(12)打ち合わせ

 慌ただしく過ごすうちに剣術大会の開催が近付き、接待係の打ち合わせ当日となった。

 放課後にグラディクトとアリステアが、伝えられた時刻に会場となっている教室に出向くと、ドアを開けた瞬間に楽しげな声がピタッと静まり、レオノーラが壁際に一つ置かれた椅子を手で指し示しながら、笑顔で声をかけてくる。


「お二人とも、いらっしゃいませ。殿下はそちらにお座り下さい」

「……ああ」

 急に静まり返った室内を軽く見回しながら、グラディクトが面白くなさそうに、しかし特に文句を口にせずに移動すると、レオノーラは円形に置かれた机のただ一つ空いている席に着くように、アリステアに促す。


「アリステアさんは、そちらにどうぞ。それからこちらは、人気投票の開票に携わる方々のリストです。お持ちになって下さい」

「……どうも」

 差し出されたリストを受け取ったアリステアが、素直に空いている席に座ると、レオノーラが参加者を見回しながら呼びかけた。


「それでは接待担当者が全員揃いましたので、事前打ち合わせを始めましょう。皆様、宜しいですか?」

「はい」

「宜しくお願いします」

(さあ、頑張って皆に私の存在をアピールしないとね! 取り敢えず最初は、おとなしく他の人の話や説明を聞いて、何か気の利いた事を言わなくちゃ!)

 やる気満々で姿勢を正したアリステアだったが、開口一番レオノーラが語った内容を耳にして、すぐに当惑する事となった。


「皆様、シボレー侯爵領で、先々月に新しい鉱山が開発されたのはご存知でしたか?」

(え? どうして鉱山の話が出てくるの? 剣術大会には全然関係ないじゃない!)

 そう思ったのはアリステアだけで、他の参加者はいたって普通の口調で応じる。


「ええ、存じておりますわ。何年か前には大規模な落盤事故が発生して、侯爵が開発を断念されかけましたが、同様の鉱山をお持ちのクレド伯爵が出資を申し出て、漸く日の目をみたのですよね?」

「まあ、シボレー侯爵家とクレド伯爵家の間で縁談が整ったのは、以前からそんな繋がりがあったからですのね」

「それにクレド伯爵の叔母上が、デューラー伯爵家に嫁いでいらっしゃいますでしょう? それで早速、隣国への輸出準備を整えているらしいですわ」

「デューラー伯爵家は、我が国との国境沿いに領地を持つシオゴーク国の伯爵家から、先代夫人を貰っていますから、そちらとの交易で利益を叩き出しておられますものね。ただ……、デューラー伯爵家で半年ほど前に双子が産まれて、色々揉めているそうですわ」

「先代夫人がシオゴーク国出身なら、確か揉めそうですわね。シオゴーク国と言えば、そちらの大使が、先日カレントール侯爵邸の夜会で失態をなされた事はご存知かしら?」

「ええ、存じていますわ。かなり噂になりましたもの。巻き込まれたトリエンタ伯爵夫人は災難でしたわね」

「本当に、ドレスは台無しになりましたが、怪我が無くて何よりでしたわ。それで夜会の翌日、大使館から、大量のシオゴーク産の生地が届いたとか」

「偶々伯母がトリエンタ伯爵邸を訪問している時に、それが運び込まれたそうで、その量と品質に本当に驚いたそうですわ」

「…………」

 明らかに剣術大会とは関係が無いと思われる上、くるくると変わる話題に全く付いていけず、アリステアは半ば呆然としながら、彼女達の話を聞き流していた。しかし一向に止む気配の無い話に、段々怒りが湧き上がってくる。


(何なの、この人達。真面目に打ち合わせをするのかと思ったのに、さっきから無駄な世間話ばかりダラダラと。次々他の話に移って、全然終わる気配が無いし。一体、どういう事? 以前の顔合わせの時と同様に、私に喋らせない嫌がらせなの?)

 そう考えたのはアリステアだけでは無かったらしく、暫くしてグラディクトが険しい表情で立ち上がり、レオノーラを叱りつけた。


「おい、レオノーラ! 貴様、先程から何をしている!」

「……何の事でしょうか、殿下」

 瞬時に室内が静まり返る中、無表情で振り返った彼女に、グラディクトが厳命する。


「これは、接待係の打ち合わせの場ではないのか? それなのに、先程から何を無駄話ばかりしている! さっさと話を進めろ!」

(本当にそうよね! グラディクト様に言われるまで時間を無駄にするなんて、何て使えない人達なの? これだから暇を持て余しているお嬢様は、タチが悪いわね!)

 彼の主張を聞いたアリステアは心の中で快哉を叫んだが、レオノーラは全く恐れ入ったりはせず、薄く笑っただけだった。


「無駄話ですか? 殿下は先程からの私達の会話が、全てそうだと仰いますの?」

「当たり前だ。それ以外の何だと言うんだ」

「それはそれは……。ですが、よくよく考えてみれば、殿下がそうお考えになるのも、尤もですわね。殿下自ら、他人をおもてなしする必要などございませんし、なさろうとする気もございませんでしょうから」

 微妙に馬鹿にするような口調でのそれを聞いたグラディクトは、忽ち激高した。

「何だと? 貴様、私を愚弄する気か!?」

 しかしその非難にも、レオノーラは余裕の笑みで応じる。


「まあ……、愚弄するなど、とんでもございません。それでは後学の為に、おもてなしの何たるかを殿下にもご理解頂けるように、簡単にご説明して差し上げますわ」

「ふざけるな! 貴様のような人を見下す無礼な奴と、これ以上話をする気は無い! アリステア、こんな所には居るだけ無駄だ! 出るぞ!」

「はい!」

 グラディクトの声に勢い良く返事をして立ち上がったアリステアは、そこでぐるりと接待係の女生徒達を見回しながら、抑えた口調で告げた。


「皆さん、時間は限られているんですよ? 私につまらない嫌がらせをしている暇があるなら、もっと有意義に時間を使うべきだと思います。今回の事は私は気にしていませんので、謝って頂かなくても結構ですが、自分の行為が正しい物なのかどうかを振り返って、反省してみて下さい。それでは失礼します」

「…………」

 自分の台詞に無言と冷ややかな視線が返ってきたが、アリステアは気落ちする事無く、寧ろ意気揚々とグラディクトの後に付いて歩き出した。


(確か本の中でも、ヒロインが感情的に相手を非難するんじゃなくて、こんな風に切々と正論を訴えて、嫌々ながらボス役の人に従っている生徒達の胸を打つ場面があったものね! これであの中の何人かは、確実に私の味方になってくれた筈だわ!)

 アリステアは能天気にそんな事を考えていたが、当然レオノーラ達は彼女の話を歯牙にもかけていなかった。


「確かに、どこぞの物の知らない方々のせいで、時間を浪費してしまいましたね」

「構わずに話を続けましょう。どこまで話しましたかしら?」

「ミコノス公爵家の家宝が、誤って破損した話だったかと」

「そうでしたわ」

 二人がいなくなった直後、彼女達は何事も無かったかのように会話を再開した。その一方でグラディクトは、憤懣やるかたない表情で廊下を歩きながら、彼女達に対する悪態を吐いていた。


「全く、揃いも揃ってろくでもない奴らだ! やはりレオノーラは、エセリアの言いなりになっているらしいな。公爵家の人間のくせに、王太子に対して敬意の欠片も払わないとは!」

「本当に失礼ですよね! でも当日は広い会場で、皆の目もありますから、ああいうくだらない嫌がらせとかはしないと思います。それにグラディクト様に一喝されて、目を覚ました人だっていますよ!」

 アリステアが彼に賛同しながら宥めるように言葉を返すと、グラディクトは口調に懸念を滲ませながら、彼女に言い聞かせる。


「それはそうだが……、当日は十分注意してくれ。私も一応、観覧席から監視しているが」

「そんなに心配しなくても、大丈夫ですから」

「アリステアは本当に、人が良過ぎるのが欠点だな」

 笑って宥めるアリステアにグラディクトは苦笑し、幾らか気分を直しながら不愉快な場所から離れて行った。

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