(22)変装指南

 若干の懸念はあったものの、絵画展はクーレ・ユオンのお披露目の場として成功を収め、アリステアの絵が悪目立ちせず、問題にもならずに終えることができた。

 今年度の残る大きな行事は剣術大会と期末試験のみとなり、その日シレイアはグラディクト達の様子を見る為、忙しい合間をぬってモナの扮装で出向こうとしていた。


「なんとか絵画展もあからさまな妨害をしなくても、殿下とアリステアに注目がいくのは避けられたな」

「新規画材のクーレ・ユオンを開発したワーレス商会と、素晴らしい作品を書き上げてくださったマリーリカ様のおかげよね」

「本当にそうだな。それにしても絵画展が不発に終わったし、今度はどんな無茶振りをさせられるのやら」

「剣術大会の日程も迫っているし、おとなしくしていて欲しいものだわね」

「全くだな。ところで剣術大会の準備は滞りなく進んでいるのか?」

「誰に言っているのかしら?」

「万事抜かりは無いか」

 アシュレイの扮装をしているローダスと共に、そんな軽口を叩きながら廊下を歩いていると、進行方向から一人の女生徒が歩いて来るのが目に入った。しかし彼女の様子が尋常ではなく、思わず目を見開いて凝視する。


(え? あれってもしかして、もしかしなくても! 何をやってるの、サビーネ!? 確かに今後あの二人を探る前に、周辺の様子を変装して調べてみるとか、反応を見てみるとか言っていたけど!?)

 辛うじて足を止めないまま、シレイアは隣を歩くローダスの名前を小声で呼んだ。


「ローダス」

「人影はない。任せろ」

 自分と同様、硬い表情で小さく頷いたローダスに安堵しつつ、シレイアはすれ違いざまにサビーネの腕を掴み、問答無用で引き寄せる。


「え……、ちょっ、シレ……」

 素知らぬふりですれ違うと思っていた相手にいきなり引きずられ、サビーネは驚いて問い返そうとした。しかしお互いに変装していることから、大声で名前を呼ぶことは躊躇われ、そうこうしているうちにローダスが無人を確認した、近くの空き教室に引きずり込まれる。


「サビーネ!! なんなの、そのおかしな格好は!」

 廊下の人影を確認したローダスがドアを閉めるなり、シレイアは声を荒らげながらサビーネに迫った。するとサビーネは、控え目に言葉を返してくる。


「その……、ミランの用意した変装道具の中にあって。簡単に人相が変わるし、良いかなあと思って……」

「髭まで生やしてどうするのよ……」

(それは旅芸人とかが、喜劇とかで笑いを取るための小道具の類で、変装というより仮装だから。こんな扮装で校内を歩いていたら、確実に不審者扱いよ。私達に会うまで、誰にも見られなかったのかしら? もし誰かの目撃されていたら、確実に騒ぎになっていたでしょうね)

 サビーネが選んだ小道具は、黒縁眼鏡の下に作り物の鼻と、更にそれに立派な髭までついている代物だった。本気でそんな物を選んだ上、それを付けて平気で校内を歩いていたという信じられない事態に、シレイアはがっくりと肩を落とす。

 そんな友人の反応を見たサビーネは、そこで自信なさげに言葉を継いだ。


「手軽で良いかと思ったのだけど、やっぱり拙かったかしら。でも変装って、どうしたら……。お化粧で変化をつけるのは毎回大変だし、校内であまり派手なお化粧はできないし……」

(サビーネは根っからの貴族のお嬢様だもの。変装と言われてもイメージが湧かなくて、斜め上の考えになってしまったのは仕方がないのかもね。ここは私がなんとかするしかないわ。幸い、必要な物は持ち歩いているし)

 本気で考え込んでいるサビーネを見て、シレイアは素早く頭を切り替えた。そこで近くの椅子を引き寄せ、サビーネにそれを指し示しながら声をかける。


「サビーネ、ちょっとここに座って」

「良いけど、どうしたの?」

「簡単な変装を教えてあげるから」

「本当? 是非、お願い」

「要するに、パッと見た時の印象を変えれば良いのよ。サビーネはいつも、高い位置でポニーテールにしているでしょう? だから全体的に髪型を変える他に、前髪や横に下ろしている髪も、少し分け目や流れを変えて……」

 持ち歩いている鞄から、櫛や髪結い用の紐やリボン、ヘアピンなどを手早く取り出したシレイアは、サビーネの背後に立って彼女の髪を解いた。その髪に櫛を入れて整え、後ろで左右に分ける。そして普段下ろしているサイドの髪と一緒に耳の斜め下で纏め、縛った髪を前方に流した。更に左右の纏めた箇所にいつもとは異なるリボンを結び付けてから、ローダスに感想を求める。


「ローダス、これでどうかしら?」

「ああ、だいぶ印象が変わったね。殿下に直接接触しないなら、これで大丈夫じゃないか?」

「そうよね」

 ローダスからお墨付きを貰って、シレイアは満足そうに頷いた。そして手鏡で自分の姿を確認したサビーネも、嬉しそうに告げる。


「ありがとう、シレイア! なるほど、こんな感じで良いのね。これなら私でもすぐにできるわ」

「サビーネは同じクラスで殿下には顔が知られているから、念のためその姿でも殿下との接触は回避よ。じゃあお互い、頑張りましょうね」

「ええ、エセリア様のために、これまで以上に頑張るわ!」

 二人に礼を述べてから、足取り軽くサビーネは教室を出て行った。それを見送ってから、シレイアは少々億劫そうに櫛やヘアピンを元通り鞄にしまい込む。


「疲れた……。これから、あのお花畑連中の所に行かないといけないのに……」

「なんというか普段気楽に接しているけど、やっぱりサビーネさんはエセリア様と同様、こちらが予測できない突飛なことを突然しでかす、上級貴族の一員なんだな」

 妙にしみじみとした口調でのローダスの台詞に、シレイアが即座に反応した。手の動きを止め、些か険しい視線を向けつつローダスに問い返す。


「ローダス……。今、なんとなくサビーネとエセリア様の人間性を疑うような台詞が、聞こえてきた気がしたんだけど。私の気のせいかしら?」

 ローダスは慌ててそれに弁解しながら、シレイアを促した。


「いやいや、そんなまさか! シレイアの気のせいだから! ほら、殿下達の所にご機嫌伺いに行くぞ! 嫌な事はさっさと済ませて、ゆっくり休もうな!」

「あああ、もう本当にろくでもないわね!」

 シレイアは苛立たしげに元通り鞄を閉め、憤慨しながら当初の予定通りグラディクト達のもとへ向かった。

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