(3)苦々しい思い

「ありがとう、ルイザ。ミリアーナとアイリーンの事を、本当に心配してくれたのね。最近は屋敷に寄り付かなくて、まだ赤ん坊のアイリーンはともかく、ミリアーナが寂しい思いをしている事に全然気が付かなかったわ。叔母失格ね」

「カテリーナ様に非はございませんから」

 そう言って穏やかに慰めたルイザだったが、すぐに口調を改めて懇願してきた。


「ですが、今日はカテリーナ様にお相手していただいて、ミリアーナ様がとても楽しそうに過ごされておりました。今後はもう少し屋敷にお戻りいただいて、ミリアーナ様の様子を見ていただけないでしょうか? エリーゼ様の縁談攻勢の回避策については、今まで以上に取り組ませていただきますので」

 その申し出に、カテリーナは力強く頷く。


「分かったわ。今後は今までより、頻繁に帰宅するようにします。それに目に余るようなら、波風を立てる事は承知の上で、義姉様や兄様に意見させて貰うから。ルイザ、ミリアーナ達の事も含めて、頼りにしているわ」

「お任せください。それで……、その代わりといってはなんですが、一つお伺いしたい事があるのですが」

「私に分かる事なら構わないし、答えるけど。何かしら?」

 そこでルイザは、神妙な顔付きで言い出した。


「私の勝手な推測ですが、カテリーナ様がナジェーク様と首尾良くご結婚されてシェーグレン公爵家にお入りになれば、ジェスラン様とエリーゼ様がガロア侯爵家後継者の立場は安泰と判断して、今の状態より落ち着かれると思うのです」

「確かに考えられるわね。今現在では、王太子派中枢の家との縁談なんて冗談じゃないと、話が持ち上がった段階で横槍を入れてくるのは確実だけど」

「ですがナジェーク様は、何らかの手を打っておられるのですよね? このまま手をこまねいておられるわけは無いと思いますが、いつまでこのような状態が続くのかと思いまして……」

 そんな懸念を聞かされたカテリーナは、深く考え込んだ。


(確かに、解決の目処が付いていないとなったら、ルイザだっていつまでこの状況が続くのかと不安になるわよね。エセリア様が婚約破棄に向けて裏工作している真っ最中の筈だけど、さすがにそこまでは打ち明けられないし……。でもナジェークは確か、彼女の卒業までには何とか目途をつけるとか何とか言っていたから、そうなると事態が動くまで、あと一年強かしら? その時期位は、教えても良いわよね?)

 時期だけでも伝えておいた方が良いだろうと判断したカテリーナは、迷わずそれを伝えた。


「ルイザ。現時点で明言はできないけれど、あと一年後位には事態が動く筈よ。そのつもりでいて頂戴」

「そうでしたか。分かりました。そのつもりで、精一杯務めさせていただきます」

 途端に顔付きを明るくしながらルイザは、軽く頭を下げてから話を続けた。


「それから、お寛ぎのところ誠に申し訳無いのですが、早速エリーゼ様から厳命されている事がございまして」

「今度は何?」

「お察しの事と思いますが、近々エリーゼ様達がカテリーナ様との縁談成就を目論んでいる殿方達のアピールの一覧です。本当は私の口から自然に噂や評判を耳にしたという体裁を装ってカテリーナ様のお耳に入れるように言われているのですが、もう暗記するのも面倒なのでこのまま読んでいただけますか?」

 そこでどこからともなく折り畳まれた何枚かの用紙を、ルイザが如何にもうんざりした表情で差し出してきた為、カテリーナは無言でそれを受け取って内容に目を通した。そして一通り眺めてから、苦笑の表情で確認を入れる。


「これでもかと言う位、大袈裟な美辞麗句が連なっているけれど、全てが事実では無いのよね?」

「それの半分は盛大に盛られていますし、半分は姑息な言い換えと思っていただければよろしいかと」

 真顔でそんな事を断言されてしまったカテリーナは、思わず失笑してしまった。 

「そうでしょうね……。毎回毎回、あなた達も大変ね」

「カテリーナ様程ではありませんから」

 そこでカテリーナにつられたように苦笑いしたルイザが、この場を離れる断りを入れてきた。


「それでは私は一度下がって、エリーゼ様のところに報告に行って参ります。『懇切丁寧に皆様の美点や魅力をお伝えしましたが、カテリーナ様は聞く耳を持つどころかあからさまに無視されて、相変わらず立ち居振舞いが粗雑極まりない方ですわ』と憤慨して訴えておきます」

「ヒステリーを起こされないように、気を付けてね」

「今更ですから。気にしておりませんので、お気遣い無く」

 そうしてルイザは笑顔で退出し、私室に一人残ったカテリーナは冷めかけたお茶を飲みながら、たった今聞かされた内容について考えを巡らせた。


(屋敷内に確実に味方が居るのが分かって、心強いわね。だけど、ミリアーナ達がそんな事になっていたなんて……。お母様は侯爵夫人だけど、どんなに社交が忙しくてもきちんと私達との時間は取ってくれたし、私が兄様達と差を付けられた記憶も無いわ。家によって、考え方がそんなに違うものなの? お義姉様はダトラール侯爵家で、一体どんな風に育てられたのかしら……)

 他家には他家の事情や方針があるとは頭の中では理解していたものの、カテリーナはどうにも釈然としないまま、冷めて苦味が増したように感じるお茶を飲み進めた。

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