(24)単なる好奇心?
入学してひと月以上経過しても、エルネストが放課後に単身学園内を彷徨っているのは変わらなかった。連日へばりついているわけではなかったが、その日もマグダレーナは彼に気付かれないように少し距離を取って後をつけていた。
(相変わらず、放課後は一人で学園内を歩き回っているのよね。でも行く先々で、誰かに絡んでいるのは確実なのだけど、一体何がしたいのやら)
最初は挨拶程度だったのに、最近は何やら結構な時間を取って会話をしている様子に、彼女は内心で不審に思っていた。すると滅多に生徒が通らない事務棟の廊下を歩いていたエルネストが、ピタリと足を止める。
(あら? どうしてこんな所で立ち止まって……)
そう思った瞬間、くるりと向き直ってそのまま自分に向かって歩いて来た彼を見て、マグダレーナは瞬時に腹を括った。
(やっぱり分かっていたようね。こちらは本職の密偵でもないし、いつかはこうなるとは思っていたけど)
そこで彼女は至近距離までやって来たエルネストに、全く悪びれない笑顔を向けた。
「まあ、エルネスト殿下。奇遇ですわね。放課後にこんな所でお会いするだなんて」
その白々しい挨拶に、エルネストは負けじと笑顔で言葉を返す。
「そうだね。君の行動は色々と予想外過ぎて、入学してから毎日楽しく観察させて貰っているよ」
「殿下の有意義な学園生活の一助となることができて、光栄です」
「それで? どうして私の後をつけているのかな?」
にこやかにエルネストが尋ねてきたが、それにマグダレーナは堂々と反論する。
「何か誤解があるのではありませんか? 私が殿下と偶々同じ時間に、偶々同じ方向に用があって、偶々遭遇したと言うだけの話ではありませんか?」
「それを臆面もなく言い切る辺り、本当に只者ではないよね」
(確かに自分でも、白々し過ぎるとは思うけれど)
如何にも感心した風情で言われてしまい、マグダレーナは憮然となった。しかしそんな事には構わず、エルネストが問いを重ねてくる。
「そらなら、そう言うことにしておこうか。これからは一緒の方向ではないよね?」
「生憎と、一緒だと思われます」
「ぶふっ……」
そこでエルネストは口元を押さえ、笑いを堪えようとした。しかしそれはあえなく失敗し、くぐもった笑い声が漏れる。それを耳にしたマグダレーナは、彼に若干冷たい目を向けた。
「……何がおかしいのでしょうか?」
「うん、まあ、確かに少し面白いかもしれないが、笑うほどではないかな?」
(本格的に苛ついてきたわね)
苦労して笑いの衝動を抑えているらしいエルネストに対し、マグダレーナの中で怒りが込み上げてきた。しかし何とかそれを抑え込み、率直な意見を述べる。
「自分の勢力誇示の為にぞろぞろと取り巻きを引き連れて歩けとは言いませんが、普段はお一人でいらっしゃるのに不特定多数の者と不用意に接触するのはどうかと思われます」
マグダレーナが真顔で告げた内容を聞いたエルネストは、苦笑いの表情になった。
「ふぅん? 親切に、意見してくれているわけだ」
「一応は。この学園内の人間であれば、それなりに身元もしっかりしていますし不審者が侵入する事もないでしょうが、通常であれば殿下が接触する必要のない者と会う必要はないと思われます」
「学園内だから、だよ」
「はい?」
怪訝な顔になったマグダレーナに、エルネストは肩を竦めながら言葉を継いだ。
「王宮内では、限られた職種の限られた人員しか周囲にいないものでね。君達の方が、よほど幅広い職種や人数の者と接しているよ。平民の生徒であれば、もっとその範囲は広がるだろうけど」
「それはそうかもしれませんが……、それが何だと言うのです?」
「だから、色々な人の話を聞いて、色々な仕事の内容を知りたいだけだよ」
「殿下がそれを知ったとして、何の意味があるのですか?」
「役に立たない事は、する必要がないと言いたいのかい?」
「そうは言っておりませんが……」
(どうも調子が狂うわね、この人)
マグダレーナが内心で困惑していると、エルネストが笑みを深めながら告げてくる。
「単なる好奇心だよ」
「え?」
「だから、好き好んで君が付き合う必要はないさ。私は国家転覆を企むような危険人物でもないしね」
「誰も、そんな事は思ってはおりません」
「そうかな?」
(こんな無害そうな人間にいともたやすく転覆させられる国なら、さっさと亡びた方が世の為人の為だと思うわ)
相変わらず人の良い笑みを浮かべているエルネストを見ながら、マグダレーナは内心で毒吐いた。そこで彼は、斜め前方のドアを指さしながら告げる。
「今日はそこの事務係官の詰め所に行く予定なんだ。せっかくだから、君も一緒に行くかい?」
「ご遠慮いたします。私は用がありません」
「そうか。それじゃあ、ここで失礼するよ」
誘いを言下に断り、マグダレーナは踵を返した。エルネストも素っ気なく返し、本来の目的地へと向かう。そして数歩進んで足を止めたマグダレーナの背後で、ドアをノックする音に続いて男達のやり取りが聞こえてくる。
「失礼します。ドルツさん、エーリクさん、お邪魔します」
「あんた、懲りずにまた来たのかよ……」
「おい、せめて殿下と呼べと言ってるだろ!」
そこでドアが閉められ、彼らのやり取りは聞こえなくなった。何を意味のない事をしているのかと思いつつも、マグダレーナは自分のやりたい事をしているらしい彼を、ほんの少しだけ羨ましく感じていた。
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