(7)追いつかない時代

 同じ頃、何人かの人物を探していたエセリアは、そのうちの一人が前方を歩いているのを首尾良く発見し、声をかけた。

「セレーネ様、少々お時間を頂けないでしょうか?」

 背後からのその声に、レオノーラやごく親しい友人達と共に談笑しながら歩いていたセレーネは、驚いて足を止めて振り返った。


「エセリア様? 私に何かお話が?」

「はい、すぐに済みますので。勿論、皆様に聞いて頂いても構いません」

「何でございましょう?」

「今日、殿下が音楽祭に関してのアンケートをお願いしましたでしょう? その中に『参加を希望するか否か』の項目がありましたが、セレーネ様がどうお答えになったかと思いまして」

 それを聞いた途端、セレーネが僅かに顔を歪め、彼女の背後に立つレオノーラを含む三人は、無言で顔を見合わせた。


「……エセリア様のお話と言うのは、音楽祭への参加要請ですか?」

 すぐにセレーネが慎重に問い返すと、エセリアはそれに真顔で首を振る。

「いえ、そんな事は。私も参加に関しては『否』と書きましたし」

「エセリア様は、お出になられないのですか?」

 本気でセレーネが驚き、周りの者も呆気に取られる中、エセリアは落ち着き払って話を続けた。


「出る出ない以前に、私は音楽祭など開催する必要は無いと考えております」

「何故ですか? あなたは昨年、革新的な演奏をなさいましたのに」

 思わず問い質したレオノーラにも、エセリアは理路整然と答える。


「あれはグラディクト殿下が、開催を教授方に決定させた後に参加要請されたので、殿下の顔を潰さない為に仕方無く……、ですわ。出るならば立場上、それなりの発表をしなければいけません。ですが現時点では、殿下が開催を教授方に認めさせる為に、意見集約をしているだけですから」

「…………」

 それを聞いて再び押し黙った四人に向かって、エセリアは冷静に現状分析をしてみせた。


「確かに昨年のあの演奏は、画期的だと持て囃されました。ですが大規模な会場で多人数に向けての演奏や興行をするには、まだ社会的に期が熟していないと私は考えています。それは大衆に幅広い娯楽がもっと行き渡る、もう少し先の話ではないかと。音楽を楽しむ場としては、まだまだ小規模でのサロン形式が主流でしょう」

 彼女がそう主張すると、セレーネは傍目にもはっきり分かるほどに安堵しながら、それに賛同した。


「私も同様に感じておりました。やはり昨年は、随分勝手が違っていて……。エセリア様にそう言って頂けて、安心致しましたわ」

「ええ、ですから本当に参加要請などは致しませんからご安心なさって」

「ですが……、殿下はどうお考えでしょう? いきなりあんなアンケートとやらを持ち出す位ですのよ?」

 ここで難しい顔で考え込みながらレオノーラが懸念を口にした為、その場の空気が重くなりかけた。しかしここでエセリアが、落ち着き払ってある提案をする。


「私が懸念しているのも、そこなのです。参加者が少ないと、昨年の参加者に参加を強要しかねません。それでセレーネ様が参加を希望されないなら、私の名前を出してお断りなさって下さって結構です。それをお伝えしたかったのですわ」

「エセリア様のお名前を、ですか?」

 言われた意味が咄嗟に理解できず、口ごもったセレーネだったが、レオノーラはすぐに彼女の意図するところを悟った。


「それはつまり……、『昨年のエセリア様の演奏と比べたら、同じ場に立つのは恐れ多い』とか『エセリア様がお出にならないのに、私如きが出るわけにはいきません』とか申し立てて、固辞すれば良いと仰る?」

「話が早くて助かります。バリエーションはお任せしますわ」

「本当にそんな事を口にして、宜しいのですか?」

 半ば驚きながら確認を入れたセレーネに、エセリアは力強く頷いてみせた。


「勿論です。殿下からの苦情は、私が纏めて引き受けます。遠慮無く、私に回して下さいませ」

 そこまで話を聞いたレオノーラの判断は、実に早かった。


「分かりました。セレーネ、ルディス、キリエ。私達で手分けして、昨年の音楽祭出場者に、今の話を伝えましょう。やはり参加者は、貴族科に所属している方が多かった筈ですから」

「助かります。と言うか、実はそう言って頂けるのを当てにして、先に今年の教養科で有望な方や、官吏科や騎士科での参加者から、説明に回っておりましたの」

 打てば響くようなエセリアの物言いに、レオノーラは苦笑しながら言葉を返した。


「まあ……、それでは私、体よくエセリア様に使われる事になりますのね?」

「甘んじて、使われて頂ければ嬉しいです」

「使われましょう」

 そこでレオノーラ達から全面的な協力を得られたエセリアは、笑顔で彼女達と別れて廊下を進んだ。


(これで何とか、希望しない生徒に参加を無理強いさせる事は防げそうだわ。勿論、本当に参加したい人がいるのなら、邪魔する気は無いんだけど……。やっぱりああいう広い所での大音響の演奏は、まだまだ時代が追い付いていないわね)

 しみじみとそんな事を考えたエセリアだったが、すぐに意識を切り替えて、次に取るべき対策を考え始めた。

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