(15)馬鹿馬鹿しい茶番
全ての授業が終わり、マグダレーナがのんびりと私物を鞄に纏めていると、廊下の方からざわめきが伝わってきた。徐々に無視できない大きさの声が響いてきた事から、彼女は何事かと思いながら出入り口の方に顔を向ける。するとその視線の先で勢いよくドアが開けられ、背後に取り巻き連中を引き連れたユージンが現れた。
「やあ、フレイア。待たせたな」
如何にも尊大な態度ではあったが、王族はそんなものだとの認識があるらしいフレイアは、笑顔で婚約者を出迎える。
「いいえ、ユージン様。わざわざ王太子殿下が私の教室まで足を運んでくださいましたのに、取るに足らない時間など気にしないでくださいませ」
(そろそろ来るかもとは思っていたけど、予想以上に引き連れて来たわね。ご学友名目の側付き以外にも、目ぼしい者を粗方引き連れて来た感じかしら?)
にこやかに会話を始めた二人の向こうに十人程度の生徒を認めたマグダレーナは、虚勢を張るのは見苦しいが、ついて来る方も付いて来る方だと内心で呆れた。するとここで、硬い表情と声で割って入った者がいた。
「フレイア様。ユージン殿下とご歓談のところ、一言よろしいかしら?」
「あら、メルリース様。見てお分かりにならない? 今は王太子殿下との貴重な語らいの時間ですの。慎みがある方なら、遠慮して控えていてくださると思うのだけど」
フレイアが揶揄するように告げると、その周囲の女生徒達から含み笑いが漏れる。それにメルリースは一瞬顔を顰めたものの、すぐに笑顔を取り繕って堂々と言い返した。
「フレイア様が慎みをお持ちと仰るなら、ユージン殿下を王太子殿下とお呼びするのは控えた方がよろしいのではありませんか? 確かにユージン殿下は現国王の第一王子ではありますが、それにも係わらず未だに立太子されておられませんのよ? フレイア様は隣国の王女殿下でおられますからその辺りの事情を正確に把握できておられないかもしれませんが、我が国の国王陛下のご意向を蔑ろにしていると批判されても反論できないと思われますので」
「なんですって?」
暗に、本来立太子されるべき第一王子が未だにそうなっていないのは、資質に問題があると思われているからではと含ませた物言いに、フレイアの顔つきが険しくなった。
(ユージン殿下ご一行様を向こうに回してここまで言い切るなんて、この方もなかなかの胆力よね。でもあなただって同じく立太子されていないゼクター王子を、王太子殿下呼びしていましたけど? 他人を非難しても、自らの行いを省みることはないわけね)
同族嫌悪というのは、まさにこういう事を言うのねと、マグダレーナは深く納得した。すると意外にも、ユージンが余裕の笑みでフレイアを宥める。
「フレイア、気にしなくて良い」
「ですが殿下!」
「あの者は、物事の大局が理解できない気の毒な人間というだけだ。君が一々慈悲を与えるほどの価値も無い」
それを聞いたメルリースは、無言のままこめかみに青筋を浮かべた。彼女のそんな様子など気にも留めず、フレイアがユージンに愛想を振り撒く。
「さすがは次期国王に相応しい、懐の広さですわ。私、感服いたしました」
「現に父上は、早いうちから立太子させて視野や行動範囲を狭くさせることはあるまいと、周囲に語っておられるからな。そんな父上の深謀遠慮を解さない愚か者どもが、見当違いの邪推をしているだけだ」
「本当にそうですわね! 国王陛下の思し召し通りに、殿下も今のうちに見聞を広めるとよろしいですわ」
「勿論、そのつもりだ」
口にしている内容は立派だが、その実態を既に知っていたマグダレーナは、事ここに至って呆れ果てた。
(やることなすこと選り好みして面倒な事は全てご学友に押し付けるばかりか、側に寄せる人間も選別しているくせに。自覚も無ければ恥も知らないようね。それに国王陛下……、恐らくそんな事だろうとは思ってはいたけど、周囲にはそんな風に言って次期国王を選定しないのを誤魔化しているのね……。本当に食わせ者だわ)
こんな茶番を延々と眺めていたくはないのだが、教室の唯一の出入り口をユージン達が周囲の迷惑も考えずに塞いでおり、マグダレーナは舌打ちを堪えた。さっさと出ていけば良いのにと内心で悪態を吐いていると、ユージンが何やらフレイアに話しかける。
「ところで、今日はフレイアに頼まれた件を済ませにきたのだが」
「ああ、そうでしたわ! わざわざここまで来ていただいたのに、くだらないお話をお聞かせしてしまって申し訳ありません」
(本当に、ぞろぞろと引き連れて何をしに来たのよ。え!? ちょっと待って、まさか!)
そこでフレイアが振り返り、ユージンを引き連れながら自分の方に歩いて来るのを見て、マグダレーナは顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪えた。そして至近距離に立ったユージンが、取ってつけたような笑顔で声をかけてくる。
「久しぶりだな。マグダレーナ・ヴァン・キャレイド」
マグダレーナは上級貴族の一員として、同じ年頃の王族とは公式行事で時折顔を合わせる機会はあった。勿論親しく言葉を交わすような間柄ではなかったが、礼儀に反するような真似はせず、丁重に一礼して応じる。
「ご無沙汰しております、ユージン殿下」
「私の婚約者たるフレイアが、君と友人になりたいそうでな。私も久しぶりに君を交えて茶でも飲みながら、世間話でもしようかと思う。これから付き合いたまえ」
「せっかくのお誘いですが、お断りいたします」
「……何だと?」
素っ気なく、しかも即答で断りを入れられ、さすがにユージンは不快な表情を隠そうとはしなかった。周囲の者達もその光景に肝を冷やし、フレイアに至っては金切り声を上げて非難してくる。
「まあぁ! マグダレーナ様、正気ですの!? ユージン殿下のお誘いをお断りするだなんて!?」
その台詞に、マグダレーナは不敵に微笑みながら言葉を返す。
「隣国の王女殿下に正気を疑われるような公爵令嬢と同席してお茶を飲むなど、殿下の見識を疑われる事態になるかと。それでは今日はこれから予定もあるので、御前失礼いたします」
「お待ちなさい!」
「フレイア、落ち着け」
「ですが殿下!」
そのまま鞄を手にその場を離れようとしたマグダレーナに、フレイアが怒声を浴びせる。そんな婚約者を押し止めたユージンは、薄笑いでマグダレーナと相対した。
「マグダレーナ嬢。君はこの学園で、キャレイド公爵家の一員として家を代表している自覚は無いのか?」
その問いかけに、マグダレーナは真っ向から言葉を返す。
「勿論ございます。両親から、我が家の品格家格矜持を損なわず学園生活を送るようにと厳命されております」
「ほう? それで私の誘いを無碍にしようというのか?」
「フレイア様とその周囲の方々とは、懇意にしていただけませんので。その私がフレイア様と殿下が同席する場にいたら場をしらけさせるだけですので、私なりに配慮いたしました。どうぞ殿下は、フレイア様と楽しいひと時をお過ごしくださいませ」
「それがキャレイド公爵家の意向というわけか」
「いかようにも解釈していただければよろしいかと」
軽く睨み合った時間は短く、すぐにユージンは面白くなさそうな顔つきで背後を振り返った。
「良く分かった。行くぞ、フレイア」
「ですが!」
「もう良い。あんな者に構うな」
(隣国の王女である自分に靡かないなら、婚約者の権勢を使って引き込もうとする辺り、どうかと思うわ。それに実際を目の当たりにしたら、ユージン殿下の卑小さも再認識してしまったわね)
本当にお似合いの二人だと内心で呆れていると、背後から称賛の声がかけられた。
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