(17)接触
「お疲れ様でした、マグダレーナ様」
「レベッカさん?」
振り返ったマグダレーナは、楽しげな声をかけてきたレベッカ・シアーズに、困惑気味に言葉を返した。すると彼女は、笑みを深めながら応じる。
「あ、やっぱりマグダレーナ様は、私の名前を憶えていましたね」
「同じクラスの生徒なのだから当然でしょう?」
「平民の名前など、覚えなくて当然という人の方が多いですよ? 誰とは言いませんが」
「確かにそうかもしれないわね……」
その筆頭がフレイアとメルリースであるのは疑いようがなく、マグダレーナは心底うんざりしながら溜め息を吐いた。そんな彼女に、レベッカが幾分心配そうに尋ねてくる。
「それにしても、大丈夫なのですか? どちらのお誘いも、あんなにあっさり断ってしまって」
彼女がそう口にした瞬間、まだ教室内に残っていた生徒達がこぞってマグダレーナの様子を窺う。しかしマグダレーナは周囲からの視線をものともせず、平然と言ってのけた。
「興味があって、有益なお誘いなら喜んでお受けしたのだけど」
「いえ、そういう意味ではなくて」
「家族は学園内での私の行為が、他人から咎められるものでなければ気にしませんから。あのお二方が不快に思ったとしても、それはあの方々の主観に過ぎません」
「ですがそれは、マグダレーナ様が無視できない程の大貴族のお家柄だからですよ。王族に平気で歯向かえるようなマグダレーナ様には、周囲を気にしないといけない家の方達は近寄る事もできないでしょうね」
笑いを堪える表情で言われたマグダレーナは、ここで不思議そうに問い返した。
「あら……。それでは、そういうあなたは?」
「あの方々からは視界に入れてもいただけない、取るに足らない平民ですので。マグダレーナ様に近付いても、逆に何の問題にもならないのでは?」
レベッカの主張を聞いた彼女は、呆れ顔で話を続ける。
「そんな事で人を選別するなんて、愚かなことね。選抜試験を潜り抜けて入学した平民の皆さんは、将来の有望な官吏候補なのに。次期国王としての自覚があるなら、将来の側近たる人物に相応しい生徒はいないかどうか、親交を深めて見極めようと思わないのかしら」
それを聞いたレベッカは、皮肉っぽく笑いながら話題を変えた。
「残念ながらそうではないみたいですね。ところでマグダレーナ様、これからのご予定は取り消せるものですか?」
「あら、どうして?」
「せっかくですので、もう少しマグダレーナ様とお近づきになりたいと思いまして。今後あの方達に絡まれたら、卑小な平民としては抗いようがありません。それで私の防波堤になっていただきたいと、少しばかり図々しい事を考えているものですから」
堂々とトラブル回避の盾になって欲しいと言われてしまったマグダレーナは、その申し出を図々しいなどとは思わず、小気味良ささえ覚えながら快諾する。
「正直で強かね。それに、そういう図々しさなら大歓迎よ。幾らでも私を頼って頂戴。どうせ私は、王子殿下のご威光などそこら辺に転がっている塵程度にしか思っていない、傍若無人で鼻持ちならない公爵令嬢ですもの」
「確かにあの人達、今頃マグダレーナ様の事をそんな風に言っていそうですよねぇ」
「だからむしろ、あなたの評判が落ちそうな気がするのだけど」
「平民って事でただでさえ無視されているのに、評判の落ちようがないと思うのですが」
「あなたがそういう考えなら、私は別に構わないわ。それではカフェに……、いえ、今出向いたらあの方達と鉢合わせするわね」
「それではお天気も良いですし、庭園を散歩しながらベンチでお話しませんか?」
「それは良いわね。行きましょう」
あれよあれよという間に意気投合した二人は、連れ立って教室を出て行く。その一部始終を目の当たりにしたクラスメイト達は、呆気に取られて彼女達を見送った。
「それにしても、王子殿下が二人揃って出向いてくるなんてね。今日は厄日だわ」
並んで廊下を歩きながら、マグダレーナが愚痴を零す。それをレベッカが苦笑いで宥めた。
「まだ時間差で良かったと思いましょう。今後、そんな修羅場になる可能性は幾らでもあるでしょうし」
「それもそうね……。あまり現実を直視したくなかったけど」
そんな雑談をしながら二人が校舎から外へ出ると、軽く周囲を確認してからレベッカが囁いてくる。
「それで……、ちょっと人目がないところで、マグダレーナ様に折り入ってお伝えしないといけないことがあります。それで、お付き合いして貰いましたので」
「そうなの? それなら聞かせてもらうけど」
何となく嫌な予感を覚えつつマグダレーナは足を進め、広い庭園が見渡せるベンチの一つにレベッカと並んで腰を下ろした。
「ここなら大丈夫かしらね。見通しが良いから、人が近づいてもすぐに分かるし」
「そうですね。それで早速ですが、マグダレーナ様は私の名前をレベッカ・シアーズ と認識していると思います」
「ええ、そうよね? 実は違うのかしら?」
「違いません。ただ、私の母方の伯父の名前が、ベリル・アジルスです」
「アジルス? どこかで聞き覚えが……」
そこで記憶を探ったマグダレーナは、すぐに該当する名前を探し当てた。
「その……、もしかしたら我が家に出入りの、領地で収穫された穀物の集荷販売を一手に担っている、ジャルデイ商会会頭の名前、かしら?」
「正解です」
真顔で力強く頷かれてしまったマグダレーナは、微妙に顔を引き攣らせながら問いを重ねる。
「その会頭の姪に当たるあなたが、私と同じ年にクレランス学園に入学したのは、単なる偶然かしら?」
「偶然だと思われますか?」
「全然思わないわ」
(お兄様……、ネシーナ様の事といい、実の妹にまで徹底した秘密主義は改めていただきたいですわね⁉︎)
目の前のクラスメイトが、密かに兄が手配した人物だと確信したマグダレーナは、再び心の中で兄を罵倒した。
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