(15)ちょっとしたプライド

 月日は流れ、修学場での通常学習期間終了日が近づいてきたある日。終了の挨拶の場で、マルケスが生徒達に向かって発表した。


「皆、早いもので、この修学場で学んでもらうのも、あとふた月ほどになった。今日は来年からの、給費生該当者を発表する。今年の希望者の中からは、ジャン・マクス、ギャレット・マッコイ、エリム・ベシアになった。三人とも、来年からこれから以上に頑張れよ?」

 マルケスが笑顔で告げた途端、教室のあちこちで歓声が上がる。


「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」

「絶対、クレランス学園に入学してみせます!」

「官吏になって、この修学場と総主教会に恩返ししますから!」

「おめでとう!」

「頑張ってね!」

「…………」

 名前を呼ばれた三人が顔を紅潮させて一斉に立ち上がり、彼らに対して周囲から惜しみない拍手と祝福の言葉が贈られる。そんな高揚した空気の中、一人の生徒だけは俯いて無言を貫いていた。



 マルケスが挨拶を済ませて教室を出て行くと、殆どの生徒が来年からの給費生に決まった三人を取り囲んだ。

「三人とも、おめでとう!」

「頑張ってね! 給費生になれるなんて凄いわ!」

「お前たち、三人だったら納得だよな」

 口々に告げられる祝福と激励に、当事者達は照れながらも冷静に応じる。


「ありがとう、頑張るよ」

「だけど本当に成績順だったら、間違いなくローダスとシレイアが真っ先に給費生扱いになっていたさ」

「正直に言うと二人が給費生にならずに、家庭教師をつけて勉強してくれるから助かったよ」

「確かにな。そうでなかったら下手したら僕達は、給費生になれなかったかもしれないし」

「そんな事はないんじゃない?」

「そうだぞ。特に毎年給費生の定員を決めているわけじゃないし、優秀だと修学場や総主教会の運営幹部に認めて貰えれば、ちゃんと給費生扱いになったと思うけどな」

 三人の指摘に、シレイアとローダスが納得しかねる顔つきになる。すると三人は苦笑の表情になりながら話を続けた。


「だけどローダスとシレイアがいてくれたから、そのレベルくらいでないと給費生にはなれないと思って、頑張った面もあるよな」

「確かにそうだな。ローダス、シレイア。クレランス学園入学に向けての選抜試験ではライバルだし、これからもお互い頑張ろうぜ」

「ああ、勿論だ。五人全員合格できるように頑張ろう」

「そうよね。入学選抜試験は王都内だけにとどまらず、全国から優秀な受験者が集まってくるけど、絶対に負けないんだから」

 そこで拳を握りながら、シレイアが決意のほどを表明する。それを目の当たりにした三人は、何故かローダスに物言いたげな視線を向けた。


「まあ、試験自体もそうだけどさ……。色々な意味で頑張れよ、ローダス」

「一緒に勉強するって聞いたぞ? それで他の奴に後れを取ったりしたら、目も当てられない」

「道は長そうだけどな。そういう意味で、全然眼中に無さそうだし」

「……余計なお世話だ。放っておいてくれ」

 男四人が固まり、何やら小声で言い合っているのを見て、シレイアは訝しく思いながら尋ねる。


「ちょっと。四人で何をボソボソ話しているのよ?」

「いや、大したことないから」

「うん、気にしないでくれ」

「ふぅん、そう?」

 なんでもなかったかのように誤魔化す彼らに、シレイアは面白くなさそうに首を傾げただけだった。



 ※※※


 

 マルケスが翌年からの給費生を発表した数日後、シレイアは修学場が終わってからワーレス商会書庫分店に出向いた。


「サビーネ、久しぶり。今日会えるとは思っていなかったわ」

「私もよ。ひと月ぶりくらいかしら?」

「確かにそれくらいね。新刊情報はある? 暫く来ていなかったから」

「任せて。情報収集は常に完璧を心がけているわ」

 紫の間に入るなりサビーネを発見したシレイアは、笑顔で彼女に歩み寄る。それから二人は話題になっている本の内容について、ひとしきり語り合った。


「そういえばシレイア。修学場での学習は、そろそろ終わるのよね。その後は予定通り家庭教師について勉強して、クレランス学園入学を目指すの?」

 話が途切れたところで、サビーネが確認を入れてきた。それにシレイアは真顔で頷く。


「そのつもりよ。官吏登用試験の受験資格に、クレランス学園卒業の項目は無いけど、事実上クレランス学園での授業内容を修めておかないと合格できないのは、自明の理だもの」

「頑張ってね。教養や知識は勿論必要だけど、私はそこまで徹底して勉強するなんて無理だわ」

「サビーネは話題が広いし頭の回転は速いし、本気で勉強すれば十分官吏になれそうだけど。言っておくけど、これはお世辞抜きよ?」

「ありがとう。でも真の天才だと思う人を、目の当たりにしてしまうとね。私は凡人の、社交界の覇者を目指すわ」

「何それ? そっちの方が怖くて凄そうよ」

 そこで二人は、顔を見合わせて楽しげに笑い合った。


「あ、そうだわ。天才と言えば、最近エセリア様が財産信託制度を発案されて、総主教会内での議論が始まったの。身寄りが皆無の人が亡くなった後、遠縁の親族間が遺産で争ったりするのを防いだり、遺族が親族に財産を取り上げられないように、国教会が管理する制度だけど」

 それを聞いたサビーネが、目を丸くする。

「何それ? 初耳よ。そんな事ができるの?」

「エセリア様が提示された、細かい運用条件などについて検討する部署が、総主教会内で立ち上がったの。来年か再来年までには、運用開始になるんじゃないかしら。エセリア様は固定概念に囚われない発想ができる真の天才で、常に弱者救済を心がける聖人だと思うわ」

「本当に凄いわね……。そしてシレイアの、エセリア様崇拝心も一層増強されたみたい」

「当然よ」

 誇らしげに笑ったシレイアを見て、サビーネは笑いを誘われた。そこで、以前にしたことがある提案を、再び口にしてみる。


「ねえ、シレイア。もし希望するなら、私からエセリア様にあなたを紹介するけど? 以前は『恐れ多い』と固辞されてしまったけど、今でもそういう気にならない?」

 それを聞いたシレイアは、若干困ったような笑顔で小さく首を振った。


「気持ちはありがたいけど、やっぱり良いわ。平民の私が貴族であるあなたの伝手で紹介されるより、選抜試験を経てクレランス学園の生徒になってから、堂々とあなたの対等の友人として紹介されたいの。中途半端なつまらないプライドで、折角の好意を無にしてごめんなさい」

 軽く頭を下げたシレイアを、サビーネは苦笑いで宥める。


「つまらなくなんかないわよ。あなたの気持ちは良く分かったわ。同じクレランス学園の生徒になって、エセリア様にあなたを紹介する日を楽しみにしてる。ラミアさんも、似たような事を言っていたし」

「ラミアさんが、何を言っていたの?」

「実はラミアさんは、エセリア様に紫蘭会や紫の間のことを未だに伝えていないの」

 そんな衝撃の事実に、今度はシレイアが驚愕の顔つきになった。


「えぇえ!? だって紫蘭会や紫の間ができてから、もう一年以上経っているのにどうして!? 第一、コーネリア様は紫蘭会の会長でこちらに頻繁に出向いておられる筈だし、ワーレス商会はシェーグレン公爵家出入りの商人で、エセリア様発案の商品も数多く販売しているくらい、交流が頻繁じゃないの!?」

「コーネリア様を筆頭に、エセリア様と接する可能性のある家族や従業員全員に箝口令を敷いているのよ。私も、エセリア様とお会いした時にうっかり口外しないよう、口止めされているの」

「それは分かったけど、一体どうして!?」

「シレイアと似たような理由よ。『エセリア様の崇高なお志には及ばないまでも、それを無駄にしないよう常に努力していきたい』と決意したそうなの。貸金業務を提案するために危険な男恋本を創作したエセリア様に報いる為、公に宣伝できないながらも紫蘭会と紫の間を守り、育てていくつもりだと言っていたわ。だから紫蘭会の会員数が千人を超えたら、堂々とエセリア様にそれまでの成果を誇って報告して、驚かせるそうよ」

 その告白を聞いて、シレイアは呆気に取られた。


「千人……、今、私が驚いたわ……」

「私もそれを聞いた時は、一瞬本気を疑ったわよ。でもラミアさんは本気だし、絶対にやり遂げると思わない?」

 同意を求められたシレイアは、サビーネに負けず劣らずの笑顔で頷く。

「思えてしまうところが怖いわ。でもそういう事なら、余計な事を言うのは野暮ってものよね」

「そういうこと。あと何年かを楽しみに待ちましょう」

 顔を見合わせて二人は笑い合い、それからは中断していた幾つかの新作についての話題に花を咲かせた。

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