(14)血筋

「それで、未だに独身を貫いているアイラさんの、仕事に対する情熱と心意気に改めて感動したの。最近、尊敬できる女性に何人も出会えて、本当に幸運だと思う」

「本当に素晴らしい官吏の方だな。シレイアの刺激になってなによりだ」

「自分の仕事に誇りを持って、人生をかけていらっしゃるのね。羨ましいくらいだわ」

「…………」

 しみじみとシレイアが語った内容に、ノランとステラが感慨深げに頷く。しかし一方のキリング家の面々は、微妙な顔つきで無言になっていた。


「ウィルス兄さん? 私、何か変な事を言ったかしら?」

 話が終わっても全く反応がなかったことで、シレイアは訝しげにウィルスに声をかけた。それで我に返ったウィルスは、反射的に尋ね返す。


「……え? どうしてだい?」

「なんか変な顔をして、黙りこくっているから。話の内容で、何か気になる事でもあった?」

「いや、別に変な事は言っていないぞ? 官吏と一口に言っても、様々な事情がおありなんだろうなと、考えてしまっただけだから」

「うん、私も色々と考えたのよね。アイラさんとマルケス先生の様子を見て」

 思いがけず担任の名前を聞き、ローダスは何気なく問いかける。

「え? マルケス先生がどうかしたのか?」

 すると彼に向き直ったシレイアの表情が、瞬時に険しいものに変化した。


「……ローダス」

「なんだよ? 急に怖い顔をして」

「プライベートに関わる話だから、あくまでもここだけの話にして貰える?」

「お前がそう言うなら、勿論そうするが」

「それなら言うけど、多分マルケス先生はずっと前からアイラさんが好きで、今でもそれは変わらないと思うの」

 すこぶる真顔で何を言い出すのかと思えば、予想外過ぎる内容だったことで、ローダスは一瞬反応が遅れた。


「…………他人のコイバナとか、シレイアには珍しいよな。だけど、その根拠は?」

「私とアイラさんとの話の間、マルケス先生は黙って笑顔のまま話を聞いていたんだけど、なんとなく単なる友情を超越した親愛の情を、そこはかとなく感じたのよね。あれは間違いないわ」

 シレイアは大真面目に断言したが、ローダスは溜め息を吐いてから率直な意見を口にした。


「お前さ……、自分で言っていて、それは妄想と紙一重だとは思わないのか?」

「五月蝿いわね! ローダスはあの場にいなかったから、あの雰囲気とか眼差しとかは分からないのよ!」

「そりゃあその場にいなかったんだから、分かるわけないだろう」

「きっと進学と仕事に邁進しているアイラさんの気持ちを乱したくなくて、それ以上にアイラさんの意志を尊重して、マルケス先生は自分の気持ちをずっと打ち明けられなかったのよ。でも他の人と結婚もできなくて、未だに独身のままアイラさんを遠くから陰ながら見守っているんだわ!」

「だからシレイア、それ、単なる独断と偏見だから」

 むきになって主張するシレイアを、ローダスはうんざりしながら宥めようとした。しかし娘の話を聞いたノランとステラは、感激の面持ちで感想を述べる。


「その先生は、自制心と包容力のある人物なのだな。子供を教え導く教師として、本当に相応しい。そんな方にシレイアを担当して貰って、幸運だった」

「その女性を長年見守り続けている先生の真心に、胸が震える思いだわ」

「そうよね!? 私、アイラさんとマルケス先生を尊敬すると同時に、これからも温かく見守っていくわ」

「シレイアは良い出会いをしたな」

「ええ、本当にその通りね」

「…………」

 親子でしみじみと語り合っていたが、ここでシレイアはキリング家の面々が再び微妙な顔つきで押し黙っている事に気がついた。


「あの……、デニーおじさん、ステラおばさん。今回のお祝いの内容と全然関係ないことで騒いでしまって、すみませんでした」

 せっかくの祝いの場で関係ない話を持ち出し、しらけさせてしまったかと思ったシレイアは、神妙に頭を下げた。しかしデニーとマーサは、予想外のことを言い出す。


「ああ、いいのよシレイア。ちょっと昔の事を思い出して、考え込んでいただけだから」

「そうだな。シレイアはやはり、ノランとステラの娘だと納得した」

「え? どういう事ですか?」

 怪訝な顔になったシレイアに、デニーとマーサは懐かしむように告げた。


「若い頃、ノランがステラに一目惚れしたものの一向に動かないし、やっとアプローチし始めたと思ったら全く的外れな事ばかりして、見ているこちらが呆れるくらい散々空回りしていてね。私を含めた周囲は、当時相当気を揉んでいたんだよ」

「ステラはステラで……。そんなノランの気持ちに全然気がついていなくて、散々勘違いした挙句に色々と流していたわよね……。ノランが違う人を好きだと思い込んでその彼女との仲を取り持とうとした時には、よっぽど叱りつけてあげようかと思ったわ」

「他人に対しては細かい所にまで良く気がついて、すこぶる的確な処理ができるのに、自分の事となるとからきしで、とことん要領が悪くて」

「他人の機微にはものすごく敏感だったけど、自分に関することにはとことん鈍感だったものねぇ……」

「え?」

 全く予想できなかった両親の若かりしころの実像に、シレイアの顔が僅かに引き攣った。そこでデニーとステラが、羞恥で僅かに顔を赤くしながら非難の声を上げる。


「おい! そんな昔の話を、娘の前で蒸し返すな! 恥ずかしいだろうが!」

「そうよ! 第一、今の話と私達の昔の話は、全く関係ないじゃない! マーサったら酷いわ!」

「ああ、そうだな……。関係がないと言えばないかもな。あると言えばあるかもしれないが……」

「ご免なさい。確かに、直接的な関係はないかもね……」

 どこか遠い目をしながら、デニーとマーサが謝罪した。そんな両親達のやり取りを横目で見ながら、キリング家の三兄弟が囁き合う。


「ローダス……、本当に色々頑張れよ」

「気を落とすな。まだまだ先は長いからな」

「……分かってるよ」

(何をボソボソ言っているのかしら? やっぱり実の兄弟で、男同士だから伝わる事ってあるんだろうな)

 相変わらず仲良さげに見える兄弟達を、シレイアは少しだけ羨ましく思いながら眺めていた。


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