変えれば良いのです!」

「……運気、ですか?」

 それを聞いたサビーネが当惑した顔になったが、ミランも(何を言い出すんだ、この人は)と更に呆れた。しかしそんな周囲には構わず、エセリアの話が続く。


「はい。サビーネ様は立て続けに悪い結果が出て、勝負に対してすこぶる弱気になっていらっしゃいます。『また負けたらどうしよう』『あの数がでたら困る』などと思いながらコロコロを振っていると、自然と出て欲しくない数が出てしまうのです」

「本当ですか!?」

「これまでの事を振り返って、そんな事は無いと言い切れますか?」

 その問いかけにサビーネは真剣に考え込み、すぐに焦った表情でお伺いを立ててきた。


「確かにそうかもしれません……。それではエセリア様、私はどうすれば!?」

「これです!」

 そこでちょうど戻って来たミスティから受け取った物を、エセリアはサビーネに向かって突き出した。それを見た彼女が、困惑した顔つきになる。


「稽古用の木剣、ですよね? それが何か?」

「これで悪運を斬り捨て、望む数を引き寄せる力を得るのです! 頼られたからには、最後までお付き合いしますわ。さあ、サビーネ様、お立ちになって!」

「はい! 宜しくお願いします!」

(え? 本当にこのお嬢様達、何をする気だ?)

 エセリアが力強く宣言し、釣られてサビーネも立ち上がりながらミスティから木剣を受け取るのを見たミランは、本気で戸惑った。しかし彼の戸惑いなど全く意に介さないエセリアは、空いているスペースでサビーネと横に並び、剣を両手で構えながら指示を出す。


「それでは、剣を構えて」

「は、はい。こうでしょうか?」

「ええ。そして目の前に悪運がいると仮定して、剣を振り下ろしてそれを切り捨てながら、コロコロで出したい数を叫ぶのです。はい、ご一緒に! いぃぃーーち!」

「い、いち……」

 豪快に叫びながら剣を振り下ろしたエセリアとは対照的に、サビーネが控え目にか細い声で弱々しく木剣を振り下ろす。しかしすかさずエセリアの叱責が飛んだ。


「声が小さいっ!!」

「はっ、はい! いぃーち!」

「なかなか宜しいですわよ! 次! にぃーーっ!!」

「にぃーーっ!!」

(もう……、このまま帰ろうかな?)

 そして叫びつつ延々と木剣を振るい始めたエセリア達を見て、ミランは遠い目をしてしまった。


「ろくぅーーっ!!」

「ろくぅーーっ!!」

「いちぃーーっ!!」

「いちぃーーっ!!」

 ぼんやりと彼が鬼気迫る気迫の二人を眺めていると、背後から困惑気味の声をかけられた。


「……ミラン。あの二人は、何をしているんだい?」

「あ、ナジェーク様。お久しぶりです。実は……」

 慌てて背後を振り返った彼は、ナジェークの姿を認めて、簡単に事情を説明した。それを聞いたナジェークの表情が、憐れむものに変化する。


「なるほど……、君も大変だね。用事があるなら、このまま帰っても良いよ? 私からエセリアに伝えておくから」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

頭を下げたミランを見送ってから、ナジェークは同行していた二人に向き直って謝罪した。


「すみません。お待たせする事になってしまって」

それにライエルとイズファインは、笑って応じた。


「私は構わないよ、ナジェーク殿」

「それにしても、二人とも元気が良いね。うん、あの気迫はなかなかのものだ。凄い執念を感じるよ」

 そう言って感心した様に頷いている友人を見て、ナジェークは怪訝な顔で問いかけた。


「え? イズファイン、あの二人、何か怖くないか?」

「いや? 素晴らしいと思うが」

「そうか……」

 真顔で返してきた彼にナジェークがうなだれていると、漸く兄達に気付いたエセリアが、素振りを止めて声をかけてきた。


「あ、お兄様? まあ、イズファイン様とライエル様まで。どうかなさいましたの?」

 それを聞いたナジェークは、盛大な溜め息を吐いた。


「エセリア……。今日二人が尋ねてくる予定だったのを、すっかり忘れていたね?」

 微妙に咎める口調のそれに、エセリアは瞬時に顔色を変え、勢い良く頭を下げた。


「あぁっ!! そうでした! お二人とも、申し訳ございません!」

「あの! お二人とのお約束をエセリア様が失念してしまったのは、急遽押しかけた私のせいです! 心からお詫び申し上げます!」

 サビーネもエセリアの横で謝罪したが、イズファインは苦笑いしながら二人を宥めた。


「いや、構いませんよ? あなた達の気迫溢れる素振りに、思わず見とれてしまっていましたから」

「まあ、イズファイン様。嫌みですか?」

「とんでもない。心からの誉め言葉です。ミラン殿から事情は伺いました。勝つために運気を引き寄せようと努力する姿は、美しいですよ?」

「そうですとも。これが性格が悪い大人だと、勝負の前に対戦相手を密かに襲撃させたり、一服盛ったりするところです」

「…………」

 ライエルも頷きながらしみじみと述べたが、それを聞いたエセリア達は無言で顔を見合わせた。そんな少女達の反応に、ライエルが不思議そうな顔を見せる。


「どうかしましたか?」

「……いえ、何でもありませんわ」

「それでは取り敢えず、お茶にしよう。サビーネ嬢もご一緒に。あれだけ叫べば、喉が渇いたでしょう?」

「は、はい……。申し訳ありません」

 ナジェークに穏やかに促されて、サビーネは恐縮しながら彼らと同じテーブルを囲む事になった。


「そういえばお二人のご訪問の理由を、お伺いしていませんでしたが」

 揃ってお茶を飲み始めてから、エセリアが今更ながらの問いを繰り出すと、ライエルが苦笑しながら口を開いた。


「すみません。例によって例の如く」

「またゲームの指南ですか!? あなた方のお家って、どれだけ仲が悪いんですか!?」

 最後まで言わせずにエセリアが呆れた声を上げたが、それを聞いたライエルは苦笑を深めながら弁解した。


「悪いわけでは無いんですよ?」

「ただ、欠かせない両家の交流手段になっていると言うか」

「できれば互いに切磋琢磨して、楽しみたいと言う結論に達しまして」

「親達が『無様な勝負をしたらつまらんからな』と……」

 イズファインと交互に事情説明されて、エセリアは深々と溜め息を吐いてから遠慮の無い感想を述べた。


「……息子達にやらせないで、自分達で切磋琢磨しなさいよ。迷惑な親父どもね」

「エセリア。気持ちは分かるけど、言葉は選んでくれ……」

 すかさずナジェークが懇願し、すっかりお馴染みとなったこの光景を見た客人達は、おかしそうに笑った。それからは暫くお茶を飲みながら世間話を楽しんだエセリアだったが、ふと隣り合って座っているイズファインとサビーネを見ながら、密かに考え込む。


(それにしても、何だかこの風景、見た事があるような……。イズファイン様とサビーネ様に似た方に、どこかでお目にかかった事が有ったかしら?)

 そうして少しの間考え込んだエセリアは、該当する事を思い出した途端、勢い良くティーカップをソーサーに戻しながら奇声を上げた。


「うえあぁぁぁっ!!」

 さすがにそれに周囲が驚き、一斉に彼女に視線を向ける。


「どうしたんだ、エセリア!?」

「エセリア嬢!?」

「何か気になる事でも?」

「大丈夫ですか!? どこか具合でも」

「いっ、いえ、何でもありませんわ! ほんのちょっと、白昼夢を見たみたいで!」

 慌てて弁解したエセリアだったが、それを聞いた周囲が、益々怪訝な顔つきになる。


「白昼夢……」

「本当に大丈夫ですか?」

「えっ、ええ。勿論ですわ!」

 それから再び落ち着いた雰囲気でお茶を飲み始めた面々だったが、その中でエセリアだけは、密かに狼狽していた。


(ちょっと待ってよ! よくよく考えたらサビーネって、イズファインルートのライバルキャラじゃない! ひょっとしてこれが初対面!?)

 そして如何にも楽しげに笑い合っている二人を眺めながら、密かに焦るエセリア。


(しかも良い雰囲気じゃない……。まさかこれで縁ができて、ゲーム通り二人が婚約者になったりしないわよね!? シナリオに沿って話を進めてどうするのよ!?)

 そして自身もディオーネ達の運動工作によって、グラディクトの婚約者候補に挙げられている事を知らないまま、エセリアはバッドエンド回避に向かって、本腰を入れる事を決意したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る