(18)感動との落差

 水面下で色々な不平不満が発生しつつも、傍目には問題なく音楽祭当日を迎えた。

 グラディクトとアリステアは意気揚々と会場である講堂に現れ、舞台斜め下に設置された長机に並んで座る。音楽主幹教授のソレイユ教授は同じ机に座っていたが、その顔は開催前にも係わらず既に強張っていた。その情景を、まだ着席している生徒がまばらな観覧席から眺めたシレイアとローダスは、とばっちりを受けた教授達に心底同情した。


「教授達に準備を丸投げしたくせに、あの二人は相変わらず偉そうにふんぞり返っているな」

「本当に呆れるわよね。教授達が気の毒過ぎるわ」

 そこでローダスが、思い出したように尋ねてくる。


「ところで、肝心のエセリア様とマリーリカ様の発表だが、シレイアはどんなものか知っているのか?」

 その問いかけに、シレイアはいかにも残念そうに首を振った。


「いいえ、全く。お二人とも学内では練習をしないで、長期休暇中にお屋敷で集中して練習されていたから。休暇明けは休みごとにお屋敷に戻って、そこで仕上げたと聞いているし。気になって尋ねてみたことはあるけど『当日のお楽しみに取っておいて』と笑って言われてしまったら、それ以上聞けないもの」

「そうか……。以前助言を求められたから、あの時の提案がどのような形になったのか、今更ながら不安になってきてしまって……」

 そう言って少々情けない顔になったローダスに、シレイアは苦笑しながら言い聞かせる。


「本当に今更よね。エセリア様とマリーリカ様を信用しなさいよ。あの二人が、私達の期待を裏切ると思うの?」

「それは無いか。そうだな。それじゃあ今日、この場で何か問題が生じたら、打ち合わせ通り臨機応変にいくぞ」

「望むところよ」

 しっかり気持ちを切り替えてきたローダスにシレイアは不敵に微笑み、そうこうしているうちに音楽祭は幕を開けた。




「皆、私は本音楽祭、実行委員会名誉会長のグラディクトだ。これよりクレランス学園、第一回音楽祭を開催する。それでは実行委員長から、開会の挨拶を行う。アリステア」

「はい!」

 一応、実行委員長名誉会長の肩書のグラディクトが挨拶するのは分かるとして、彼に続いてのアリステアの挨拶には、眉を顰める者が多かった。


「音楽祭実行委員会委員長のアリステア・ヴァン・ミンティアです。皆さん! 学園生活は勉学だけではありません。この機会にもっと沢山、音楽に親しんで下さいね! 今回、このような有意義な催し物を企画できて、光栄の至りです。皆、一緒に、今日のひと時を楽しく過ごしましょう!」

「あの方はどなた?」

「何を偉そうに……」

 生徒達がそんな事を囁き合い、ざわめいている中、最前列の辺りから拍手が起こり、それがさざ波のように講堂内に広がっていく。それはこれ以上講堂内の空気が険悪にならないようエセリアが率先して拍手し、周囲がそれに合わせた結果だったのだが、それを察したシレイアとローダスも周囲に先駆けて拍手をした。


「エセリア様は、本当に苦労が多いな」

「全くだわ。どこかの誰かさん達のせいでね」

 シレイア達が小声で意見を述べていると、グラディクトが手振りで拍手を止めさせた。再び講堂が静まり返ると、進行役のソレイユ教授が立ち上がり、講堂内に向かって声を張り上げる。


「それでは発表に移ります。まず一人目は、キリエ・ラグレーヌさん。フルートの演奏で、曲目は『憧憬』です」

 それと同時に一人目の発表者が立ち上がり、先程の階段を上って舞台に立つ。生徒達からの拍手が沸き起こる中、彼女は一礼して持っていたフルートを口に当て、演奏を始めた。

 演奏が終わると拍手が起こり、演者が一礼して舞台から降りる。そしてソレイユ教授の司会進行によって、それからも滞りなく発表が進んでいった。


「ふぁ……、さすがに飽きてきたな……。もし寝てしまったら、起こしてくれ」

「ちょっとローダス、あなた本気? もうじきエセリア様とマリーリカ様の発表なのに」

「あ、そうなのか? いや、しかし元々演奏とかには、大して興味は無いしな。音楽の授業はきちんと点数を取るようにしているが、あれは音楽理論とか音楽史だから。退屈で仕方ない」

「もう! もうちょっと真面目に聴きなさいよ! 発表者の方達に失礼じゃない!」

 あくびまじりにローダスが告げてきた内容に、シレイアは渋面になりながら言葉を返した。しかし講堂内の様子を見回すと、このような大勢での音楽鑑賞という形式は従来になかったものであり、大半の生徒が飽きていたり困惑しているさまが手に取るように分かる。この音楽祭が大成功を収めるのは無理があるが、盛り上がらなさすぎるのも困りもので、どうしたものかとシレイアは溜め息を吐いた。するとソレイユ教授が、次の発表者を紹介する。


「それでは次の発表者に移ります。独唱者マリーリカ・ヴァン・ローガルド、ピアノ伴奏エセリア・ヴァン・シェーグレンによる、《光よ、我と共に在れ》です」

 それを聞いたシレイアは、軽くローダスの腕を叩きながら注意を促した。


「あ、ローダス! 次がエセリア様とマリーリカ様の発表よ。寝ぼけていたら許さないから!」

「そうだな。気合を入れて聴くよ」

「それにしても《光よ、我と共に在れ》って言ったわよね? それってやっぱり、讃美歌のあれの事よね? 選曲としては地味ではない? 本格的に眠りに入ってしまう生徒が出てきそうで、心配になってきたわ」

 場が全く盛り上がらなかったらどうしようと、シレイアは無意識に難しい顔になった。するとローダスが、余裕の笑みを浮かべなが保証する。


「それは大丈夫だ。あれを聞いて眠れる人間は、相当感性がおかしい」

「ローダス、何か知ってるの?」

「あるメロディーに合わせられる歌詞の讃美歌を知らないかと尋ねられて、可能性のある讃美歌を幾つか提案しただけだ。それが、どう歌われるかまでは知らない。エセリア様とマリーリカ様の、お手並み拝見ってところだな」

「その言い方だと、期待して良さそうね」

「ああ、心配無用だ」

 そのローダスの宣言通り、聴き慣れない速さと旋律のメロディーを力強く奏でるエセリアのピアノ演奏に乗せて、完全に腹式呼吸と発声法をマスターしたマリーリカによる抑揚の利いた声で歌い上げられる《光よ、我と共にあれ~ラデツキー行進曲バージョン》は、講堂内の全ての者の度肝を抜いた。


「凄い! やっぱりエセリア様は他に比類なき天才だわ!」

「あの方の才能を、再認識させられたな。マリーリカ様の歌声も素晴らしい」

「本当にそうね。この音楽祭の主役は、あのお二人で間違いないわ!」

「あのお二人を引き立て役にするつもりが、完全にアリステアの方が見劣りするな」

「当然よ。自業自得よね」

 二人は周囲の者達と同様、興奮と感動に震えながら、顔色を変えているグラディクト達を見やって辛辣な意見を交わし合った。



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