(17)音楽祭対策

 ローダスから話を聞いた後、少し悩んでいたエセリアだったが、長期休暇に入り、寮からシェーグレン公爵邸へと戻った翌日に、マリーリカを屋敷に招いた。

「マリーリカ、休暇に入ったばかりなのに、呼びつけてしまってごめんなさいね」

 応接室の一つで顔を合わせるなり謝罪してきた従姉に、マリーリカは笑って返す。


「気になさらないで下さい、エセリア姉様。何か、お急ぎの用事がおありなのでしょう? お姉様が無駄な事など、する筈はございませんもの」

「それはそうなのだけど……。厳密に言えば急ぎの話では無いし……、正直、あなたを巻き込むのは、どうかと思うのよ。だけどやっぱり、あなたと一緒に出た方がインパクトが大きくて、より効果的だと思うし……」

 何やら煮え切らない態度で、ぶつぶつと自問自答気味に呟いているエセリアを見て、マリーリカは困惑した。


(一体、何事かしら? お姉様がこんな風に言い難そうにしておられるなんて、初めて目にしたかもしれないわ)

 そう考えた彼女は、わざと明るく笑い飛ばしてみた。


「お姉様、遠慮なく仰って下さい。私にできる事なら、何でも致します。その代わりに無理だと思う事は、即行でお断りさせて頂きますので、ご容赦下さいませ」

「そんなに無理難題を押し付けるつもりは無いから、心配しないで」

「それを聞いて、安心致しました」

 思わずエセリアも釣られて笑い、室内に和やかな空気が満ちた。それに幾分救われたように、エセリアがいつもの口調で話し出す。


「実は休暇明けに、学園で音楽祭を開催する事が決まっているのよ。詳細を含めて、まだ公表されてはいないけれど」

 そんな寝耳に水の話を聞かされて、マリーリカは目を丸くした。

「音楽祭? それはどんな催し物ですか?」

「器楽演奏や声楽に自信がある生徒に、全生徒の前で発表させる事になるわね」

 しかしそれを聞いて、彼女の疑念が余計に膨らむ。


「全生徒の前で、ですか? あの……、音楽室とか教室とかではなく?」

「ええ、講堂での開催になると思うわ」

 そこまで聞いたマリーリカは、はっきりと疑問の声を上げた。


「お姉様? どうしてそんな催しを、開催する事になったのですか? それに休み明けに開催と言うなら、休みに入る前に何らかの告知が無ければ、おかしいと思いますが」

「グラディクト殿下がソレイユ教授に、休み明けに公表するように指示を出したそうよ」

「え? どうして殿下がそんな事を?」

 淡々と続けられる説明を、マリーリカは戸惑いながらもおとなしく聞いていたが、エセリアが次に口にした内容を聞いて、瞬時に怒りの形相になった。


「そもそも、その音楽祭は、ピアノだったら多少は自信があるらしいミンティア子爵令嬢に、全校生徒の前で活躍させる場を設ける為に殿下が企画したと言えば、おおよその所を分かって貰えるかしら?」

「何ですって!? お姉様、それは本当ですか!?」

 叫ぶと同時に、マリーリカが勢い良く立ち上がったせいで、椅子が見事に背後に倒れた。それは淑女としては有り得ない失態であり、エセリアは苦笑しながら宥める。


「マリーリカ、落ち着いて。ルーナ、椅子を戻して頂戴」

「マリーリカ様、どうぞ」

 すかさず歩み寄ったルーナが椅子を持ち上げ、マリーリカが座る位置にセットした為、彼女はエセリアとルーナに詫びながら、おとなしく座り直した。


「失礼致しました……」

「良いのよ。気にしないで」

 そして再びテーブルを挟んで向かい合ってから、マリーリカが半ば呆然としながら、思うところを述べる。


「ミンティア子爵令嬢の事は、お姉様にお話しして以降も、色々耳にしてはいましたが……。まさか殿下が、そこまでなさるとは……」

「それでその音楽祭に、おそらく私も参加する事になるわね。殿下は私が音楽が苦手だと思い込んでいるし、アリステア嬢の引き立て役にでもするつもりではないかしら」

 皮肉っぽくエセリアが告げると、マリーリカは何とか怒りを抑えながら、素朴な疑問を口にした。


「お姉様を引き立て役にするなど、以ての外ですが……。どうして殿下は、お姉様が音楽が苦手だなどと、そんな変な勘違いをなさっておられるのですか? お姉様は王妃様主催の、後宮の私室での演奏会でも、きちんと演奏されておられましたよね?」

「それはちょっと意図的に、苦手だと思い込ませてみただけなのだけど」

「そんな事が可能なのですか?」

 まだマリーリカは微妙に納得しかねる顔付きだったが、エセリアは笑って誤魔化した。


「それで先程話に出た、王妃様の所での演奏会で聴いた、あなたの歌声が忘れられなくて、是非とも私に力を貸して欲しいと思って、声をかけたのよ」

 それを聞いたマリーリカの顔も、漸く笑顔になった。


「光栄です。それで私は、何をすれば宜しいのですか?」

「賛美歌の《光よ、我と共に在れ》は知っているかしら? 三番まであるらしいのだけど」

「それは……、確かに一番は聞き覚えがありますが、二番と三番は……」

 自信なさげに考え込んだ彼女を、エセリアが笑って宥める。


「確かに普通に演奏される場合は、一番だけで終わるみたいね。そうだと思って、三番までの歌詞を書いて貰った物があるの。ルーナ、お願い」

「こちらでございます」

 今度は自分の前にルーナが用紙を差し出し、それを静かにテーブルに置いた為、マリーリカは無言で目を走らせた。そんな彼女を見ながら、エセリアが話を続ける。


「それを私の伴奏で、音楽祭で歌って貰えないかしら? ただし本来のメロディーではなく、別の曲に合わせて歌って貰うのだけど」

「別の曲……。どのような曲でしょうか?」

 ここで顔を上げて尋ねたマリーリカに微笑みかけながら、エセリアが優雅に立ち上がった。


「今から弾いてみせるから、そのまま聴いていて頂戴」

「はい」

 そこはピアノが設置している第三応接室であり、エセリアは落ち着き払って椅子に座り、学年末休暇の時にローダスとミランに披露した曲を、躊躇い無く披露し始めた。当初、素直に聴く姿勢になっていたマリーリカだったが、すぐに驚きに目を見張る。


「え!? これって……。この旋律は!?」

 そして彼女はエセリアの演奏が終わるまで、驚愕で身じろぎもせずに固まっていた。

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