(12)崇拝の対象

 マグダレーナの生誕記念祝賀会で、ジムテール男爵夫妻がエルネストの不興を買ってから、約半月後。エセリアは《チーム・エセリア》の全員が都合が良い休日を選んで、彼らを屋敷に招待した。


「私達には目立って変わった所も、特にお話しする事もありませんが、エセリア様からお聞きしたい事はあります」

「例の王妃陛下ご誕生記念祝賀会での一件です。概略は漏れ聞こえておりますが、当事者のエセリア様のお話を聞きしたいと思っていました」

「私達は寮生活ですから、概略もまともに伝わってはおりませんのよ? 是非ともお願いします!」

「やっぱり、そうなるのね……」

(私達は王宮勤めの関係上、概要は耳に入っているものね。最初にこの話題になるのは仕方がないわ)

 建国記念式典での騒動は既に国内外に知れ渡っていたものの、まだ日が浅い生誕記念祭でのジムテール男爵夫妻の醜態についてはまだその域に達しておらず、カレナ達から要求されるのをシレイアには想像できていた。それはローダス、ナジェーク、イズファインも同様だったらしく、目線でエセリアを促す。


「……そういうわけで、ジムテール男爵夫妻が先週のうちに領地に向かったのは確認が取れているし、今後十年間の王都立ち入り禁止措置を受けて、王都内の男爵邸も閉鎖されたらしいわ」

 エセリアが詳細を説明し終えると、その場には何とも言えない虚脱感が漂った。微妙に重くなった空気を払拭しようと、ここでミランがエセリアに進呈する為に持参した本について言及する。そこから皆での近況報告と、世間話で大いに盛り上がった。


「それではエセリア様、今後公務に携わる事もなくなりましたし、どんどん執筆していただけますのよね?」

 会話を続ける中で、サビーネが笑顔で問いかけた。しかしここで、何故かエセリアが言い淀む。


「ええと……。それに関してなのだけど、ちょっとそういうわけにもいかないみたいで……」

「え? どうしてですか?」

 サビーネはもとより他の者も一様に怪訝な顔になった。そんな周囲を見回しながら、エセリアが口を開く。


「シェーグレン公爵家で実際に管理するとは言っても、名目上私が賜った領地を全くの人任せにはできないと思って、その領地の資料を取り寄せて、この間精査していたの。その結果、本当にこれと言った特徴も、特産品も資源も無い領地だったのよ」

「逆に言えば、だから比較的容易に下賜されたとも言えるんだが」

 苦笑いで口を挟んできたナジェークに、彼女が頷いて応じる。


「お兄様の仰る通りです。ですから私、下賜されたからには、あの領地の価値を高めてみようと思います」

「価値を高める? 何か特産品を掘り起こすとか、新しい物を作り出すとかかな?」

「ええ。人を特産品にして、国内に供給しようと考えております」

(え? 人を特産品って……、まさか人身売買ってことじゃないわよね?)

 エセリアの台詞を聞いた瞬間、物騒過ぎる内容がシレイアの脳裏をよぎった。それは他の者も同様だったらしく、皆が強張った顔で口を閉ざす。するとその場の空気に異常を感じたらしいエセリアが、困惑気味に言葉を継いだ。


「あ、ええと……、少々語弊があったかもしれませんが、優秀な人材の教育と発掘と言う意味ですわよ?」

 そこでいち早く衝撃から立ち直ったミランが、盛大に文句を口にした。


「エセリア様っ! 諸々が片付いて、気が緩んでいらっしゃるのは分かりますが、本当にもう少し言動に注意してください! 一瞬、エセリア様が人身売買に乗り出す気なのかと、背筋が凍りましたよ!!」

「嫌だわ、ミラン。そこまで勘違いする方は、そうそういないわよ。……皆さん、そうですよね?」

「…………」

 しかし他の者が微妙に視線を逸らしたまま黙り込んでいるのを見て、エセリアは顔を引き攣ながら兄に視線を向ける。


「お兄様?」

「その……、すまない。一瞬、本気かと思った……」

「…………」

 実の兄にまで大真面目にそんな事を言われて、エセリアは表情を消して黙り込んだ。そんな気まずい空気を何とかしようと、イズファインが話の先を促してみる。


「エセリア嬢。それで、優秀な人材の教育と発掘と言うのは、どういう意味ですか? クレランス学園のような物を、領地に設置して運営すると言う事でしょうか?」

「最初はそれを考えたのですが……。学園に三年通って、あそこは教育する為の研究機関だと思いました」

「はい?」

 途端にイズファインだけではなく、他の者も戸惑う表情になった為、エセリアは噛み砕いて説明しようとした。


「ええと……、つまり、各教授に研究室は与えられていますが、あくまでもそこは学生に学問を教える為に資料を編纂したり、研究を進める為の物であって、それ以上でも以下でも無いのです。世間一般に向けて、それらを発信する場所ではありません」

「そうなるとエセリアは、学園が閉鎖的だと言いたいのか?」

 ナジェークの指摘に、エセリアは小さく首を振る。


「閉鎖的と言うのとは、微妙に違うと思いますが……。要はすぐに実生活に役立つ、実学としての考え方が不足、または欠落していると言う事です」

「実学……」

「ですからその領地では、純粋な学術研究に特化した施設などでは無く、研究テーマ毎に広く民間に門戸を開いて、研究開発をする機関を創設できないかと考えているのです。例えば……、ワーレス商会ではこれまでにも数々の新商品を開発しているけど、それはあくまでも十分な資金と人員を抱えているから可能だった事でしょう? だけど世間には、クオールさんと同じように優れたアイデアや技量を持った人がいても、チャンスに恵まれないまま埋もれている可能性は無いかしら?」

 そう問いかけられたミランは、深く頷きながら驚きに目を見張った。


「確かに、その通りだと思います。それではエセリア様は、そう言った人達や技術をすくい上げる為に?」

「ええ。工学、農学、医学、実生活に役立つ、それらの技術や技法を研究開発できる人材を集めて資金を提供して、結果を世間に公開するの。ただしもの凄く貴重な物の場合には、勝手に乱用されないように、特別に認可を与える制度の考え方を、世間に周知徹底させなければいけなくなるけれど」

「特別な許認可制度か……」

(人々の生活に実際に役立つ技術や知識の習得や開発、及びその管理制度の構築……。凄い! そんな考え方はこれまで無かったし、本当にそんな事が可能になるなら、庶民の生活向上に本当に役立つわ! 話を聞いただけでワクワクしてきた!)

 難しい顔でナジェークは考え込んだが、シレイアは湧き起こる興奮を抑えきれずに満面の笑みになった。そしてエセリアの今後の展望を聞いたナジェークが、真顔で発言する。


「それでも、そんな大事業を一個人で手がける訳にはいかないだろう。国家の利益にも関わる事だ」

 エセリアは、そこですかさず要請してくる。


「お兄様ならそう仰るだろうと思いましたので、献策書を纏めておきましたの。できれば内容を添削の上、王太子殿下か国王陛下のお目に留まるように配慮していただければ、とても嬉しいですわ」

「分かった分かった。全く、何日かおとなしくしていたかと思ったら、こんな大事を考えていたとはな。恐れ入ったよ」

 もう苦笑するしかできなかったナジェークは、軽く両手を上げて降参する素振りを見せた。そこでシレイアは我慢できなくなり、勢い良く席を立って自分を売り込む。


「ナジェーク様! 正式に国もこの事業に乗り出すのなら、担当官吏に是非とも私を推薦してください! 若くて柔軟な考え方ができますし、前例の無いこれに携わる者として、適任だと自負しております!」

「シレイア、抜け駆けするな! 俺だってこんなスケールが大きい新規事業、募集がかかったら即立候補するぞ!」

「あら、あなたは外交局所属じゃない。仕事を覚えたらさっさと国外巡りに行ってらっしゃいな。その点私は民政局勤務なのよ? しっかり業務範囲に含まれているわ」

「そうだった……」

 シレイアに続いて声を上げたローダスだったが、あっさりと言い負かされてがっくりと肩を落とした。そんな二人に、ナジェークが笑いながら声をかける。


「まあまあ、二人とも。まだ構想段階にもなっていない事に関して、今どうこう言っても始まらないから。始動するのは早くても一年か二年はかかるし、それまでに今の部署できちんと成果を出しておく事が重要だね」

「確かにそうですね」

「肝に銘じます。その時までに、有能な使える人材だと売り込めるように、日々頑張ります」

(ここで、エセリア様の構想を聞かせて貰って幸運だったわ! 新たな、しかも大きな目標ができたもの! この構想が本格始動する暁には、絶対担当官吏に指名して貰えるように、これから頑張るわよ!!)

 固く決意したシレイアは、それから気の置けない友人達との会話を楽しみながら、楽しいひと時を過ごしたのだった。




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