第9章 “後悔”は、いつでも先に立ちません

(1)提案

「それでは学園長、この度は世話になった」

「とんでもございません」

 すったもんだの末、何とか問題にけりをつけた国王夫妻が、正面玄関でリーマンの見送りに礼を述べて馬車に乗り込もうとすると、ナジェークが歩み寄ってお伺いを立ててきた。


「両陛下、申し訳ありませんが、少々お時間をいただけませんでしょうか? 至急、申し述べたい事がございます」

 その申し出に、エルネストは傍らのマグダレーナと一瞬顔を見合わせてから、逆に問い返す。


「それ程急ぎなのか? 馬車に同乗しながらでも、構わない内容だろうか?」

「はい、誠に恐縮ですが」

「分かった。同乗を許可する」

「ありがとうございます」

 そして馬車が動き出してから、かなり強引に国王夫妻の馬車に同乗する事になった甥に対して、マグダレーナが呆れ気味に問いかけた。


「ナジェーク殿。あなたらしくもない。今回無理を言ったのは何故ですか?」

「妹に対する処遇と申しますか、配慮について、ちょっとした意見がございます」

「どんなものだ?」

 興味を引かれて反射的に尋ねたエルネストに対して、ナジェークは慎重に確認を入れた。


「恐れながら……、今回の婚約破棄騒動の一方の当事者、ミンティア子爵家への処罰は決定済みでしょうか?」

「いや、まだ正式に決まってはいない筈だ」

「屋敷を捜索させましたが、現時点では国内貴族や外国と通じていた明確な証拠が出ていないと、報告が上がっておりますね」

 それを聞いたナジェークが、尤もらしく頷く。


「そうですか……。この問題は長引かせれば、それだけ王家の威信に傷が付きます。早急に幕引きを図るべきかと、愚考いたします」

「確かにそうだが……」

「それなら、どうすれば良いと言うのです?」

「こちらをご覧ください」

 そこでポケットの中から折り畳まれた地図を取り出した彼は、手早くそれを広げて国王夫妻に向けて差し出した。


「これは……、西部地方の地図か?」

「はい。こちらにミンティア子爵領が記載されておりますが、偶然にも飛び地の王家直轄領と接しております」

 説明の為か、予め線で囲っておいた箇所を指さしながらナジェークが説明すると、二人は軽く目を見開いて頷いた。


「本当だな。こんな所にもあったのか……」

「私も、すっかり失念しておりました」

「王家直轄領には大小含めて、十二ヶ所もの飛び地がありますから。両陛下が覚えておられなくとも、無理はありません。加えてこちらの領地は、他と比べてさほど広くも重要性もございませんから」

 そこでマグダレーナは、甥が何を言いたいのかをなんとなく察した。


「それではナジェーク。あなたはこの直轄領を、ザイラスの代わりにエセリアに下賜すれば良いと言うのですか?」

「はい。加えて、ミンティア子爵領を半分に分割し、その直轄領に隣接した側を付ければ、ザイラス領とほぼ同じ広さになりますし、騒ぎを引き起こしたミンティア子爵家への処罰にもなりましょう。内外に対しての王家の面目が、十分保てるかと思いますが」

「なるほど……、一考に値するな」

 地図を凝視しながら真剣に考え込む表情になったエルネストに、ナジェークは神妙に更なる要求を繰り出す。


「それと同時に、領地を保持するに当たっては、適当な爵位をいただきたく。そうすれば、万が一妹が未婚のまま生涯を過ごす事となっても、周囲から侮られる事はございますまい」

「なるほど……」

「確かに、婚約破棄などとなってしまった後では、新たな縁談を整えるのも困難でしょうね」

 二人が沈痛な面持ちになったのを認めながら、ナジェークは冷静に話を続けた。


「勿論、この領地と爵位は一代限りの物として、妹が死亡した場合には王家に返却する扱いで構いません。これまでにも功績目覚ましい平民や、先王の側妃の生活保証として、同様の物を与えた前例が幾つかございます。因みにこれが、それらの人物達が賜った爵位や家名、及び領地の一覧表です。ご覧ください」

 続けてナジェークが差し出したリストを受け取ったエルネストは、ざっと目を通して納得した表情になった。


「ああ、なるほど。確かにこれなら、以前に聞き覚えがある」

 そして無言で地図を元通り畳んでリストと重ねた彼は、ナジェークに告げた。

「貴公の考えは良く分かった。王宮に戻ったら、早速官吏達に検討させよう。これらを借りても良いかな?」

「どうぞ、そのままお持ちください」

「そうか。それでは貰って行こう」

 そこでマグダレーナが真剣な表情で、甥に呼びかけた。


「ナジェーク殿」

「はい、王妃陛下。何でしょうか?」

「決して、エセリアの悪いようには致しません。あなたからシェーグレン公爵とミレディアに、くれぐれも宜しく伝えておいてください」

「そうだな。事が落ち着いたら、公爵夫妻とエセリア嬢を王宮に招いて、改めてお詫びする事にしよう」

「恐縮です。両親には私から、きちんと伝えておきます」

 彼女に続いてエルネストからも、真摯な言葉をかけられたナジェークは、真顔で頷いた。

 それからは馬車が王宮に到達するまで、三人は世間話などをしながら過ごし、さすがに国王夫妻と同じ場所で下ろして貰うのは不敬すぎると考えたナジェークは、王宮正面玄関のかなり手前の場所で自分を下ろして貰い、二人を乗せたまま奥に走って行く馬車を見送った。


(さて、あれで処分が本決まりになりそうだな。ミンティア子爵は、今頃は何とか娘と縁切りして、胸をなで下ろしているだろうが……。これまでまともに娘を育ててこなかった報いを受けるのは、寧ろこれからだろう)

 そんな事を考えたナジェークは、昨日初めて顔を合わせたばかりの人物の事を連想し、思い返した。


(そろそろジムテール男爵家の方は、屋敷を引き払った頃だろうか? 本当にミンティア子爵夫妻と違って、ジムテール男爵夫妻の反応と対応は、実に潔いものだっな……)

 しみじみとそんな事を考えたナジェークは、本格的に王太子執務室の後片付けをするべく、王宮の一角に向かって無言で足を進めた。

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