(28)憂いの解消と伝播

 創立記念式典当日。シレイアは家まで迎えに来たローダスと共に、正装で総主教会に向かった。常に余裕を持って行動している二人は、その日も例に漏れず開始時間にかなり余裕を持って出向いたのだが、総主教会内は、既に華やかな祝典に相応しい賑わいを見せていた。


「早めに来たが、なかなかの人出だな」

「大聖堂での式典ですものね。開始時間が迫ったら、出入り口付近の通路はもっとごった返す筈よ。早めに来て正解だったわね」

「ええと……、俺達の席に一番近い出入り口は……。西側かな?」

 割り振られた席の一覧表を確認しながら、二人は周囲を見回した。そこで少し離れた所から、親しげに声をかけられる。


「やあ、ローダス、シレイア。記念式典参加、ご苦労様」

 そう言って笑顔で歩み寄って来たケリー大司教に、二人は恭しく頭を下げた。


「ケリー大司教様」

「ご無沙汰しております」

「元気そうでなによりだね。それに学業でも、頑張っているそうじゃないか。クレランス学園で、学年一位と二位を二人で占めていると聞いたよ? なかなかできることではないからね。凄い事だ」

「ありがとうございます」

「これからも精進します」

 これはかなり噂が広がっているようだと、二人は改めて認識しながら頷いた。すると急に真剣な面持ちになったケリー大司教が、微妙に声を低くしながら問いかけてくる。


「ところで……、この機会に君達に少し尋ねたい事があるのだが、構わないかい?」

「それは勿論、構いません。そちらのお時間が大丈夫なら」

「どういったお尋ねですか?」

 相手の真剣な表情に、二人は不思議に思いながら問い返した。すると彼は幾分逡巡してから、核心に触れてくる。


「その……、クレランス学園の官吏科に進級する生徒は、全国から集まった選抜試験に受かった平民の生徒が多いと聞くが、無試験で入学した貴族の生徒も在学中に優秀な成績を修めれば、官吏科に進級できるのだろう?」

「え、ええっと……。ええ、はい。勿論、そうですね……」

(これってもしかして、アリステアが学年で15位の成績を修めて、官吏科に進級するのを裏付けしたくて尋ねてきてるの!? え、ちょっと待って! 嘘を言うわけにはいかないから、とりあえず内容に注意して話を進めないと!)

 シレイアは咄嗟に頷きながら、内心の動揺を押し隠した。ローダスも同様に密かに狼狽したが、傍目には冷静に補足説明をする。


「その……、具体例を挙げますと、貴族でも実家があまり裕福でない方や、長男以外の方で外に出るのが確定事項の人は、官吏登用を目指して勉学に励む場合がありますから」

「現に剣術大会の準備を進める上で知り合った官吏科上級学年の方も、貴族出身ですけど優秀な成績を修められています。姉妹が多くて、末娘のその人に実家が持参金を準備できないだろうから、自分の生活費は自分で稼ぐと雄々しい発言をなさっていました。それで見事に官吏登用試験に合格して、今度官吏に就任されます」

 実際の知り合いを、シレイアは例に挙げてみた。するとケリーが、真顔で確認を入れてくる。


「そうなると、その方は貴族出身の女生徒なのだね?」

「はい。それに官吏科に所属しなくても、あっさり官吏登用試験に受かる規格外の方もおられますし。エセリア様の兄上の、ナジェーク様の事ですが」

「ですから、官吏に就任できるのは、平民出身の官吏科所属の生徒だけというわけではありませんよ?」

「ああ、そう言えばそうだった。そうか……、やはり貴族出身の女生徒でも、官吏になれるのだな……」

(ええ、その方もナジェーク様も、もの凄く優秀でしたからね。誰かさんとは比較にもならないくらい。言うつもりは無いけど……)

 シレイアとローダスの説明に、ケリー大司教は感慨深げに頷く。


「確かに官吏科所属の生徒は平民出身者が大半を占めていますが、様々な事情で貴族の方も所属しています」

「現に、私達のクラスにもいますが、貴族だ平民だと意識する雰囲気はないですね。そんな事に拘っているような人間が、文句のつけようもない成績を修められないと思います」

「なるほど、良く分かった。これで憂いが取れて、すがすがしい気持ちで記念式典に臨むことができる。二人とも、ありがとう」

 二人の、嘘は言っていないが全てを伝えていない説明を聞いて、ケリー大司教は晴れ晴れとした笑顔を見せた。それに二人は恐縮しつつ、神妙に言葉を返す。


「いえいえ、官吏科についてのお話しがどう憂いの解消に繋がったのかは分かりませんが、少しでもお役に立つことができて光栄です」

「ケリー大司教様は総主教会、ひいては国教会を背負って立つ、かけがえのない方ですから。私達で良ければ、なんでもお尋ねください」

「さすがはキリング総大司教と、カルバム大司教のお子様たちだ。改めて感じ入ったよ。官吏登用を目指す者は、君達のような生徒を見本として精進するべきだろうな」

「そんな……、私たちなど……」

「恐縮です」

 手放しでの賞賛に、さすがに二人は面映ゆくなった。しかしケリー大司教の次の言葉で、二人の笑顔が微妙に強張る。


「そこで謙遜するところがさすがだよ。エセリア様が王太子妃、ひいては王妃になり、彼女を君達のような優秀な官吏がしっかり支えてくれたら、この国の未来はこれまで以上に明るいな。いやあ、実に楽しみだ」

「…………」

 咄嗟に言葉を返せなかった二人が固まっていると、ケリー大司教は廊下に設置してある掛け時計の時刻を確認し、慌て気味に別れの言葉を口にした。


「おっと、そろそろ集合時間だ。二人とも、こんな所で立ち話をさせてしまって悪かったね。失礼するよ」

「いえ、お構いなく」

「私達も失礼します」

 二人はそのまま、ケリー大司教を見送った、そして角を曲がってその姿が見えなくなってから、声を潜めて語り合う。


「やっぱり、今の内容って……。アリステアが官吏科に進級するって出まかせを、頭から信じ切っているってことだよな?」

「どう考えてもそうよね。あんな善人相手に……、あの厚顔無恥のお花畑がっ!」

「それに……、エセリア様は王太子妃にも王妃にも、なるはずないんだよな……。言える筈もないが……」

「そうね。だから、それがどうしたのよ?」

 暗い顔で言葉を途切れさせたローダスに、シレイアは不審そうな目を向けた。するとローダスが、胃のあたりを押さえながら呻くように呟く。


「あそこまで、アリステアの話を信じて疑わないケリー大司教様の顔を見ていたら、なんだか胃の調子が……」

「あとで家にある、良く効く胃薬を分けてあげるから! ほら、さっさと私達も大聖堂に行くわよ!」

 式典の開催時間が迫っていたこともあり、シレイアはローダスを引きずるようにして、大聖堂の中に入って行った。

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