(22)最大の懸念

 隠し部屋での三人の密会は、曜日を決めて週二日で行われていた。マグダレーナがエルネストに対して憂さを晴らした翌日がその日に該当しており、放課後になると彼女はなるべく人目を避けつつ第二教授棟に向かった。


「マグダレーナ様、入学して一ヶ月足らずでやってくださいましたね」

「もう殆どの生徒間で、話が広まっていると思われます」

「予想以上に、噂の拡散速度が速いですね。今後の参考にします」

 いかにも楽しげなユニシアと、苦笑しながらも微妙に窘める表情のネシーナに隠し部屋で出迎えられたマグダレーナは、神妙に頷きながら椅子に座る。


「それで? 貴族科上級学年と貴族科下級学年での反応はいかがでしたか?」

 その問いかけに、ネシーナとユニシアは一瞬顔を見合わせてから口を開いた。


「皆様、表向きはマグダレーナの言動に対して、否定的ですわね」

「ですが本心から否定的な方の方が少なくて、内心ではマグダレーナ様の行動を肯定的に捉える方もいますし、フレイア様やメルリース様を非難する方もいます。それぞれの立場や考え方によりますわね」

「そうでしょうね。具体的には?」

 予想通りの反応に、マグダレーナがほくそ笑む。彼女の問いかけに、二人は慎重に話を続けた。


「まずはフレイア様に対してですが……、『確かにエルネスト殿下は目立たない方ではあるが、他国の王族を尊重する気持ちはないのか』と、その傲岸不遜さが改めて問題視されています。自分達は平気で貶しておられるのに、他国の王女に自国の王子が下に見られるのが我慢できないとは、矛盾していますわね」

「前々からフレイア様は、上級貴族の子弟でも明らかに自分より下と見下す態度があからさまで、それを咎めもしないユージン王子に対しても陰で不平不満が鬱屈しておりますから」

「彼女に関してはそれだけではありませんが、確かに真っ当な愛国心や王家への忠誠心を持っている家の人間なら、腹に据えかねる言動かもしれませんね」

 さもありなんとマグダレーナは頷き、目線で二人に話の続きを促す。


「メルリース様については……、『目障りな王子を貶めるために、敵対する他国の王女と平気で同調するのか。我が国の上級貴族としての誇りはないのか』と、節操のないその短絡さと軽薄さが眉を顰められているようです」

「ゼクター王子は元から余計な駒は潰しておくに限ると、エルネスト殿下を何かにつけ見下していましたもの。それが婚約者のメルリース様の態度にも直結しているのだろうと専らの評判です」

「有力な後見がなくとも、王妃陛下がご出産されたエルネスト殿下に正当性があると、少なくない数の保守派の貴族が内心で考えているわ。弟君を邪険にして礼遇しているから、自分を積極的に支援して貰えないのがご理解いただけていないようね」

 相変わらずの短絡思考に、マグダレーナは呆れながら溜め息を吐いた。そんな彼女に対して、ネシーナとユニシアが折り畳んだ用紙を差し出す。


「因みに、それぞれの派閥に属している家の生徒のうち、不満を感じていると察する生徒や、否定的な態度を隠していない生徒のリストを作ってみました」

「マグダレーナ様がこれからも色々と騒ぎを起こしていただけると思いますので、注意深く周囲を観察していきます。お任せください」

「ありがとうございます。早速確認させていただきますね」

 受け取った用紙を開き、マグダレーナは内容を確認した。そして考え込みながら再び折り畳み、自分の鞄にしまう。


「学園に在籍しているのは各家の子弟ではあるけれど、その考え方や行動規範は当主の意向が反映されていると言っても良いでしょう」

「それは確かにそうですね」

「私が純粋に命じられているのは三人の王子の後継指名ですが、どなたが立太子される事になっても他の王子が推す派閥が大きくなっていると、その後の国政に色々と支障が出てきかねません。この際、切り崩せるところは切り崩しておこうと思います」

 マグダレーナが淡々と告げると、ネシーナとユニシアは無言で小さく頷いた。その反応に、彼女は首を傾げる。 


「二人とも、何か言う事はないのですか?」

「何か言う事がありますか?」

「そうね……、『それに何の意味があるのですか』とか『どうしてそんな事をする必要があるのか』とか」

 しかしそれを聞いた二人は、微笑みながら応じる。


「『マグダレーナは真面目だから、本来やらなくて良い事もきっちりこなしてしまうんだよ。だから色々と大変だろうと思うけど、妹がする事は周囲の人間にとって必要な事だからくれぐれもよろしく』とリロイ様から頼まれておりますので」

「ありがとうございます」

「リロイ様みたいに不真面目過ぎて、本来やらなくても良い事をしでかした結果、周囲の人間に迷惑をかけるより遥かに有意義ですわ。自信を持ってください」

「……その言葉に、涙が出そうです」

 笑顔での力強ネシーナの言葉に、これまでの兄の傍若無人な行為の一端を察したマグダレーナは、肩を落として項垂れた。そんな彼女に、ユニシアが冷静に語りかけてくる。


「マグダレーナ様は、王位継承の前後での政争が長引くのを懸念しておられるのですもの。そんな事態になれば一番迷惑を被るのが下々の民です。決してそれをお忘れにならないマグダレーナ様を尊敬することはあれ、非難しようとは思いません」

 そこで気を取り直したマグダレーナは、顔を上げて頷いてみせた。


「ええ。私が王位継承に関して、一番懸念しているのはそこなのです。宰相閣下や重臣の方々が滞りなく進めると確約してくださっても、不測の事態が生じる可能性は皆無ではありませんから」

「そんなマグダレーナ様だからこそ、お役に立ちたいんです。リロイ様が切れる方なのは認めますけど、『公爵とかつまらないよね、一緒に駆け落ちしない?』とネシーナさんを事あるごとに口説いているのを見ていましたから、マグダレーナ様が真面目な方で本当に良かったと、神の采配に安堵しています」

「……お見苦しいものをお見せいたしました」

 大真面目に断言してくるユニシアに、マグダレーナは僅かに口元を引き攣らせながら笑顔を返す。そして真顔になってから話を続けた。


「私は両派から相当煙たがられていますので、こちらに揉める気は無くても話題には事欠かかないでしょう。引き続き周囲の方々の観察と情報収集をお願いします」

 そう指示された二人は素直に頷いたものの、心配そうな表情で心情を吐露する。


「それは構わないのだけど……、マグダレーナが孤立してしまうのが心配だわ」

「私もそれは気になっていました。大丈夫なのですか?」

「確かに取り巻きを侍らせていませんが、その分、予想外の交友関係も構築していますのよ? 最近、平民の方が損得勘定で近付いてきましたし」

「え? 平民の方が?」

「損得勘定ってどういう事ですか?」

 レベッカについて言及した途端、揃って怪訝な顔になった二人に対し、マグダレーナは笑いを堪えながら説明した。





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