(13)予防措置

 シェーグレン公爵邸にて《チーム・エセリア》が集まった二日後。いつも通り業務に勤しんでいたシレイアは、朝から密かに上司の様子を窺っていた。そして頃合いを見て、準備しておいた用書類を手に席を立つ。


「局長。今、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「シレイアか。手短にな」

 民政局の最高責任者である局長のベタニスは、手元の書類から顔を上げずに応じた。どんな内容か不明な下っ端官吏の用件に、最初から聞き耳を立てて貰えるとは思っていなかったシレイアは、ベタニスの対応に特に不満を覚えず話を切り出す。


「私は以前からアズール伯爵エセリア様と懇意にしているのですが、一昨日休暇でお会いした時に、お伺いした話があります」

「アズール伯爵……。ああ、あの婚約破棄された、シェーグレン公爵令嬢の事だな。それがどうした」

「今後数年の間に、アズール伯爵主導、シェーグレン公爵家及びワーレス商会共催で、新規事業が展開される予定があります」

「うん? 灌漑事業や街道整備か?」

 ここでベタニスは興味を覚えたらしく、顔を上げてシレイアと視線を合わせた。それに満足してほくそ笑みそうになるのを堪えつつ、シレイアは真顔で話を続ける。


「端的に申しますと、庶民の実生活向上に役立つ技術や知識の習得、及び研究を行う研究機関の設立です。その後は一般に開放したり、広く啓蒙活動を行う予定と伺っています」

「……なんだと?」

 自分達の業務との関連性に気がつかないわけはなく、ベタニスは瞬時に真剣な面持ちになった。その頃には周囲の机にいた官吏達も、仕事の手を止めて二人の会話に聞き耳を立て始める。上司や同僚達の興味関心を引けたらしいと判断したシレイアは、満足しながら用意しておいた文書を差し出した。


「因みに、これがアズール伯爵エセリア様から、近日中に国王王妃両陛下、及び王太子殿下に対して提出される予定の、献策書の写しになります。外部に漏洩させないという条件で、エセリア様からお預かりしてきました。大がかりな事業になるのは間違い無い上、運用上、王家にも賛同して助力して頂きたいとのお考えで、関係が深い民政局内にも内々に話を通しておきたいとのご意向でしたので」

「分かった。目を通させて貰う」

 重々しく頷いたベタニスは、シレイアから受け取ったそれに、早速目を通し始めようとした。ここでシレイアが、少々思わせぶりに言い出す。


「それで……、ここからは私見なのですが……」

「言ってみろ」

「一大事業にはなりますが、運用資金の殆どはアズール伯爵領の納税分に加え、シェーグレン公爵家とワーレス商会がバックアップするのは確実。王家から、つまり財務局からの持ち出しは微々たるもので済むと思われます」

「…………」

 すぐにシレイアの言わんとするところを察したベタニスは、無言で彼女の主張に耳を傾ける。その頃には民政局所属の全員が手を止めており、室内は静まり返っていた。


「それであっても有益な技術や制度を全国均一に広める為には、王家から、つまり我々民政局が、各領主や各地の管理官へ連絡、指導、通達を行なう必要があるわけですよね?」

「…………」

 ベタニスが無言で頷くのを確認したシレイアは、若干自分の声に力を入れつつ訴え続ける。


「その業績や効果が認められれば、国民の生活水準が向上する他にも、民政局の存在意義や業務が見直される事に繋がると愚考いたします。金を右から左に流すだけで、自分達が全ての部局の上に立っていると勘違いしているような勘違い野郎どもの横っ面を、実績で張り倒してやれる絶好のチャンスで」

「シレイア。財務局で腹立たしい思いをしたのは分かるが、聞き流しておけ。内心が駄々漏れだ」

「……失礼しました」

 官吏として働き始めてまだ日は浅いながらも、財務局官吏の横柄で横暴な態度に対して腹に据えかねる事があったシレイアは、思わず本音を漏らしてしまった。それをベタニスが、呆れ気味に指摘してくる。

 シレイアは、さすがに官吏としての品位に欠けていたと反省し、口を閉ざした。その場に若干沈黙が漂った後、書類に目を通し終えたベタニスが冷静に問いを発する。


「なるほど……。これが近日中に、両陛下と王太子殿下のお目に入るわけか。私はこれまでエセリア様とは直接の面識はないが、なるべく早くに機会を作った方が良いか?」

 それに対し、シレイアはすかさず助言した。


「局長が直接エセリア様に面会を申し込むのは、先方に何事かと思われる可能性もあります。王家との連絡役はナジェーク様が担うと思われますし、まずはご都合が合う時にナジェーク様に面会を申し込んで、この件についての意見交換などをされてはいかがでしょうか?」

「そうか。彼女の兄が、王太子殿下の筆頭補佐官だったな。そうだな……、これまで彼とも親しく話をする場はなかったから、この機会にお近づきになっておくのも悪くはない」

「それでは、話はこれだけですので失礼します」

 話を長引かせる気はなかったシレイアは、そこで頭を下げた。するとベタニスが、確認を入れてくる。


「シレイア。外部に漏洩させなければ、これは民政局内で回すのは構わないな?」

「はい。それで結構です」

「分かった。戻って良い」

 許可を得てシレイアが自分の机に戻ると同時に、主に年配の官吏達がベタニスの所に集まってきた。


「局長、今の話は……」

「一体、どういう事ですか」

 そこでベタニスは、つい先程受け取ったばかりの書類を彼らに渡しつつ、今後の方針についての意見を求め始める。経験の浅い官吏達は、立場上そこに割り込むことはできず、局長席とシレイアを物言いたげな顔つきで交互に眺めてから、中断していた仕事に取りかかった。


(事業協力や共同参加に賛同してくれる可能性の方が高かったけど、本来の業務でない事に労力を割くのはご免だなんて、横やりが入る可能性が無きにしも非ずだったもの。局長のあの様子だと全面的に賛同してくれそうだし、民政局内の不穏分子は早めに抑えておくのに限るわ。実際に事業が軌道に乗ったら、一致団結して後押ししたいものね)

 取り敢えず自分の思惑通りに事を進めることができそうだと判断したシレイアは、気分よく仕事を再開したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る