(13)貴族としての嗜み
剣術大会の開催を、翌週に控えたある日。エセリアは《チーム・エセリア》の面々を集めて、この間の報告を受けていたが、真っ先に接待係の打ち合わせに関する話を聞かされて、はっきりと分かる位に顔を青ざめさせた。
「まさか本当にそのまま、アリステア嬢と殿下は、接待係の打ち合わせの場から退席したの?」
そう問い返されたローダスは、素直に頷く。
「昨日お二人から聞いた話では、そうでした。アリステア嬢曰わく『どうでも良い世間話ばかり、延々と話しているんだもの。暇人に付き合う程、暇じゃないわ』とか言っていましたが」
「殿下も『あれでレオノーラがエセリアの手先で、アリステアに嫌がらせをする指示を受けているのが、はっきり分かったな』と断言していました」
ローダスと共に二人から話を聞いていたシレイアも大真面目に付け加えると、エセリアが無言で額を押さえた。
「…………」
「信じられない……」
「最悪だわ……」
同じく貴族であるサビーネとカレナまで、半ば呆然としながら呻いた為、他の三人が怪訝な顔になる。
「あの……、確かに途中退席した二人の行為は、褒められたものではないと思いますが、どうしてそんなに問題なのですか?」
ミランが不思議そうに尋ねると、エセリアは何とか気を取り直し、顔を上げて説明を始めた。
「接待係の皆様は、その時無駄話などは一切せず、寧ろ真剣に効率良く打ち合わせをしていた筈だからよ」
「どういう事ですか?」
「つまり、分かり易く言うと……。複数人が集まっている場で、話題を出さなければいけない時、その中のお一人に子供が産まれた事を知っていたら、そのお祝いを口にしたりするわよね?」
「ええ、そうですね」
「だけど、同じく周囲の方達の中に、最近子供を亡くされた方がいたりしたら、子供の話題を聞いたその方は、どんな気持ちになるかしら?」
「それは……」
さすがにミランが口ごもると、エセリアは苦笑しながら宥めた。
「今のはあくまでも、極端な事例なのだけど。本来、催し物の主催者たる者は、招待客に関してのあらゆる最新情報を、頭の中に叩き込んでおくのが常識なの。全員が、ここに来て良かったと思って頂けるように、最大限に心を砕く。これは基本中の基本だもの」
この心構えをエセリアが口にすると、サビーネとカレナが無言で頷いてから語り出した。
「私達のような下級貴族同士で招待し合うなら、そこら辺は結構緩いと思いますが、接待係の担当者は殆どが公爵家や侯爵家の方々ばかりですもの。尚更、その辺りの教育は厳しいでしょうね」
「開始前に開票係のリストが配られたと言う話でしたし、そのリストに載せられた家に関わる話題が次々に出て、皆さんで情報共有をされていた筈ですわ」
「あの……、それは誰かが書き取って、全員に配ると言う事は……」
控え目にローダスが口を挟んだが、エセリアが事も無げに反論した。
「誰が書き取るの? 口述筆記は大変ですもの。それに自分がそれまで見聞きした情報は要らないから、各自で無駄になる情報もあるでしょう?」
それにサビーネも同意しながら、付け加える。
「初めて聞く内容だけ頭の中に叩き込んで、心配ならその日のうちに列記しておいて、復習すれば良いもの。それにリストの名前だけ凝視していても、意外に話題が浮かんでこないものよ? 話しているうちに自然に連想して、『そういえば』と次々浮かんでくるものだし」
「そういうものですか……」
「そういうものよ。だから話題を振るにしても担当者の顔と名前が一致しないと困るから、わざわざ自分から相手の名前を尋ねる様な失礼な真似をしないように、接待係の皆さんは学年が違う開票係の方の顔を覚えるべく、他の学年の教室に時々顔を出しては、確認しているでしょう?」
エセリアのその指摘に、ミランは真剣な顔で考え込んだ。
「そう言えば……、そうかもしれません。明らかに貴族科と分かる方を、最近妙に教養科のクラスの辺りで見かけるとは、思っていましたが……。そういう理由でしたか」
しかしここでカレナが、恐縮気味に申し出る。
「ですが……、あのアリステア嬢は、この間そんな事をしている気配が全く無いのですけど……」
「え?」
「本当に?」
「はい。休み時間は殆ど、補習の宿題で潰れているみたいですし、放課後は補習に出るか、統計学資料室に直行している筈ですよ?」
エセリアとサビーネは驚いて目を丸くしたが、彼女と同じクラスのカレナの主張に間違いがある筈は無く、諦め切った顔を見合わせた。
「サビーネ、これはもう駄目だわ……。接待係の何たるかを、全然理解していないなんて……」
「今年で三回目ですのに……。周りが慣れている方ばかりで、余計に悪目立ちする事確実ですね」
「申し訳ありません、エセリア様。それほど重要な事だとは思わず、簡単に『話を良く聞いておいた方が良い』とだけ伝えてしまったので……」
項垂れた二人を見たシレイアが、申し訳無さそうに頭を下げてきた為、エセリアは慌てて彼女を宥めた。
「シレイアのせいでは無いから、気にしないで頂戴。普通ならそれで十分気が付くと思ったから、私がそう指示したのだし」
「そうよ、あなたには全く落ち度は無いわ。リストを見ながらきちんと話に出て来た名前を聞いていれば、その関係性に気付いた筈ですもの」
「ええ、これからは十分注意します」
サビーネも口添えし、シレイアも幾らか表情を緩めたところで、すぐに気持ちを切り替えたエセリアが、今後の事について言及した。
「それにしても……、当日彼女が、何か騒ぎを起こす気がして仕方がないわ。もうこうなったら、何かあったら力業でいきましょう。ミラン。剣術大会開催まで一週間切っているけど、大至急揃えて貰いたい物があるの」
「接待係が実働する人気投票開票日は、予選二日目が終了した翌日ですから、一週間はありますよ。それまでにワーレス商会の名にかけて、何とでもしましょう。それで、今回は何をご所望ですか?」
自信満々に請け負ったミランにエセリアは、周りの者達にしてみればかなり無茶な事を頼んだが、ミランはそれを断る事無く、実家に連絡を付ける為に即座にその場から駆け去って行った。
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