(10)友好関係樹立

「話を戻しますが、妹からの報告では今年度の入学者の中に、盲目的にグラディクト殿下を崇拝しているのにエセリアを目の敵にしている女生徒がいるそうです。その彼女は既にグラディクト殿下と接触し、二人は大層意気投合されたとか」

 それを聞いたジャスティン達は、怪訝な顔を見合わせた。


「はぁ? 王太子殿下の婚約者を敵視してるって、何なんだ? そいつ、馬鹿なのか?」

「そうよね? 王太子殿下を崇拝しているなら、エセリア様も好意を持ったり、お近づきになりたいと思うのが普通だと思うけれど」

「どうやらその女生徒は、あらゆる意味で普通ではないみたいです」

 そこで一度言葉を区切ってから、ナジェークは他の者にとって聞き捨てならない台詞を口にした。


「それでエセリアとしては、グラディクト殿下が自分との婚約を破棄し、その女生徒を新しい婚約者に据えたいと考えるように持ち込むつもりだそうです」

「…………」

 ナジェークが淡々とそんな問題発言を口にした途端、室内が静まり返った。しかしこれまでの付き合いで、彼の突拍子の無い言動に多少は慣れていたカテリーナが、慎重に確認を入れる。


「ええと……、その女生徒は、公爵家か侯爵家の方なのかしら?」

「子爵令嬢だそうだ」

「あり得ないでしょう……」

「どう考えても無理だろ! あんたの妹、相当頭がおかしいのか!?」

「ジャスティン、落ち着いて! 幾らなんでも、公爵令嬢の事を『頭がおかしい』は無いでしょう!?」

 端的なナジェークの説明を聞いたカテリーナが、頭を抱えて呻くと同時に、ジャスティンが勢い良く立ち上がりながら喚き立て、タリアが血相を変えて夫にしがみつく。そんな混沌とした状況下でも、ナジェークの飄々とした態度は変わらなかった。


「大丈夫です。私もこの話を初めて聞いた時、一瞬妹が発狂したのかと思いましたが、生憎と妹は本気です。そして妹が一度口に出した以上、それがどれだけ手間隙がかかろうが、必ずやり遂げると信じています」

 真顔でそんな事を断言されてしまったジャスティンは、誰が聞いても荒唐無稽なその話が、一気に現実味を帯びたように感じ、ゆっくりとソファーに座り直しながら頭を抱えた。


「勘弁してくれ……。下手すると、王太子交代劇が勃発する上、社交界での勢力図が大きく塗り変わるだろうが。俺は近衛騎士団の、しがない一騎士なんだぞ……」

 普段は上級貴族間の勢力争いなどとは無縁で興味も無いジャスティンに、タリアとカテリーナは心底同情する視線を向けたが、ナジェークは全く容赦が無かった。


「それで妹が学園を卒業する二年後には、無事に婚約が解消している予定ですので、その折には我がシェーグレン公爵家からガロア侯爵家に、結婚の申し込みを行うつもりです」

「二年後……。あのな、あんた一体どういうつもりで、今の話を俺達にぶちまけたんだ?」

 恨みがましい顔と口調で問われたナジェークは、真剣な顔付きになって告げた。


「今、二年後に申し込むと言いましたが、逆に言えば妹と王太子殿下との婚約が成立している二年以内に申し込んでも、彼女との縁談が纏まる可能性は低いという事です。そこはご理解いただけると思いますが」

「ああ、分かり過ぎる位、分かる。貴族同士の婚姻は、基本的に双方の家での合意に基づく。俺とは違う意味で、差し障りがあるだろう。父上もそうだが、それ以上にエリーゼ義姉上の実家が認めないだろう」

「はい、その通りです。私には家も官吏としての地位も捨てられませんから、彼女を連れて出奔する気はありませんし、彼女に平民の暮らしをさせるつもりもありません」

 それを聞いたジャスティンは、少しだけ面白くなさそうな顔になった。


「……正直だな。いざとなったら妹を取る、位の事は言えないのか?」

「全てを得るために、あと最低二年は必要だという事情を、真摯にご説明しています。あなたがそんな小手先の嘘で、丸め込まれる方だとも思えません」

 そこで男二人が無言で睨み合う事暫し。カテリーナとタリアがどうなる事かとハラハラしながら事態の推移を見守る中、ジャスティンが苦笑しながらどこかふっ切れたように言い出した。


「そのふてぶてしい面構えが気に入った。よし、丸め込まれてやろうじゃないか。今の話を俺達の胸の内にしまっておく他に、何をすれば良いんだ?」

 意外にあっさり了承してしまった夫に、タリアが驚きながら口を挟む。


「ジャスティン。本当にお義父さん達に、内緒にしていて構わないの?」

「王太子殿下の婚約者が婚約破棄を狙っているなんて話、口にしたところで誰も信じないさ」

「それもそうね……。頭がおかしいと思われるのがオチだわ」

 そこで夫婦揃って遠い目をしてしまった二人に遠慮などせず、ナジェークは話を進めた。


「それでお二人には今後、私達が連絡を取り合う際の仲介と、彼女の外出時の目眩ましになって貰いたいのです」

「確かに、大っぴらにできないだろうしな。それは了解した。タリア、お前も良いな?」

「ええ。これでも口の固さには自信があるわ。実家の店で給仕をしていた時も、泥酔した客がどんな事を漏らしても、口外しなかったから。そこら辺は安心して頂戴」

「ありがとうございます」

 夫婦の台詞にナジェークが思わず表情を緩めたが、今度はカテリーナが口を挟んだ。


「連絡の仲介って……、手紙のやり取りは前々からサビーネに頼んでいるわよね?」

「彼女だけに、頻繁に頼むわけにもいかないから。協力者は最小限だが、複数経路が望ましい」

「分かりました。もう勝手にして」

 完全に匙を投げた状態の妹を見て、ジャスティンはその顔に苦笑を浮かべた。


「おやおや、すっかり形無しだな、カテリーナ。そいつはそんなにお前の手に負えないのか?」

「こんなのを思い通りに操れる人なんて、よほどの天才か変人よ」

「妹がかなりの天才で、変人でもあるのは確かだな」

「酷い兄貴だな」

 素っ気なく断定したカテリーナにナジェークが真顔で同意し、それにジャスティンが苦笑を深めてから、四人は揃って楽しげに声を上げて笑った。

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