(15)ミステリーの女王、降臨

 そんな風に話が盛り上がっていると、屋敷内から庭に出て来た女性が、明るく声をかけてきた。


「エセリア。あなたがここでお茶会をしているとお母様に聞いて、ちょっと顔を出してみたの。全員、学園でのお友達かしら?」

「はい、そうです。お姉様もお飲みになりますか?」

 コーネリアを見てその場全員が腰を浮かせかけたが、彼女は目線と手振りでそれを抑えた。そんな姉をエセリアはお茶に誘ったが、彼女は立ったまま笑顔で断りを入れる。


「いいえ、お母様にお話があって寄らせて貰ったついでだから、すぐに帰るわ。またゆっくり顔を出すわね」

「そうですか」

「そう言えば、エセリア。ジムテール男爵が醜態を晒したそもそもの原因だけど、あなたは誰が仕組んだと思う? 一方の当事者のあなたの意見を、直に一度、聞きたかったのよ」

 コーネリアがそう口にした瞬間、エセリア以外の者は顔を見合わせて黙り込んだ。


「そう言われましても……。順当に考えれば、王太子位を巡って対立していた、アーロン王子を推す勢力が考えられますが……。まさかアーロン王子が立太子された現在、そんな事を軽々しく口にはできませんでしょう? 第一、アーロン殿下がそのような事を企む筈も、それを知って喜ぶ筈もございませんし」

 エセリアが殊勝な顔でそう述べると、コーネリアもすっきりしない表情で頷いた。


「そうなのよね。次に考えられる可能性は、この国であわよくば内乱を引き起こし国力を弱めようとする、諸外国の息がかかった組織とかかしら?」

「そんなに軽々しく甘い話に乗る貴族が、国内に数多く存在しているとは思いたくありませんが……。それにそんな手の込んだ事を、国外から事細かに指示できるでしょうか?」

「それは私も、疑問に思っている所なの。例の件で名前が上がったミンティア子爵は、人望も名声も力量も無い方だし」

「そうみたいですね……」

 身も蓋もない事をコーネリアが口にした為、エセリアは若干遠い目をしてから、他のそれらしい可能性を口にしてみた。


「後は……、私が王太子妃や王妃になったら、自分に代わってシェーグレン公爵家が外戚として権勢を振るうかもしれないと邪推したバスアディ伯爵が、予めそれを阻止しようとした陰謀とかですか?」

 しかしそれには、さすがにコーネリアが異議を唱える。


「あなたを陥れるだけならそれも考えられるけど、グラディクト殿があんな暴挙に及んだせいで、バスアディ伯爵の国王の伯父になる夢が潰えたのよ?」

「伯爵は本来そこまでするつもりは無かったのに、彼が暴走してそういう結果になってしまったのなら、筋は通らない事も無いですが」

「それは確かにね。ミンティア子爵家なら、バスアディ伯爵が簡単に支配下に置けるのは明白だし」

 そこで納得したように頷いた姉を見て、エセリアは確認を入れた。


「それでお姉様は、やはり本当にあの出来事を元に、本を書いていらっしゃるのですか?」

「ええ。審議の一部始終を見せて貰ったし、あなたから色々話も聞かせて貰ったけど、でもやっぱり本当の所が全く分からないから、どう書くか困ってしまって。だから真相を一つに絞らないで、同じ題材でパターンを変えて書く事にしたのよ」

 そんな予想外の事を言われて、エセリアは目を丸くした。


「え? パターンを変えて書くと言うのは、どういう意味ですか?」

「あら、エセリアだって書いているじゃない。《クリスタル・ラビリンス》シリーズでは、設定とヒロインは同じだけど相手役やエピソードを変えて、幾つも話を作っていたでしょう?」

「……そう言えばそうでしたね」

 笑って指摘してきたコーネリアに、すっかりそれを失念していたエセリアは、神妙に頷いた。するとコーネリアが、上機嫌に話を続ける。


「それで今、作品毎に黒幕と裏事情を変えて、『知られざる後宮暗闘編』と『頓挫した侵略計略編』と『邪な派閥抗争編』の三パターンを、同時進行で書き進めているところなの」

「お姉様がそこまで想像力豊かだったとは、今の今まで存じませんでした……」

 そのバイタリティにエセリアが本気で感心していると、ここでコーネリアが更に予想外の事を言い出した。


「でもやっぱり私の一押しは、今構想を纏めている段階の、『悪役令嬢の怠惰な溜め息編』なのよね!」

 それを聞いた瞬間、もの凄く嫌な予感を覚えたエセリアは、顔を強張らせながら問い返した。

「……お姉様? 今口にした名称は、一体何ですの?」

 それにコーネリアが、事も無げに答える。


「例の件の黒幕は、実はグラディクト殿に愛想を尽かしていたあなたで、偽の証拠や支持者をでっち上げて彼を間接的にそそのかして、向こうから婚約破棄を言い出すように陰で仕組んで、見事そう持ち込んだと言うのが、あの顛末の真相だったと言うパターンよ」

「…………」

 笑顔でそんな事を言われたエセリアは固まり、他の者達も血の気の引いた顔で一言も発しなかった。しかし無反応なエセリアを見て、コーネリアが不服そうに話を続ける。


「嫌だわ、そんな変な顔をしないで頂戴? あなただったらそれ位できそうだって、誉めたつもりだったのに」

「ええと、すみません……。あまりにも予想外の事を言われて、一瞬思考が停止しました」

 何とか気を取り直して、引き攣った笑みを浮かべたエセリアに、コーネリアは機嫌良く解説を加えた。


「確かに、可能性としては一番有り得なさそうだけど、逆にその方が読み手の想像力をかき立てる筈よ。シリーズの中では、絶対にこれが一番売れると思うわ! ラミアさんに構想を話した時も、『私もそれが一番だと思いますわ! 大々的に売り出しましょう!』と力強く言って貰えたし」

「そうでしたか……」

「だからその前に、あなたには一言断りを入れておこうと思ったの。安心して頂戴。登場人物の名前は、全員きちんと変えるから」

 にこやかに了承を求めてきたコーネリアに対して、エセリアはできるだけ平静を装いながら言葉を返した。


「ええ……。まあ、別に、書いていただいても構いません……。私に疚しい所は、全くございませんので……」

「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思っていたわ! それじゃあ、また来るわね。皆様、どうぞごゆっくり」

「ど、どうも……」

「恐れ入ります」

 そして爽やかな笑顔を振りまきながらコーネリアが去ってから、ミランは頭を抱えてテーブルに突っ伏し、震える声で呻いた。


「怖い……。本当に怖い。エセリア様も怖いけど、やっぱりコーネリア様の方が昔から怖くて、得体が知れない……」

「ミラン、大丈夫!? しっかりして!」

 慌ててカレナが声をかける中、イズファインが隣に座るナジェークに声をかけた。


「……ナジェーク。何かコーネリア様に喋ったのか?」

「そんな事、するわけないだろう」

 こちらも若干顔色を悪くしながら答えていると、それを聞いたローダスが、血の気の引いた顔で呟く。


「そうなると……、純粋な推理の結果と言うか……、勘、なんだよな?」

「さすが、エセリア様のお姉様……」

「本当に凄いですわね! 紫蘭会会長の、面目躍如ですわ! 私、コーネリア様への尊敬の念を新たにしました!」

「…………」

 しかし重苦しい空気の中、それを物ともせずにサビーネが歓喜の叫びを上げた為、他の者達は無言で顔を見合わせた。


「それで片付いてしまうのが、一番どうかと思うわ……」

 ぼそりとエセリアが呟いた台詞が、サビーネ以外の全員の心情を、如実に表していた。

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