(13)騒動の余波

 建国記念式典と祝宴はそれなりに遅い時刻まで開催されていたことで、翌日のカテリーナの勤務は昼過ぎからの半日勤務だった。

「お疲れさまです」

「あ! カテリーナが来たわよ!?」

 予定通りカテリーナがその日の勤務場所に出向くと、その場所で既に勤務していた同僚達が目の色を変えて駆け寄り、彼女を取り囲む。


「カテリーナ! あなたは昨夜、建国記念式典の警備だったでしょう?」

「しかも大広間での、王妃様の至近距離での警備担当! そうなると当然、昨夜の騒動の一部始終を間近で見ていたのよね!?」

「もう今朝から、王太子殿下の婚約破棄騒動の話が、王宮中を駆け巡っているのよ!」

「お願い! 昨夜大広間で何があったのか、正確なところを教えて頂戴!!」

「……分かりました。王太子殿下が何をどう考えておられたのかは不明ですが、第三者視点での客観的な事実をお知らせします」

「ありがとう、カテリーナ!」

 好奇心に満ち溢れた目をした複数人に迫られたカテリーナに、昨夜の騒動について話さずに済ませる選択肢など、全く存在しなかった。それで勤務時間内なのは重々理解していたが、色々諦めて同僚達の要求通り、前日の騒動について詳細を語って聞かせた。


(ここに来るまで、王宮全体がどことなく落ち着かない雰囲気だったし、官吏達が血相を変えて走り回っていたから、絶対に周りの人達に聞かれるだろうとは思っていたけど……。本当に酷い騒ぎだわ)

 その日の勤務を終えてからも、すれ違う知人に何回も詳細を尋ねられたカテリーナは、心身ともに疲弊しながら寮に向かった。



「あら、カテリーナ。中途半端な時間だけど、今から夕食なの?」

 カテリーナが寮の出入り口に差し掛かると、中から出てきたティナレアと遭遇した。そこで不思議そうに問われて苦笑気味に返す。


「ええ。今日は昼からの勤務だったから、朝から勤務している人に定時で上がって貰って、私は少し残っていたの。王族の方々や他国からの賓客の予定が、急遽変更されたところが多くて、上層部は調整で大変みたいね」

「それで遅番並みの上がり時刻になったのね、ご苦労様。ところで……、あなたダマール以外に、以前から婚約していた人がいたのね。全然知らなかったわ。水くさいにも程があるわよ。どうやら親友同士だと思っていたのは、私だけだったみたいね」

 周囲に人目がないのを素早く確認してからティナレアが声を潜め、若干拗ね気味に告げてきた内容に、カテリーナは本気で驚愕した。


「えぇ!? ティナレア! あなた、それを誰から聞いたの!?」

「ジャスティン隊長よ。あなたとダマールとの婚約を何とかしてくれと抗議に行ったら、その場で秘密厳守を条件に打ち明けられたの」

「ジャスティン兄様……。本人に断りもなく、何を言ってるのよ……」

 真顔のティナレアから説明され、どうしてこの状況下でそれを暴露してしまうのかと、カテリーナは肩を落として呻いた。そんな彼女の様子を窺いながら、ティナレアが慎重に確認を入れてくる。


「因みに、ジャスティン隊長から相手の名前を教えて貰っていないけど、その人があなたの婚約を解消に持ち込むために、色々と水面下で動いている最中だと聞いたわ。その事はカテリーナも知っているの?」

(ジャスティン兄様ったら……。確かにティナレアは親しい友人だけど、そんな事まで話すなんて。事態が益々面倒になるじゃない)

 ティナレアの問いかけに、カテリーナ心の中で兄に対しての恨み言を漏らしながら、弁解がましく言葉を返した。


「実は……、彼が裏工作をしているらしいのは聞いているけど、詳しいところは未だに知らされていないのよ。だから聞かれても困るのだけど……」

「そうなの!? それなら良かったわ!」

「あの……、ティナレア? どうしてそれが良かったの? あなたが満足できる話ができないのに……」

 てっきり不満たらたらでしつこく追及されるかと思いきや、予想とは真逆のティナレアの反応に、カテリーナは心底不思議に思いながら問い返した。するとティナレアは満面の笑みのまま、勢い良く右手を振る。


「何でもないから気にしないで頂戴! カテリーナの話は聞いたけど、絶対に他の人には話さないから安心してね! それだけ言いたかったから! それじゃあ私、今から夜勤だから、またね!」

「え? あ、ティナレア! ちょっと待って! 一体、どういう事よ!?」

 言うだけ言って勢い良く駆け出したティナレアを、カテリーナは引き留める間もなく呆然と見送ったが、通路の角を曲がってその姿が見えなくなってから、無意識に呟く。


「今のは何だったのかしら……。確かにティナレアは、不用意に他人に漏らしたりはしないと思うけど、なんとなく不安を感じる……」

 思わず渋面になってカテリーナが考え込み始めた頃、ティナレアはすこぶる上機嫌で独り言を呟いていた。


「カテリーナが詳細を知らないなら、本当に好都合よね。これまで秘密にされていた分、婚約が首尾良く解消できたら、私がそれに関わっていたと知らせて、盛大に驚かせてあげるんだから。それを知った時の、カテリーナの顔を見るのが楽しみだわ」

 そんな密かな企みを胸に秘めつつ、ティナレアは小さく笑いながら今日これからの勤務場所に向かって行った。



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