(11)兄の気遣い

「因みにお義兄さんは、ガロア侯爵家の内情について、どの程度ご存じですか?」

 笑いを収めてからナジェークが発した問いに、ジャスティンは怪訝な顔で問い返した。


「内情というと、具体的には?」

「長兄夫婦が、自分達に都合の良い相手とカテリーナの縁談を纏めようと、躍起になっている事です」

「それは知らなかったが、単にカテリーナの嫁ぎ先を心配しているだけではないのか?」

 半信半疑の表情になったジャスティンに、ナジェークは服のポケットから取り出した紙を広げ、彼に差し出しながら話を続ける。


「これまでに候補に挙げた、または実際に紹介しようとした者達では、とてもそうは思えませんが。これがそのリストですが、全てアーロン王子派、もしくは中立派の貴族の嫡男です」

 それを受け取って内容を確認したジャスティンは、何気なく妹に確認を入れた。


「これはカテリーナが教えたのか?」

「いいえ。この人、うちに密偵を潜り込ませているの。兄様達から全員を紹介されてはいないわ」

「…………」

 それを聞いたジャスティンは勢い良く振り返り、実家に密偵を潜り込ませているというとんでもない人間を凝視しながら、盛大に顔を引き攣らせた。


「その密偵を通して情報収集しているナジェークが言うには、お父様達が私に婿を取らせてガロア侯爵家を継がせたいとジェスラン兄様が邪推しているから、我が家に婿入りできる次男三男は避けているそうなの。それについて、ジャスティン兄様はどう思う?」

 妹から真顔で意見を求められてしまったジャスティンは、「実家に密偵を潜り込ませている事を容認するな!」と叱る気も失せ、深い溜め息を吐いた。


「……残念ながら、あり得るな。ジェスラン兄さんは決して悪い人では無いが昔から猜疑心が強くて、俺やジュール兄さんも目の敵にされた時期がある」

 もの凄く仲が良いとまでは思わなかったものの、兄弟間で変な確執などは無かったと今まで思い込んでいたカテリーナは、その台詞に本気で驚いた。


「それは本当なの?」

「ああ。俺は早くから剣で身を立てると公言していたし、ジュール兄さんも補佐役に徹するという立場を貫いていたんだがな……。あの義姉上と結婚して、変に拍車がかかったか。それにしてもそんな風に躍起になって、カテリーナを追い出しにかからなくても……」

 うんざりとした表情で呻いたジャスティンに、タリアも困惑の表情になった。


「少し前から条件に合致する相手との縁談を、色々と画策していましたが、そろそろ相手に目論んでいた者達が結婚したり婚約したりして、選択肢が狭まってきました。そうなると嫡男や派閥に関わらず相手を物色してくる可能性もありますので、その意味でもご協力願います」

「分かった。それとなく両親と連絡を取って探ってみるなり、意見できるならしてみよう」

「宜しくお願いします」

 男二人の間でそんな風に話が纏まり、タリアは義妹に同情しながら声をかけた。


「災難ね、カテリーナ。純粋に自分を心配してくれるならともかく、そんな思惑絡みで縁談を強制されるなんて」

「確かに災難ではありますが、おとなしく従うつもりはありませんから」

「頑張ってね。私には大した事はできないだろうけど、応援しているわ」

「ありがとうございます」

 義姉との初対面の場であり、当初不安だったカテリーナだったが、予想外のナジェークの登場と話の流れにある意味緊張が吹き飛び、結果的にあっさり打ち解ける事になって安堵していた。そこでジャスティンが、思い出したように言い出す。


「ところで、さっき君は官吏がどうこうとか言っていたよな? まさか公爵家の嫡男なのに、官吏として出仕しているのか?」

「はい。財務局に所属しています」

 さらりと口にされたその部署を聞いて、ジャスティンは唖然とした顔になった。


「財務局……、官吏の中でも最高峰だろうが」

「この人、クレランス学園では、貴族科所属のまま官吏科の生徒を押し退けて、常に成績優秀者入りしていたのよ」

 妹からの補足説明を聞いたジャスティンは、溜め息を吐きながら問いを重ねる。


「本当に、とんでもないな……。だがそうなると同じ王宮勤務でも、カテリーナとの接点は皆無だよな?」

「ええ。学園卒業以来、彼女と顔を合わせるのは、今日が初めてですね」

「よし、分かった。それならここは年長者らしく、少し気を利かせてやろうじゃないか。タリア、俺達は少し席を外すぞ」

「え? ……あ、ええ、そうね、少し席を外しましょう。お二人ともごゆっくり」

「ああ、一応言っておくが、俺の家で妙な事はするなよ?」

「勿論、剣の錆になるような事は慎みます」

「それなら結構。じゃあ、また後でな」

「あの、ジャスティン兄様? タリア義姉様?」

 ジャスティンがいきなりタリアを促して立ち上がり、一瞬戸惑いを見せた彼女を連れて居間を出て行くのをカテリーナは呆気に取られながら、ナジェークは苦笑いしながら見送った。


「さて、思いもよらず気を遣わせてしまったから、この際、二人だけで話しておきたい内容を話そうか」

 いきなりそんな事を切り出され、カテリーナは本気で戸惑った。

「何の話をすると言うの?」

「君の上司の話。あまりお義兄さんに心配をかけたくはないし、お義姉さんに変に勘ぐられたくは無いだろう?」

 確かにカテリーナにしてみれば、些細な嫌がらせについて根掘り葉掘り聞かれたり、それが元で隊長同士の諍いになるのは御免だった。加えてアーシアがジャスティンに勝手に懸想していた事がそもそもの原因とあっては、それを耳にしたときの義姉の反応が予想できず、カテリーナは相手の言い分を認めた。

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