(20)最難関に向けて
アリステアの剣術大会接待係参加が散々な結果に終わった後も、グラディクト達は全く己を省みることなく、エセリアに対する怨嗟の声を上げていた。
エセリアからの指示で彼らを宥めて上手く操る為、複数の偽の宣誓書を渡しつつ、誘導していたシレイアとローダスは、その日もグラディクト達の所に出向いてから変装を解き、精神的疲労感を少しでも回復させようとカフェに足を向けた。
「剣術大会も無事に……、とは言い難いところもあったけど、変な騒ぎにならずにすんで本当に良かったわ」
お茶を一口飲んでから、シレイアはしみじみとした口調で独り言のように呟く。それにローダスは力強く頷いてみせてから、間近に迫った関門について言及した。
「全くだな。これで心置きなく、官吏登用試験に集中できる」
「登用試験の後は、期末試験だけだものね。最後のこれで、卒業記念式典での卒業生代表が決まるんだから、最後まで全力で行くわよ」
「俺だって、首席を譲るつもりはないさ。だが卒業記念式典の直前に、あれがあるよな」
若干顔を顰めながら、ローダスが指摘する。つい最近、アリステアが何やら企んでいるらしいと聞いた内容を思い出したシレイアは、小さく悪態を吐いた。
「……ああ、卒業記念茶話会があったわね。全く、最後の最後まで面倒をかけさせてくれるわ、あの能天気殿下と常春お花畑娘」
「そう言うな。あれは内輪の会だし、さすがに大きな騒ぎにはならないだろう。その頃には登用試験も終わっているし、気楽に対処できる筈だ」
「本当に、入学してからあっという間だったわね。あと半月か。気合入れるわよ」
「当然だ。試験の成績順に、希望部署への配置が決定するからな」
どこか不敵に微笑んでみせたローダスを、シレイアが鋭い視線で睨みつける。
「絶対に民政局に入局してみせるわ。ローダス、あなたにも譲らないわよ」
「……俺は外交局希望だし。そんな怖い顔で凄むなよ」
思わずローダスが愚痴を零したところで、周囲から聞きなれた声が割り込んだ。
「本当に凄い顔だな、シレイア」
「ローダス。お前、何をやらかしたんだ?」
「相変わらずだな」
二人が顔を上げるとジャン、ギャレット、エリムが顔を揃えており、自分達と同様に休憩しに来たらしい彼らに席を勧めた。それに応じて、三人が手にしたカップをテーブルに置きつつ椅子に座る。三人が席に落ち着いたのを見計らってから、シレイアは会話を再開した。
「官吏登用試験が近いから、ちょっと気合を入れていただけよ。だって以前から、民政局以外に入るつもりはないんだもの」
それを聞いた三人は、苦笑の表情を浮かべながら納得する。
「ああ、シレイアはかなり前から民政局一本だものな」
「俺達も他人のことは言えないだろう。合格するだけではなくて、上位に入らないと希望の部署に配置されない可能性があるんだから」
「うぅ、なんとか財務局に滑り込みたい……」
「何を弱気な事を言ってるんだよ。俺だって内務局しか眼中にないぞ」
「法務局は例年希望者が多いって聞くしなぁ」
「取り敢えず登用試験まで気を抜かずに全力を尽くすことと、体調管理に留意しないとね。ここで万が一病気なんかになったら、泣くに泣けないわ」
真顔で、自分自身に言い聞かせるようにシレイアが断言すると、他の四人も真剣な表情で頷く。
「全くだな。お互い頑張ろう」
「そうだな。修学場の先生方に、五人揃って良い報告もしたいし」
「あ、そう言えばエマから手紙が届いたんだけど、年度末にまた同窓会を企画しているらしいの。私達の合格通知が来た後の日程で、計画しているみたい。どうする?」
そこでシレイアは、少し前にエマから届いた手紙の内容を口にした。それを聞いた四人が、揃って顔を強張らせる。
「うわ、ちょっと待て! それ、本当か!?」
「それって五人全員合格すれば良いけど、万が一、一人でも落ちてしまったら、お互いに居たたまれないだろ!?」
「なんがなんでも全員合格しろって、追い込んでるのか?」
「容赦がなさすぎる……」
「う~ん、企画している皆に、悪意はないと思うのよ? 単に私達五人なら、全員登用試験に受かると信じてくれているから、私達のお祝いも兼ねていると思うんだけど。それで、どうする?」
四人がここまで敏感に反応するとは正直予想していなかったシレイアは、困り顔で首を傾げた。しかしローダス達は無言で顔を見合わせてから、決意に満ちた表情で口々に告げてくる。
「上等だ」
「こうなったら、意地でも期待に応えてやろうじゃないか」
「ああ、ここで怖気づいたら、この先何もできないよな」
「決まったな。その日程で全員参加だと皆に伝えてくれ。絶対に良い報告をしてみせるともな」
「分かったわ。任せて」
(久しぶりに皆に会えて嬉しいな。そう言えば手紙の中で、「早々と参加予定になっているレスターが、五人に話があると言っていた」とエマが書いていたけど。私達に話って何かしら?)
それから意気軒昂に官吏登用試験についての意気込みを語り合う周囲に相槌を打ちながら、シレイアは脳裏にちょっとした疑問を思い浮かべていた。
※※※※※
幸いな事にシレイア達五人は誰一人体調を崩すことはなく、無事に試験当日を迎えた。試験会場は王宮であり、受験する官吏科の学生は、寮で朝食を済ませてから時間に余裕を持って三々五々王宮に向かって出発する。
シレイア達も修学場からの付き合いの長さで、五人で雑談をしながら王宮に向かった。到着してからは係に指示に従って行政棟の中を進み、試験会場になっている部屋の前にできている行列の最後尾に並ぶ。シレイアが何気なく行列を眺めると、官吏科に所属していない者も何人か存在しているのを認め、思わず口にした。
「やっぱりクレランス学園官吏科生徒以外の人で、受験する人もいるのね」
「話には聞いていたがな。様々な事情で学園に入学できなかったり、複数回受験する人か」
「だが、地方で勉学に励んだ人に優秀な人が多いと聞くし、油断できないぞ」
「そうだよな。官吏登用試験受験には、推薦者が必要だ。官吏科所属の俺達は学園の教授達が推薦状を出してくれるが、学園に入学しない地方出身者はその地域の領主から援助してもらって勉強している者が大半だ。当然、推薦状を出すのはその貴族だし、領主の面子を潰さないためにも必死だろうな」
「相手にとって不足はないわね」
行列を眺めながら、シレイアは無意識にやる気満々で呟いた。それを聞いた周囲は、一瞬呆気に取られてから揃って苦笑する。
「本当に、お前って奴は……」
「流石はシレイアだよな」
「普通、ここで出てくる台詞じゃないぜ」
「ある意味、緊張感皆無だよな」
ローダス達の台詞の中に微妙に含まれたものを感じ取ったシレイアは、彼らを軽く睨みながら問いかける。
「……皆、なんとなく私を貶している気がするのは気のせいかしら?」
「え? そんなことないって」
「気のせい気のせい」
そんな緊張感など感じさせない台詞のやり取りをしている間も受け付けの列は進み、ほどなくシレイア達の番になった。
「シレイア・カルバムです。推薦状をご確認ください」
「ああ、シレイア・カルバムね。………よし、中に入って良し」
「ありがとうございます」
一礼して室内に入ろうとしたシレイアだったが、何気なく列の後方を振り返って、女生徒が三人固まって並んでいるのが目に入った。官吏科は騎士科より更に女生徒の比率は少なく、シレイアは同じ修学場出身の五人で固まる事が多かったが、そうでない時は自然に女生徒四人で行動する事が多かった。この日は他の三人とは別行動だったものの、列の並びを見て不審に思う。
(あれ? そう言えばダニエラ達は私より早く食事を済ませて、先に寮を出たのだと思っていたけど、私達が途中で追い越したのかしら?)
そこでどうも三人の様子がおかしい事に気がついた。真ん中にいるダニエラの顔色が優れないように見える上、両側の二人が心配そうに声をかけているように感じたシレイアは、急いで三人に駆け寄る。
「三人とも、なにかあったの? ダニエラの顔色が良くないみたいだけど」
シレイアが声をかけると、両側の二人は無言で顔を見合わせた。しかしダニエラは軽く微笑みながら言葉を返す。
「シレイア、大丈夫よ。さすがにちょっと緊張してきただけだから」
「そうなの? でも……」
単に緊張しているだけには見えずシレイアが困惑していると、先程受付をした係官が叱責してくる。
「シレイア・カルバム! 受付後は速やかに試験会場に入場しなさい! 指示に従わないのなら、受験する意思がないものと判断するぞ!」
「すみません! すぐに入ります!」
「ほら、呼ばれているわよ。早く入って。お互い、頑張りましょうね」
「え、ええ。それじゃあね」
僅かに動揺しながらシレイアは謝罪し、ダニエラに促されて試験会場に入った。
(本当に、大丈夫かしら……)
内心でダニエラの事を心配しつつも、シレイアの席はダニエラよりも前方に設定されており、彼女の様子を窺うこともできなかった。実際、試験が開始されてからは否応なしにそちらに集中する事になり、終わった頃には試験開始前の懸念などはすっかり頭の中から消え去っていたのだった。
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