(2)ワーレスの親心

「久しぶりね、ワーレス。元気そうで何よりだわ」

 予め伝えていた時間通りにワーレス商会を訪れると、エセリアはワーレスから満面の笑みで迎え入れられた。


「エセリア様こそ。伝え聞く限りでは忙しく過ごしておられるようで、お疲れではないかと心配しておりましたが、生気に満ち溢れておられますね」

「確かにそうね。充実感が漲っているもの。お店の方も少し見せて貰ったけど、相変わらず繁盛しているみたいで、結構な事だわ」

「ありがとうございます。これもひとえに、エセリア様のおかげです」

 世間話をしながら店舗と隣接した住居スペースに案内され、応接間に入って椅子に落ち着いたところで、ワーレスがお茶を飲みながら話を切り出した。


「ところで今回のご用の向きは、やはり例の学術院に関してですか?」

「ええ、ワーレス商会には既に色々と便宜を図って貰っているけど、まだまだ必要な物資があってね。勿論、代金は支払います」

「エセリア様からのお話に関しては、踏み倒しなど全く考えておりませんから。最上級の物を、最速でお届けしますよ」

「ありがとう。助かるわ」

 互いに笑顔のまま話を続けた二人だったが、ここでワーレスが若干顔つきを改めて話を切り出した。


「実は、今後のアズール伯爵領の発展を見越して、来年にでもそちらにうちの支店を出す事を計画しております」

「あら、そうだったの? それは知らなかったわ」

「去年ミランがクレランス学園を卒業したので、普通の店員と一緒に仕事を覚えさせているところです。ゆくゆくはその支店を、あいつに任せようかと考えております。その折りは、宜しくお願いします」

 本気で驚いたエセリアだったが、すぐに笑顔で頷いた。


「願ってもない話ね! ミランは学園で同期だった官吏達との伝手もあるし、色々な立場の人達ともそつなくお付き合いができていたから、調整役として頼りにさせて欲しいわ」

「調整役、ですか? 商売に関わる事なら自信を持ってあいつをお薦めできますが、一体どんな調整をするのでしょう?」

 怪訝な顔になったワーレスに、今度はエセリアが真顔になりながら話を切り出す。


「ワーレス。実は今回は学術院に関する事の他に、新たな構想についてのあなたの意見と助言を貰いたくて、こちらに出向いたのよ」

「それはまた……。どういった構想でしょう? 是非お聞かせください」

 瞬時に金儲けの気配を感じ取った彼が、これまで以上に真剣な顔付きになる中、エセリアは持参した資料を提示しつつ、懇切丁寧な説明を始めた。そして一通り語り終えてから、相手の反応を待つ。


「ワーレス、どうかしら? 商売人の立場から考えて、今説明した内容が商売として成立して、成功すると思う?」

 神妙に問いかけたエセリアだったが、それを聞いたワーレスは知らず知らずのうちに険しくなっていた顔つきを一気に緩め、苦笑すら浮かべながら彼女に問い返した。

「今の発言は、エセリア様らしくありませんな。何が何でも成功させるおつもりではないのですか?」

 それにエセリアも苦笑で応じる。


「確かにそうだけどね。かなり突拍子もない話だし」

「エセリア様、これは絶対に実現させなければいけません。我がワーレス商会はその実現の為に、全面的に協力させていただきます」

「そう言って貰えると、心強いわ」

「限られた人材と資源を、余すところ無く徹底的に利用する……。エセリア様は、商売人の基本理念をしっかり理解しておられますね。さすがです。いやぁ、実に惜しい。貴族では無くて商売人の家にお生まれになったのなら、どれだけの成功を収められた事か」

 そんな事を実にしみじみと語るワーレスに、エセリアは苦笑いする事しかできなかった。


「誉め言葉としては、少し微妙ね」

「先程の構想に関しては、商売は抜きでも個人的に成功させて欲しいですね」

「個人的にと言うと?」

 意外な言葉を聞いてエセリアが首を傾げると、ここでワーレスが話題を変えてきた。


「私共とソラティア子爵家は、年々取引を拡大して友好関係を築いておりますが、実は今、そちらの末のご令嬢とミランとの縁談が進んでいるのです」

「まあ、ミランとカレナが? 学園在学中から仲は良かったと思っていたけど、おめでたい事だわ」

 彼女が本心から祝福の言葉を述べると、ワーレスも笑顔で頭を下げる。


「ありがとうございます。正直、平民の私どもと貴族である子爵家との間では、色々とはばかる事もあるのですが、子爵は『貴族と言っても末端の貧乏貴族だし、結婚相手を貴族で探すよりも、平民でも将来性のある有能な若者の方が良い』と仰ってくださいました。『元々娘には、基本的な身の回りの事は自分でさせている』とのお話でしたし」

「そうね。確かにカレナは学園での寮生活にも、最初からすんなり馴染んでいた筈だわ」

「ですが結婚してミランが別に家を構えるとなったら、さすがにカレナお嬢様が家事一般を一手に担うのは不可能でしょうから、こちらで雇った使用人を派遣しようかと思案しておりました」

 それを聞いたエセリアは、深く頷いた。


「なるほど。確かに例の構想が実現すれば、カレナの精神的負担は減るでしょうね。周りの平民の皆も、そうしているのだからと」

「はい、その通りです。ミランを派遣しようとしているアズール伯爵領で、先程のような先進的な取り組みが進められる予定だとは、正に僥倖でした」

「分かったわ、ワーレス。もう準備はかなり進んでいるし、来年二人が領地に来る時までには、色々軌道に乗せて置くわね。それから正式に二人の結婚が日取りが決まったら、教えて貰えるかしら? 是非、結婚式や披露宴に参加したいから」

「必ずお知らせします」

 エセリアの要請には満面の笑みで頷いたワーレスだったが、ここで急に心配そうな顔つきになって問いを発した。


「それからクオールの奴は帰ってくるどころか、滅多に私達に手紙も寄越しませんが、そちらでちゃんと役に立っているでしょうか?」

 学術院開設の準備要員として、自分がスカウトした面々の一人であるクオールの事が話題に出た為、エセリアは安心させる様に笑顔で答えた。


「勿論よ。寧ろ色々な物の設計や開発に携わって貰っているから、設立準備に追われている面々の中では、一番忙しくしているのではないかしら?」

「それなら良いのですが……。あいつは金勘定はからきしですが、わけの分からん事を考えたり、物を作る事にかけては右に出る者はいませんからな。存分にこき使ってください」

「あらあら、酷い父親ね」

「後は、あいつの嫁の来手だけが心配ですが。エセリア様、心当たりはありませんか?」

 盛大に溜め息を吐いたワーレスが、ここでエセリアの反応を窺うように尋ねたが、彼女は真顔で考え込みながら答える。


「そう言われてもね……。クオールさんは、作業室に閉じこもっている事が多いし。特に親しい女性は居ないみたいよ? 発想とか言動も色々特殊だし、それについていける女性はごく少数ではないかしら?」

「そうだろうとは、思いましたが……」

 次男の不甲斐なさにワーレスはがっくりと肩を落としたが、すぐに気を取り直し、最近では滅多にないエセリアの訪問を無駄にするかとばかりに、商談と意見交換に花を咲かせた。


「それでは失礼するわね」

「はい、お気をつけてお帰りください」

 お互いに相当有意義な時間を過ごし、エセリアは待たせていた公爵家の馬車に乗って、公爵邸へと帰って行った。それが見えなくなるまで門の前で見送ったワーレスは、少々残念そうに屋敷の中に戻って行く。


「あいつと対等に話ができるのは、エセリア様位かと思っていたし、手紙に書かれている内容が殆どあの方を礼賛する内容だったから、もしかしたらとは思っていたが……」

 独り言を呟きながら店舗に戻ったワーレスは、息子に対して悪態を吐いた。


「やはりクオール程度では、どうにもならんか。あの甲斐性なしが」

 しかし口では息子を貶しながらも、その顔には苦笑の表情が浮かんでいた。

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