(23)責任者と代表者

 剣術大会の開催日が間近に迫る中、グラディクトは前年同様ディオーネがクレランス学園を訪問するのを好機と捉え、アリステアを彼女に紹介する腹積もりだった。そんな彼の思惑を、ローダス経由で把握したエセリアの行動は早かった。

 その翌日。予めシレイアとサビーネがリストアップしていた名簿の該当者を確認したエセリアは、刺繍係と小物係から二人ずつの女生徒を指名する。それを受けてシレイアとサビーネが動き、その日の放課後、教室の一つにエセリア達三人と指名された四人が顔を合わせた。


「急にお呼び立てしましたのに、四人とも揃って出向いていただけるなんて恐縮です。今日はありがとうございます」

 まずエセリアが感謝の言葉を述べると、集められた四人は揃って恐縮気味に応じる。


「そんなに畏まらないでください。剣術大会に関してのお話し合いと聞いております」

「そうであれば係の責任者である私達が出向くのは、当然の事ですから」

「その……、私は責任者ではありませんし、どういった理由で呼ばれたのかは分かりませんが、エセリア様から呼ばれたのであれば何か必要な事だと思いますし」

「私達にできる事であれば、なんでも仰ってください」

 刺繡係の責任者であるミエールと小物係の責任者であるエルメリアは、上級貴族として交流のあるエセリアの台詞に、若干困惑の表情になる。対する平民である刺繡係所属のリステルと小物係所属のティリスは、普段接した事の無い雲の上の存在であるエセリアを前にして、緊張の方が勝っていた。そんな四人を見回してから、エセリアは徐に口を開いた。


「皆様もご存知の通り、剣術大会は開催理念の一つに生徒同士の交流を挙げており、各人が一つ以上の係に所属して活動していただいています。それにより、従来存在していた貴族と平民との隔意なども、随分改善されたと思っております」

 エセリアがそこまで話して一度口を閉ざすと、四人は深く頷いて同意を示した。


「本当にその通りですわね」

「二年前には想像もできませんでした」

「まさか貴族の皆さんと、気安く話ができるんなんて思いもよらなかったですし」

「剣術大会を開催してくださったエセリア様には、感謝の言葉しかありません」

「ありがとうございます。実は今年の剣術大会では、その成果をよりアピールするためにお願いしたい事があるのです。特に、リステルさんとティリスさんにですが」

 エセリアがそう申し出ると、指名された二人は揃って驚愕した。


「えぇ!? 私達にですか!?」

「私達、責任者ではありませんが!?」

「これはミエール様とエルメリア様には、お願いできない事情がありますので」

「なにやら込み入った事情がありそうですね」

「どういう事ですの?」

 ミエールとエルメリアが真顔になり、話の続きを促す。それを受けて、エセリアは本題を切り出した。


「今回は剣術大会の準備に際して、貴族と平民が共に成功に向けて一致団結している様子を、来賓の方々にアピールしようと思うのです。それが実行委員会名誉会長を務めておられる、グラディクト殿下の評価にも繋がると思いますので」

「なるほど……。殿下の婚約者であるエセリア様のお立場であれば、そういう気配りも必要になりますわね」

「本当にご苦労様です」

「それで、当初は各係で中心となって活動してくれている、あなた方四人を皆様に紹介しようと思っていたのですが……。ここで一つ問題が。今年はアーロン殿下が在籍しておられるので、ディオーネ様とレナーテ様が揃ってお出でになるのです」

「…………」

 そこまで聞いたミエールとエルメリアの顔が、僅かに引き攣った。しかし平民であるリステルとティリスは、キョトンとして問い返す。


「ええと……、去年もいらしたディオーネ様は王太子殿下のご生母で、話の流れからするとアーロン殿下のご生母がレナーテ様ですよね?」

「そのお二人が揃って出向かれたら、なにか拙い事でもあるのですか?」

 そんな二人に、他の五人が一斉にまくしたて始める。


「もの凄く面倒なのよ。グラディクト殿下が立太子されて鎮静化するかと思いきや、今でも水面下でグラディクト殿下派とアーロン殿下派の抗争が続いているもの」

「隙あらば中立派の家や相手陣営の家を、自分達の派閥に引きずり込もうとしているんだから」

「側妃の方々は滅多に公の場には出ないし、あったとしても王妃陛下がしっかりその辺りは睨みを利かせて押さえ込んでいるから、表立ってはいないのだけど」

「今回は側妃の方々だけの、非公式な訪問だもの。同行する近衛騎士団の方々には、何があっても抑えられないわよね」

「片方は実行委員会名誉会長、もう片方は出場でしょう? 絶対に側妃様達が張り合って、相手側をさりげなくこき下ろす気満々で来るに決まっているわよ」

「もしかしたら罵り合いが激化して、論争だけならともかく掴み合いの喧嘩にでもなったら大惨事よね」

「さすがにそこまでにはならないと思うけれど、念のためお二人が出向いている時は、私とマリーリカが張り付いて、なんとか事を穏便に収めるつもりなの」

 そんなエセリアの心積もりを聞いて、他の六人は一斉に彼女に憐憫の眼差しを送った。


「エセリア様とマリーリカ様の健闘を、心からお祈りいたします」

「……ありがとうございます」

 その場を代表して、ミエールが激励の言葉を口にする。エセリアはそれを神妙な顔で受け取ってから、話を元に戻した。


「それで、そんないがみ合っている可能性のあるお二人の前に、ミエール様とエルメリア様を同伴した場合、余計に空気が微妙になる可能性があるのです。ミエール様の家はグラディクト殿下派で、エルメリア様の家はアーロン殿下派なもので」

 その解説を聞いて、リステルとティリスにも漸く事の次第が飲み込めた。


「そうなると、もしかしたら側妃様達が刺繍係と小物係のどちらがより大会運営に貢献できたのかとかで、張り合う可能性も出てくるのですね?」

「もしくは係の粗探しをしたりとか、相手の派閥の家を取り込もうと声をかけたりとかですか?」

 その推測に、エセリアは力強く頷く。


「私もそういう事態を懸念しているの。ミエール様とエルメリア様は責任者として活動されていますから責任者としては紹介できませんが、各係の所属者の代表者として平民のリステルさんとティリスさんを紹介して、平民の方も貴族の方に交ざって素晴らしい活躍をされていますと報告すれば嘘にならないし、余計な波風を立てないと考えたのです。それで当事者のお二人は勿論、責任者として奮闘してこられたミエール様とエルメリア様が気分を害さないよう、ご了解をいただきたくてお呼びしました」

 エセリアがそう話を締めくくると、まずミエールとエルメリアが笑顔で応じた。


「私達の心情まで気遣われなくても宜しいのに……。そういう事情であれば、反対する理由などありませんわ」

「寧ろ、こちらからお願いしなければいけない立場です。リステルさんとティリスさん。私達は側妃様達の前で変な揉め事に巻き込まれたら、最悪、親兄弟に迷惑をかけることにもなりかねません」

「その通りです。剣術大会の折には、是非係の代表者として挨拶をしてきてください。よろしくお願いします」

 そこでミエールとエルメリアは、揃って頭を下げた。対するリステルとティリスは、狼狽しながら応じる。


「そんな! お二人とも頭を上げてください! お困りなら、幾らでも私達が出向きますので!」

「そうですよ! 私達なら家なんかなんの関係もありませんし、側妃様にお目にかかるなんて立派な話題にしかなりませんから!」

「快く引き受けてくれて嬉しいわ。リステルさんはいつも率先して進行状況を把握してくれて、適切に皆に仕事を割り振ってくれていたもの。私は刺繍の出来栄えやデザインを決定とかはしていたけど、全体的な統括はリステルさんがしてくれていたのも同然よ。代表者として紹介されても、全くおかしくないわ」

「それはティリスさんも同じよ。細かい物品の把握やワーレス商会との発注や納品管理を、殆ど一手に引き受けてくれていたもの。私は細かい事にはあまり注意が向かない性格だから、同じことを私が行っていたら、色々漏れが出ていたと思うわ」

「そんな! ミエール様が皆をきちんと纏めてくれたおかげで、ここまで順調に仕上がったんですから!」

「そうですよ。やっぱり最終的な責任者は、ミエール様とエルメリア様ですからね!」

「そう言って貰えると嬉しいわ」

「本当にありがとう。今年、責任者を引き受けて良かったわ」

 最後は四人でお互いを褒め合って和んでいる様子を見て、シレイアはしみじみと剣術大会の成果を実感した。


(本当にこの二年で、貴族と平民の生徒間の距離感がぐっと縮まったのよね。エセリア様の功績は、本当に大きいわ)

 そこでエセリアが、満足そうにシレイアとサビーネに囁く。


「取り敢えずこれで、必要な手は打てそうね。後は当日のタイミングを計るだけだわ」

「そうですね。昨日お話が合った通り、アリステアの紹介は最終日の閉会式直後にするように、ローダスと働きかけておきます」

「念の為、剣術大会の期間中はあの二人が余計な事をしないように、私達が分担して、向こうに分からないように張り付いておきますから」

「お願いするわ」

 満足そうに頷いたエセリアを見て、シレイアはそれだけで報われた気持ちになった。


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