(13)女の戦い

 あるうららかな昼下がり。マグダレーナの招待を受け、後宮に部屋を賜っている側妃四人が、彼女の私室に顔を揃えた。


「今日皆様に集まって頂いたのは、先日後宮に新たにジュリスがお部屋を賜った事ですし、この機会に久々に全員で親睦を深めようと思いましたの。皆もジュリスがどんな方か、興味があったでしょう?」

 にこやかに王妃にそう言われては、新参者に対して嫌みの一つも言えず、三人の側妃は微妙な笑みを浮かべながら、曖昧に頷いた。


「はぁ……」

「そうですわね……」

「まあ、多少は……」

 するとマグダレーナは、最近後宮に入ったばかりの年若い女性に向き直り、同様に朗らかに笑いかける。


「ジュリスも、他の方々に個別に挨拶する手間が省けて、良かったのではない?」

「はっ、はい! 王妃様のご厚情に感謝しております! 皆様、宜しくお願いします!」

 強張った笑顔で勢い良く頭を下げた彼女に、三人は若干忌々しげな表情をちらつかせながら、鷹揚に頷く。


「ええ……」

「どうも……」

「初めまして……」

 そんな茶番としか言いようのやり取りを一応笑顔でこなしながら、第一王子の生母であるディオーネは、内心で腹を立てていた。


(何なの? 王妃が私達全員を招集して、この生意気な女の御披露目? となると、王妃がこの女の後見に付くと言う事?)

 そんな邪推をした彼女は、相手に気付かれない様にマグダレーナを睨んだ。


(冗談じゃないわよ! 自分に子供が無いからって、自分の言いなりになる若い女に子供を生ませて、その子を後継者にする気? そっちがその気なら、子供が生まれるまでに絶対いびり出してやる!!)

 第一王子を生んだものの、同じ側妃であるレナーテが生んだアーロンとは一歳しか違わず、実家の権勢は自分の方が見劣りしている事もあって、ここにきて新しい側妃が登場した事にディオーネはかなり神経を尖らせていた。しかしマグダレーナはそれに気付いているのかいないのか、のんびりとした口調で全員に向かって話しかける。


「せっかく全員が顔を揃えているのだし、今回はただのお茶会ではなくて、余興を用意しました。皆さん、参加して下さいね?」

「それは構いませんが……」

「皆で参加する余興とは、何でしょうか?」

 王妃には逆らえず、困惑した表情で側妃が口々に尋ねてきた為、マグダレーナは優雅に微笑みながら指示を出した。


「迷走人生と言う物よ。カーラ、準備をお願い」

「……畏まりました」

 何故か言い付けられた侍女が、盛大に顔を引き攣らせながら応じたのを、ディオーネは少々不思議に思いながら、おとなしく座り続けた。


(何なの? 王妃様は私達に、一体、何をさせる気なの?)

 その疑問は、皆が囲んで座っているテーブルに、見慣れない物が置かれた事で一層深まったが、マグダレーナはそんな周囲の戸惑いなど無視して、説明を始めた。


「それでは、進め方を説明しますね」

 それをおとなしく聞いていたディオーネは、すぐに興醒めした表情になった。


(ふぅん? そのコロコロとか言うのを転がして、出た数だけ進めれば良いわけね。そんな単純な物を勧めるなんて、王妃は何を考えているのよ)

 そんな事を考えながら半ば呆れていると、マグダレーナが促した。


「それでは初めましょうか」

「ではまず、王妃様からどうぞ」

「ありがとう。それでは私から」

 すかさずディオーネがご機嫌を取る様にマグダレーナに一投目を勧めると、レナーテが一瞬鋭い目つきを向けてきた為、軽く鼻で笑ってみせた。


(ふっ、こんなくだらない物、さっさと終わらせてやるわ! 勿論、勝つのは私よ!)

 そんな静かな女の戦いが勃発したが、その結果は最悪の代物となった。

 最初に一番新参者であるジュリスが上がり、次にマグダレーナ。三番手にレナーテが上がり、その時点で盤に残っているのは側妃のエリシアとディオーネのみになってしまった。


「……はい、これでエリシアが到着したわね」

「は、はぁ……」

 マグダレーナが朗らかに声をかけたが、エリシアは恐る恐るディオーネの様子を窺った。対するディオーネは、もう笑顔を取り繕う事も忘れて、ただ一つだけ残った自分の駒を、親の仇でも見る様に睨み付ける。


(何なの、これ……。この私が一番遅れを取るなんて、冗談じゃないわ!! しかも一番最初に上がったのが、よりにもよってあの女だなんて!!)

 そして怒りに任せてジュリスを睨み付けると、その迫力に恐れをなした彼女が、涙目で頭を下げながら謝罪を始めた。


「あ、あのっ! すみません! 新参者の分際で、本当に申し訳ありませんっ!!」

「あ、あはははははっ!!」

 しかしここで突然、緊迫した場面に相応しくない笑い声が上がった。その場全員が爆笑しているマグダレーナに目を向け、ディオーネは憤怒の形相で睨み付ける。


(何がおかしいのよ! 私を笑い者にする気!?)

 その視線に気付いたらしいマグダレーナが、何とか笑いを収めながら弁解してきた。


「ご、ごめんなさいっ……。この前、カーラが真っ青になって、床に頭が付くのではないかしらと思う位、勢い良く頭を下げていた時の事を思い出して」

「王妃様……。本当にもう、ご勘弁下さい」

 身を縮める様にして申し出た侍女と王妃を交互に見ながら、ディオーネは(何事?)と不思議に思ったが、ここでマグダレーナが予想外の事を口にした。


「実はね、この迷走人生を以前カーラを交えて7人でやった時、カーラが真っ先に上がって、私が最後まで残ってしまったの。そうしたらカーラが、半ば泣き出しながら頭を下げてね」

 そう述べた彼女はおかしそうに再び笑い、側妃達は一斉にカーラに驚愕の視線を向けた。


(はぁ!? 侍女の分際で、王妃と同席した上に、勝負で先んじたの? 有り得ないでしょう!?)

 そんな視線を浴びてカーラがかなり居心地の悪い思いをしていると、完全に笑いを抑えたマグダレーナが、穏やかに話を再開した。


「その時に、確かに勝てなかったのは残念だったけど十分楽しめたから、皆にも勧めてみたの」

「楽しめたのですか?」

 思わずと言った感じでジュリスが尋ねると、マグダレーナは苦笑しながら応じた。


「ええ、十分にね。皆に聞きたいのだけど、コロコロを振る時は数字の事だけ考えて、自分や他の人が駒を動かす時、その指示を見て一喜一憂して、現実の煩わしい事などすっかり忘れていたのではない?」

 そう問われた面々は、一瞬互いの顔を見合わせてから、口々に言い合った。


「……言われてみれば」

「確かに、そうですわね」

「というか……、他の事を考えるなんて、無理ですわ」

 そんな反応を見て、マグダレーナが満足げに頷く。


「そうでしょう? ですから偶には煩わしい現世を忘れて、皆でひと時を過ごしてみようかと思ったの。だからディオーネ。これに細工とかは無理だし、勝敗は本当に時の運なの。今回、最後になってしまって残念でしょうけど、気分を害さないで下さい」

 そう言って微笑した彼女を見て、ディオーネは自分と彼女との格の違いを悟った。


(さすがは王妃ね。そんな事を言われたら、文句なんか言えないわ。自分が狭量だと言っている様なものじゃない)

 そこで即座に気持ちを切り替えたディオーネは、マグダレーナと同様の笑顔を浮かべながら言葉を返した。


「確かに勝てなかったのは残念ですが、王妃様もかつて最後まで残られていたとの事。王妃様に倣った様で、寧ろ光栄です」

 さり気なく追従の言葉を忘れないディオーネに、マグダレーナは笑みを深めながら、他の者を見やる。


「そう言ってくれると嬉しいわ。皆もやってみてどうでしたか?」

 マグダレーナがそう尋ねた途端、側妃達は普段の険悪さなど微塵もさせずに、口々に賛同の言葉を述べた。


「本当に、時の経つのを忘れていましたわ!」

「すっかり目の前のコロコロの事しか考えていませんでしたわね!」

「さすが王妃様、お目が高いですわ! 実家の者達にも教えてあげたいので、どちらで購入できるか教えて頂けませんか?」

(相変わらずレナーテは、王妃に媚びを売って。鬱陶しいわね)

 自分の事を棚に上げてディオーネは誰にも気付かれない程度に小さく舌打ちしたが、このレナーテの質問から、話は予想外の方向に流れた。

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