(22)納得?
「失礼します」
二人が医務室に入ると、医務官のアバルトは彼らを意外そうな顔で出迎えた。
「おや? 珍しいね。学年一位と二位がお揃いで医務室に出向くとは、どういった風の吹き回しかな?」
その台詞に、ローダスも不思議そうに問い返す。
「入学以来、幸いなことにこちらのお世話になる事はありませんでしたが、アバルト医務官は俺達をご存じなのですか?」
「そりゃあそうだよ。君達は自分で思っているより、遥かに有名人だよ? 学年末試験も従来通り総合一位、二位で、有終の美を飾ったね。少し早いが、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「これからも頑張ります」
「それはそうと、どこか具合が悪いのか?」
笑顔で祝福された二人は、素直に頭を下げた。次いで心配そうに問われた為、ローダスは予めシレイアと打ち合わせていた通り、でっちあげた来訪の理由を口にする。
「食べ過ぎたわけではないのですが、昨日から少々胸やけがしまして。今まで張り詰めていた気が抜けて、一気に疲れが出たのかもしれません」
「そういうこともあるか。吐き気や腹痛、他に下痢や微熱となどの気になる症状はあるか?」
「いえ、どの症状もありません。ですからおとなしくしていれば自然に治ると思うのですが、シレイアが早めに医務官に相談しておけとうるさいもので」
「心配してあげているのに、その言い草はなによ。大したことはないと思っても、大病の前兆って事だってあるのよ? 一応相談しておくのに越したことはないでしょう?」
気分を害したようにシレイアが反論すると、アバルトが苦笑しながら宥めた。
「どちらに肩入れしても角が立ちそうだが、医務官としては彼女の意見に賛成かな? 大したことがなかったら、それはそれで良い事だしな」
「ほら、医務官だってそう仰っているじゃない」
「分かった分かった。大人しく言う通りにするよ」
そこでアバルトは薬棚に移動し、手早く必要な薬の準備を始める。
「それなら、一応胃もたれを改善する消化剤を三日分渡そう。それを飲み切ってもまだ症状が続くなら、他の薬を考えるから」
「お願いします」
アバルトが必要量の薬剤を量り取り、手早く薬包紙に包んでいる背中を眺めながら、シレイアが慎重に問いを発した。
「そう言えば……、私達がここに入る直前、グラディクト殿下と女生徒が連れ立って出て行く姿を見かけたのですが、どこか具合が悪かったのでしょうか?」
「……え?」
「あ、その……、すみません。医務官であれば、患者の病歴とかに係わる内容は口外できませんよね。失礼しました。でもお二人を見た時に凄くお元気そうで楽しそうに歩き去って行かれて、どこも具合が悪そうに見えなかったのに、何の用で医務室に来られたのかと不思議に思ったものですから」
どこか不審そうに振り返ったアバルトを見て、シレイアは慌てて弁解した。しかしアバルトはすぐに苦笑の表情になり、詳細について語り始める。
「君の観察眼はさすがだね。別に彼らがここに出向いた内容に関しては、秘密でもなんでもないさ。無傷の足を治療しろと、難癖をつけられただけだからね」
「無傷の、ですか?」
「どういう事でしょう?」
シレイアとローダスは当然知っていた事など面に出さず、素知らぬ顔で話の続きを促した。するとアバルトが、幾分腹立たしげに告げる。
「馬鹿馬鹿しいにも程があるが、あのアリステアという女生徒が微塵も腫れていない足首を『捻挫して猛烈に痛い』と主張し、私はそんな筈がないと伝えたら、殿下が『怪我を見抜けないお前はやぶ医者だ』と罵倒してきてね。五月蠅くて面倒だから、気がすむように湿布を施したら、杖も付かずに平気で歩いて出て行ったんだよ。笑い話にもならないだろう?」
「ええと、それは……」
「確かに……。一体どういう事なのでしょうね……」
(後ろ姿を見送った時にも思ったけど、せめて足を引きずる演技位はしなさいよ! 本当にどこまで馬鹿なの!? それに彼女が本当に捻挫しているかどうか不審に思わないなんて、あの王太子、迂闊なのにも程があるんじゃない!?)
シレイアは呆れ果てると同時に、どうしてそこまで考えなしなのかと頭痛を覚えた。そこでローダスが、アバルトに問いかける。
「その……、アバルト医務官は、あの女生徒の事は以前からご存知でしたか?」
「ああ。確か……、アリステア・ヴァン・ミンティアだろう? 君達ほどではないが、彼女も学園内では有名だな。悪い意味で。直接接触がない私のような医務官でも、顔と名前を一致させているよ。だから殿下が抱えてここに飛び込んできたときは、何事かと思った」
「そうですか……。医務官。彼女の事ですから、医務官に見て貰った時、本当にもの凄く痛かったのかもしれませんよ?」
「それはどういう事かな?」
怪訝な顔になったアバルトに向かって、ローダスはこれ以上はないくらい真剣な顔で断言した。
「前々から平気で場を弁えない言動をしたり、常識外れなことをしでかして周囲から顰蹙を買っている彼女ですから、もしかしたら特殊な精神の病にかかっているのかもしれません。それで時々突発的に、身体のあちこちがおかしくなって痛みが生じる奇病なのでしょう」
「………………」
(ちょっとローダス!! あなた真顔で、なんて事を口走るの!? アバルト医務官が絶句しているじゃないの!!)
ローダスの主張を聞いたアバルトは呆気に取られた表情になり、口を閉ざした。シレイアとローダスも同様であり、医務室内に沈黙が満ちる。
打ち合わせてはいない、あまりと言えばあまりの内容を口走ったローダスをシレイアは内心で叱りつけたが、すぐにアバルトの爆笑が湧き起こった。
「ぶわっはははははっ!! さ、さすがは学年一位の秀才!! 言う事が違う! 確かにこれなら笑い話だな! そうかそうか、足が悪かったのではなくて頭が悪かったんだな! もの凄く納得した!!」
「その……、思う所を正直に言ってしまいましたが、これを口外して殿下の耳に入ったら面倒な事になるかと思いますので……」
控え目にローダスが釘を刺すと、さすがにアバルトもその辺りは分かっており、笑顔のまま頷いてみせる。
「ああ、勿論言わないさ。いやぁ、本当に笑わせて貰った。もうすぐ卒業だが、それまでに具合が悪くなったらいつでも来なさい」
「分かりました。ありがとうございます」
「お世話になりました」
三日分の消化剤を受け取ったローダスは、シレイアと共に頭を下げて医務室から辞去した。並んで廊下を歩き出してから、シレイアが先程の事について軽く文句を口にする。
「ローダスったら、いきなりあんな事を言い出すんだもの。冷や汗をかいたわよ」
「それは謝る。俺も咄嗟に口に出してしまったが、取り敢えず医務官が納得してくれたみたいだから、まあ、良いんじゃないか?」
「そうね。医務官から他の人に話が広がるということもなさそうだし、良しとしましょうか」
目下の問題は解消できたと認識した二人は、安堵しながらその場を立ち去ったのだった。
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