(23)兄の気遣い

 週末の休みに、マグダレーナは屋敷に戻った。すると予め戻る時刻を伝えていたため、正面玄関で待ち構えていた妹達の熱烈な歓迎を受ける。


「お帰りなさい、お姉様!」

「マグダレーナ姉様、お待ちしていました」

 喜色満面で抱きついてきた妹達に、マグダレーナは苦笑しながら声をかける。


「ミレディア、エルシラ、ただいま。この前戻った時にも思ったけど、少し大げさよ。お兄様が寮に入っていた頃は、こんな風に屋敷に戻った時に大騒ぎしなかったのに」

「それは、その……。確かに、お兄様が嫌いというわけではありませんけど……」

「お兄様とマグダレーナ姉様は、違いますもの……」

 ミレディアとエルシラは思わず身体を離し、少し離れた所に立っている兄を横目で見ながら弁解してくる。そんな妹達の様子を見たリロイは、笑顔で彼女達を宥めた。


「ミレディア、エルシラ、気にしなくて良い。二人の面倒を見ていたのは圧倒的にマグダレーナの方が多いし、長く離れるのは入寮したのが初めてだからね。帰宅を待ちわびるのは当然だ」

 そこでリロイは、もう一人の妹に声をかけた。


「お帰り、マグダレーナ。日中はミレディアとエルシラに譲るが、夜に少し時間を取って貰えないか? 色々と積もる話もあるし」

「分かりました。それでは後ほど」

「ああ、宜しく頼むよ」

 そこでリロイはあっさりと自室に引き上げ、マグダレーナはこれまでの休日と同様に、かなりの時間を妹達と共に過ごした。



 ※※※



 夕食も済ませて落ち着いた頃合いを見計らい、マグダレーナは兄の自室に足を向けた。そしてノックをしてから、室内に声をかける。


「お兄様、お邪魔してもよろしいですか?」

「ああ、入ってくれ」

 了承を得て室内に入ると、リロイは椅子から立ち上がりながら机上の書類を手早く纏めているのが目に入った。振り返った兄が進めるままソファーに座り、兄妹で向かい合って座る。そして、まずマグダレーナが話の口火を切った。


「遅くなって申し訳ありません」

「いや、ちょうど一区切りついたところだ」

「お父様から引継ぎを?」

「何の事かな?」

「お父様とお母様が両派閥の弱体化を目論んで水面下で動いていらっしゃる分、対外的には相変わらず腑抜けを演じているお兄様が領内の差配を進めていると思っておりましたが」

 サクッと切り込んでみたマグダレーナだったが、それにリロイは薄笑いで応じた。


「それを見込んで、騒ぎの拡大を目論んでいるのかい?」

「違いますか?」

「違わない。父上と母上はお前に余計な負担をかけるつもりは無いと、特に言及していなかったのにな。まあ、私は言わなくとも、お前だったら察するだろうとは思っていたが」

 淡々と肯定したリロイに、マグダレーナも素っ気なく応じる。


「恐らく他の方々も、水面下で両派の切り崩しに動いていらっしゃるのでしょうね。本格的に王位継承の時期が近いと見込んで、その時の混乱を最小限に抑えるために」

「そうだな」

 そこでマグダレーナは、兄の顔を見据えながら話を進めた。


「これは聞かずにおこうと思っていた事ですが……、万が一、私がエルネスト殿下を後継者に指名した場合、私が殿下と結婚してキャレイド公爵家が殿下の後見をするという話。あれは本当ではありませんわね?」

 その問いかけに、リロイはおかしそうに笑みを深めながら問い返してくる。


「どうしてそう思う?」

「『結婚したくないなら、エルネスト殿下を推さなくて良い』などと言われて、はい、そうですかと納得する方がおかしいでしょう。私の覚悟と矜持を見定めるのに、そんな嘘を織り込まないでいただきたいですわ。君主の後継者選定に好悪の感情を持ち込むなど、言語道断です。見損なわないでください」

 彼女が憤然と言い切ると、リロイは心底残念そうな顔つきになる。


「『エルネスト殿下が相応しいと思いますが、結婚はしたくありません。どうにかしてください、お兄様』と泣きついてくる妹だったら、可愛いだけだったんだけどなぁ……」

「実の妹に対して、願望を押し付けないでいただけますか?」

「ああ。嫌な素振り見せず、あの話を丸ごと受け入れた時点で、遅かれ早かれ察するのは分かっていたよ。あの婚約話はあくまで大叔父上側からの提案であって、父上と私は了承していない。あくまでもマグダレーナの意思を尊重する。だが、今これを聞いても、お前は『それがどうした』と言うだけの話だろうね」

「お望みならば言って差し上げますが?」

「いや、止めておこう」

 そこでリロイは、口調と顔つきを改めて尋ねてきた。


「本題に入ろうか。学園内の空気は?」

「大して変化はありません。相変わらずユージン王子派とゼクター王子派がいがみ合っています。ですがどちらにも深く関わり合いたくないと感じる生徒が、増えているようにも感じます」

「お前が先頭を切って、両派の誘いを払い除けているからな。両派に無理に付き合わされている者達から、羨望の眼差しを受けているそうじゃないか」

「高みの見物をしている分には、面白いでしょうね」

 半ばうんざりしながらマグダレーナが応じた。するとここでリロイが、常には見せない沈鬱な表情で言い出す。


「一応、妹の心配はしているよ。本当だったら在学中は、もう少し制限のかからない人付き合いができていた筈だからね。私が好き勝手していた分、心苦しいと思っている」

「お兄様……」

 その言葉に偽りはないのが察せられたマグダレーナは、兄の気遣いをありがたく思った。そして笑顔で言葉を返す。


「お気遣いなく。お兄様のような自由奔放なお付き合いをするつもりは、毛頭ありませんでしたから。それに逆に言えば、こういう環境で交友関係を構築できた方との繋がりは、本物なのではありませんか? 上辺だけの付き合いなど幾らでもできます。この際、一人一人の人間性を見極めていくつもりです」

「そうか……。分かった。だがお前の婚約話は大叔父上達が何を言ってきても、いつでも白紙にできるのは本当だ。父上と私に任せてくれ」

「そうですよね。そうしたら私に婿を取らせて、お兄様は心置きなくネシーナ様と駆け落ちできますものね」

「あ、本当にして良いのか?」

「駄目に決まっているでしょう。調子に乗らないでください」

 そこで兄妹揃って盛大に笑い出してから、この間の情勢報告などをしてマグダレーナは自室へと引き上げていった。


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