(16)似た者同士

「お見事でしたわ、マグダレーナ様。何でも自分の思い通りになるのが当然と思い込んでいる方々は、本当に傍目には醜悪ですわね」

「……確かにそうかもしれませんね」

 これまでに何かにつけてフレイアと張り合ってきたメルリースは、自分の目の前でユージン達が拒絶されたのを見て、大いに溜飲を下げたようだった。そして敵の敵は味方とばかりに、マグダレーナに満面の笑みを浮かべながら同意を求める。


(鏡を見て同じ事が言えるなら、褒めてあげるわ)

 一応頷いてみせながらも、マグダレーナは内心で辛辣なことを考えていた。すると再び勢いよくドアが開けられ、慌ただしく複数人の生徒が入室してくる。


「メルリース、大丈夫か?」

 足早に自分に歩み寄った相手を見て、メルリースは軽く目を見張った。


「まあ、ゼクター殿下。今日は放課後にお約束はしておりませんでしたが、そんなに急いでどうかされましたの?」

「兄上が、大勢を引き連れて君の教室に押しかけたらしいと聞いて、急いでやって来たのだが。私の聞き間違いだったのか?」

 入れ替わりでユージン達が出て行ったとは知らない彼は、不思議そうに周囲を見回しながら告げた。するとそれを聞いたメルリースが、感激の面持ちで彼を見つめる。


「それでは、私を心配してわざわざ来てくださいましたの?」

「勿論だ。あの思慮に欠ける兄上や横柄な王女に、酷い言いがかりをつけられて君が傷つくのではないかと、気が気ではなかったよ」

「嬉しいです、ゼクター様!」

 僅かに頬を染めながら嬉々として応じたメルリースと、どこか取ってつけたような笑顔のゼクターを見て、マグダレーナは密かにしらけていた。


(婚約者を心配したのではなく、自分を強力に後押ししてくれている、メルリース様のイルアクス公爵家の機嫌を損ねないようにでしょう? この人はユージン殿下よりは頭は回るみたいだけど、計算高くて他人を利用できるか否かで価値判断するようなところがね……)

 これ以上関わり合いになりたくはなかったマグダレーナは、さっさと出て行こうと鞄を手に取った。しかしそこでメルリースが、余計な事を口にする。


「殿下、聞いてください。先程ユージン殿下が烏合の衆をぞろぞろ引き連れて来たのですが、マグダレーナ様がお誘いをきっぱりとお断りして見事に追い払ったのですわ!」

「マグダレーナ?」

(最悪……、やっぱりそうなるのね。出入り口を取り巻き連中で塞ぐ迷惑行為が兄弟同じとか。あなた達、いい加減にしなさいよ)

 そこでゼクターや彼が引き連れて来た取り巻き達の視線が自分に集まってしまったことで、彼女はそ知らぬふりで立ち去るのを諦めた。そしてゼクターが自分に向かって足を進めて来るのを、無言で待ち受ける。


「久しぶりだね、マグダレーナ嬢。君の噂は時折聞こえてくるよ」

 愛想よくかけられた言葉に、マグダレーナも礼儀正しく一礼して応じた。


「ご無沙汰しております、ゼクター殿下。殿下のお耳汚しになっていなければ良いのですが」

「そうですわ! 先程のお話をゼクター殿下にも聞いて頂きたいので、これからマグダレーナ様と一緒にカフェでお茶をしませんか?」

「私は構わない。時間があるしそうしようか」

「それではマグダレーナもご一緒に」

「せっかくのお誘いですが、お断りいたします」

「何?」

 他人の都合も聞かずに話を進めてくるメルリースの台詞を、マグダレーナは容赦なく断ち切った。それにゼクターが不快そうに、僅かに顔を歪める。しかしそれくらいで恐れ入るマグダレーナではなかった。


「先程も同様のお誘いをユージン殿下から受けましたが、これから用事がありますので丁重にお断りいたしました」

 王子を真っ向から見据えながらの拒絶に、教室内に居合わせた殆どの生徒達の表情が強張る。そんな中、メルリースが憤慨した声を上げた。


「はぁ!? ユージン殿下の誘いをお断りしたのなら、ゼクター殿下のお誘いを拒否する必要はないではありませんか!?」

「メルリース様。私は予定があると申しております。特に難しい事を口にしているつもりはありませんが、ご理解いただけないのでしょうか?」

「…………っ!」

 困ったものですねと言わんばかりの憐れむような表情での台詞に、メルリースは怒りのあまり顔を紅潮させた。そんな彼女を目線で黙らせたゼクターは、これまでの愛想の良さを消し去り、眼光鋭く問いを発する。


「それではマグダレーナ嬢。君の時間がある時に、都合を合わせて貰えないかな?」

 口調は丁寧なものながら、それは恫喝一歩手前の問いかけだった。しかしこの期に及んでもマグダレーナは怯えもせず、堂々と言葉を返す。


「都合を合わせても良いと思えるようになりましたら、謹んでお誘いをお受けいたします」

「それがキャレイド公爵家の総意なのか?」

 それを聞いたマグダレーナは、思わず失笑した。


「兄君と仰ることが同じですわね。ご兄弟で明確な差をつけたいと考えておられるなら、もう少し洒落た物言いと内容でお誘いくださいませ」

「……そうか、分かった。邪魔をしたな」

 彼女の主張を聞いたゼクターは、鼻白んだ様子で踵を返した。そしてそのまま出入り口に向かって歩き出す。


「ゼクター様!」

「メルリース。あんな者には構うな。行くぞ」

「はい!」

 完全に腹を立てたメルリースは、マグダレーナを一睨みしてからゼクターに付いて歩き出した。彼らは背後にぞろぞろと取り巻き達を従え、廊下へと出て行く。


(全く……、兄弟揃ってろくでもない。学園なんて狭い世界で自分の勢力を誇示していないで、自分の父親に認めて貰えるように切磋琢磨していく姿勢を見せていたら、もしかしたら陛下も自身の後継者として推す気持ちになっていたのかもしれないのに……。いえ、これは妄想に過ぎないわね。ところで、もう一人の方は……)

 忌々しげにゼクター達が出て行ったドアを眺めながら、マグダレーナは今更な事を考えた。そこで、本来であれば渦中にいる筈の存在を思い出し、何気ない素振りで振り返る。


(え!? いない!? あの状況で、いつの間に教室を抜け出したのよ!? それに私が立て続けに絡まれていたのに、一人我関せずとばかりにこの場から離れるだなんて信じられない!!  甲斐性無しって罵っても良いわよね!!)

 つい先ほどまで自分と同様に帰り支度をしていた筈のエルネストが、いつの間にか忽然と姿を消していたのを認識したマグダレーナは、心の中で盛大に彼を罵倒した。するとここで、背後からくすくすと堪えきれない笑い声が聞こえてきた。










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