(11)職業選択意識改革特区構想

「つきましては両陛下に、この場をお借りしてお願いしたい事がございます」

「ほう? 何かな?」

「エセリア。場を弁えなさい」

 即座に苦言を呈したマグダレーナを、エルネストは笑いながら宥めた。


「まあ良いだろう、マグダレーナ」

「ですが!」

「彼女が場を弁えず、無駄な話や提案などするはずがない。少し耳を貸す位、構わないではないか」

「陛下がそう仰いますなら……」

「それで? どんな話かな?」

 不承不承頷いた妃から、エルネストが視線を移して穏やかな口調で問いかけると、エセリアが真摯な表情で申し出た。


「今現在両陛下は、政務や公務で多忙であられると思いますが、それらをアーロン殿下に徐々に引き継がれて時間に余裕ができましたら、是非我が領地に、視察に来ていただきたいのです」

「視察と言うのは、学術院へと言う事かな? それなら軌道に乗った頃に、一度行ってみたいと思っていたが」

 不思議そうに問い返された彼女が、ここで軽く首を振りながら答える。


「アズール学術院への視察は勿論ですが、それが軌道に乗りましたら、新たに考えている構想があるのです」

「ほう? そうなのか?」

「それは初耳ですね。一体どんな事ですか?」

「擬似職業体験テーマパークです」

「はぁ?」

「『てーまぱーく』とは、聞き慣れない言葉ですが……」

 興味津々で僅かに身を乗り出した国王夫妻だったが、次の瞬間聞いた事が無い言葉に、揃って困惑した顔になった。それは予想通りの反応だった為、エセリアは微塵も慌てず、順を追って説明する。


「男女の役割もそうですが、今の社会の枠組みでは、職業選択の自由が無さ過ぎます。殆どの者は、先祖代々引き継がれてきた家業を継ぐだけ。独自に事業を起こしたりする者は、ある一定の人数は存在していますが」

「確かにそうだな。貴族は貴族のままであるし」

 一番わかり易い例えを出して頷いたエルネストだったが、それにマグダレーナが付け加えた。


「ですが陛下。例え貴族でも家督を継がない子女は、独自に生活の道を探さねばなりません。しかし援助しないような親に限って『平民がする仕事になど就いて恥曝しな』などと、埒もない事を口にするものです」

 元々そういう事を耳にして、密かに憤慨していたらしい彼女が溜め息を吐くと、そんな事は予想だにしていなかったらしいエルネストが、本気で驚いたらしく目を見張った。


「……そうなのか? マグダレーナ」

「残念な事に、そういうものです。そしてやりたい仕事があってもさせず、自分の領地で名目上の管理官などの役職を与えて、半ば飼い殺し状態で生涯を終わらせる事もありますわね」

「どんな仕事でも、やりたい事や向いている事があれば、させれば良いだろうに」

 エルネストが、如何にも納得できかねるといった表情で口にした為、エセリアは深く頷いて説明を続けた。


「陛下の仰る通りですわ。そもそもそのような残念な事態は、職業に対する固定観念と無理解から生じるのではないかと愚考いたします。ですから大人から子供まで楽しめる、色々な職業体験の場を作ってみたいと考えたのです」

「大人も対象なのですか?」

「はい。勿論、素人にもすぐできそうな仕事の内容は厳選しますが、例えば鍛冶屋とか大工とかパン屋とか」

「まあ……、ですが成人してから、わざわざそういう事をやりたがる方がいるのでしょうか?」

 疑念に満ちた表情になったマグダレーナだったが、そんな彼女とは対照的に、エルネストが嬉々として尋ねてきた。


「アズール伯、その職業の中に、庭師とかは無いのかな?」

「勿論、候補に入っておりますわ。他にも、執事とかはどうでしょう?」

「おう、それもなかなか面白そうだ」

「陛下!?」

「そう、目くじらを立てないでくれるか、マグダレーナ」

「しかし、陛下が庭師の真似事など!」

 珍しく狼狽して声を上擦らせたマグダレーナに微笑んでから、エルネストがエセリアに語りかけた。


「私の立場では、他の仕事に就くなどと言う考えすら持てなかったからな。だが他の者達がどんな仕事をしているのか、前々から知りたいとは思っていた」

「はい、まさにこの構想は貴族は平民の仕事を、平民でも家業以外の職業の理解の一助となり、先入観と蔑視感情の解消をする事で、職業選択の幅を広げるきっかけになる物と確信しております。それに加えて小さな町を丸々一つそれに仕立て上げる事で、観光拠点創設、雇用創出、有能な人材流入を成し遂げるつもりですわ」

 堂々と構想を語ってみせたエセリアを、エルネストは唖然とした表情で見やった。


「町を丸ごと一つ……。人々の生活と生業をそのまま、観光資源にすると言う発想か……。壮大な構想だな」

「はい、その通りです。この傍目には得体の知れない物を、まず両陛下にお試しいただいて、国内外に広く宣伝したいのです」

 その率直な物言いに、エルネストの笑みが深まる。


「なるほど。国王自ら足を運んで体験したとなれば、それに箔が付くのだな?」

「箔が付くと申しますか、普通に考えれば『庭師の真似事など馬鹿馬鹿しい』と一笑に付す貴族でも、『陛下がおやりになるなら』と、家族総出で率先して参加してくださるかもしれません」

「なるほど。確かに体面を重んじる貴族程、私に追従する傾向が強いな」

 思わずと言った感じで笑い出した彼の代わりに、ここでマグダレーナが考え込みながら問いを発した。


「エセリア、それは平民も対象なのですね?」

「勿論です。貴族平民問わず共同で体験して貰うつもりですから、新たな交流の場にもなるかと。先程自領を『男女平等社会参画特区』にしたいと申しましたが、同時に『職業選択意識改革特区』にもする予定です」

「それは構いませんが、ある程度の治安維持態勢は必要ですよ? 国王陛下を初めとして、高位貴族や重臣達も参加する可能性があるのですから」

「そちらの方面は、今後の課題といたします」

 すぐに気持ちを切り替えたらしく、エルネストが訪れた場合の警備上の問題点を指摘してきたマグダレーナに、エセリアは恐縮しきって頭を下げた。


「マグダレーナ、今から警備状況を心配しても始まらないだろう。しかし随分豪快で傑作だな、アズール伯」

「恐れ入ります」

「ところでそれは、あと何年位で完成予定なのかな?」

「まだ構想段階ですので、早くても五年。遅くても、十年以内の開設を目指します」

 決意も新たにエセリアが宣言すると、エルネストは深く頷いて応えた。


「分かった。それまでにアーロンに徐々に政務や公務を任せて、それが開設された暁には、必ず長期滞在での視察に出向くとしよう」

「陛下……。長期滞在での視察など」

「勿論、その時はマグダレーナも一緒だから、その間代理を務める事になるマリーリカ嬢にも、色々と覚えて貰わなければいけないがな」

「……分かりました。お付き合いしますわ」

 思わず苦言を呈したマグダレーナだったが、エルネルトから無邪気な笑顔を向けられて、溜め息を吐いて色々諦めた。


(アーロン殿下、マリーリカ、ごめんなさい! ひょっとしたら次期国王王妃教育が、予定より前倒しされる可能性が出てきたわ!)

 自分のせいで迷惑を被る事になるかもしれない二人に、エセリアが心の中で詫びていると、エルネストが嬉しそうに声をかけてきた。


「アズール伯、楽しみにしている。庭師の他に、パン屋もやってみたくてな。どうしてあんな風にふかふかに膨らむのか、子供の頃から不思議だったのだ」

「そうでございましたか」

「厨房に行ってみても、『こんな所にお出でにならないでください!』と怒られて、すぐに追い払われていたしな」

「当然です。寧ろ料理人達に同情いたしますわ」

 ここで盛大に溜め息を吐いたマグダレーナを見て笑いを誘われたエセリアだったが、気合を入れてそれを堪えつつ、エルネストに向かって力強く宣言した。


「お任せください。陛下の長年のご興味と疑問を全て解消するべく、必ず実現させてみせますわ」

「それは嬉しい。それでは今日はご苦労だった。もう下がって構わないぞ、アズール伯」

「はい。御前、失礼いたします」

(よし! まだ口約束にすぎないけど、両陛下のご視察の内諾を得たわ。ここまできたら、絶対に成功させてみせるわよ!)

 そんな予想外の成果を上げたエセリアは、意気揚々と王宮を後にした。

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