(10)一所懸命のご奉公

「それで、こちらの求人に応募した理由ですが、私が条件に合致していると思ったからです。山育ち山暮らしで気力体力は十分ですし、クマを落とす穴を掘れるくらい根性はありますし、運気はあるかどうか今一つ不明ですが、両親が死んでも姉妹で不自由なく暮らせましたし、運は良い方だと思います」

「…………」

 ルーナが真っ正直に告げると、室内に不気味な沈黙が漂う。ここで、これまで他の少女達の話を遮ってだけきたケイトが、詳細について尋ねてきた。


「それで? 親が居ないなら、どうやって生活しているのですか?」

「ひと月前から、この街の母方の伯父夫婦の家で、ご厄介になっています」

「なるほど。身内が少なくて後がないという条件にも合致していますね」

「あ、でも、伯父さん達は良くしてくれますので、厳密に言えば後がないとかの条件には当てはまらないかもしれません。『無理して働きに出ることはない』と言ってくれましたし」

「そうですか。優しい伯父様で良かったですね」

「私もそう思います」

 淡々とした二人の会話だったが、ここで他の少女達が一斉に非難の声を上げた。


「ちょっと! さっきから黙って聞いていれば、何よそれは!?」

「そうよ! 働く気がないなら、ここに来ないでよ!」

「大体、お屋敷勤めをする人を探しているのに、山育ちですって!?」

「身の程知らずにも程があるわ!」

「読み書きもまともにできないのじゃない? 恥ずかしいわね」

「それにお屋敷に来るのに、そんなみすぼらしい格好で来るなんて」

「本当に常識がないわね!」

「こんな物知らずな姪を引き取る羽目になって、その伯父さんは相当困っているんじゃないの?」

「……なんですって?」

 さすがに腹に据えかねたルーナが言い返そうとした時、ケイトが鋭く叱責した。


「お黙りなさい!! 私はあなた達に、発言を許可した覚えはありません!!」

「…………」

 それで瞬時に室内は静まり返ったが、ケイトは再び端から順番に問い質し始めた。


「それではあなたに尋ねますが、求人の通知の中に『試験時に着飾って来るように』との服装規定が書いてありましたか?」

「え? それは……」

 いきなり問われて口ごもった少女に、ケイトが鋭く問いを重ねる。

「書いてあったのですか? なかったのですか? こんな簡単な問いも答えられないほど、あなたは読み書きができなくて、愚鈍だと言うのですか?」

「……書いてありませんでした」

 屈辱のあまりボソッと彼女が呟くと、ケイトはすぐに隣の少女に追及の矛先を向けた。


「それではあなた。随分とお金と手の込んだ服装をしていますが、その格好でメイドの仕事ができると思っているのですか?」

「いえ、それは確かにできないと思いますけど、実際にこの場でそんな事をする筈が」

「できるかできないかだけ答えればよろしい。質問の意図を読み取れないほど、あなたは教育を受けていないのですか? それとも教育を受けてすべて無駄で、全く身に付いていないのですか?」

「……できません」

 ケイトは少女の弁解の台詞を一刀両断し、すぐさま次の少女に問いかけた。


「それではあなた。つい先程、メイドの仕事をこの場でする筈がないとか隣の彼女が言っていましたが、あなたも同意見ですか?」

「あ、あの……、ひょっとしたら、するかもしれません……」

「その場合、あなたの服装は適切ですか?」

「……相応しくありません」

 しどろもどろになりながら消え入りそうな声で答えた少女から、ケイトはすぐに視線を移した。


「それではあなたに尋ねますが、他人の試験中に口を挟む行為は、褒められることでしょうか? 窘められることでしょうか?」

「……窘められることだと思います」

「それなら何故先程そのような行為に及んだのか、簡潔に納得のいく説明をしてください」

 冷えきった声で促された少女は、ケイトに向かって勢い良く頭を下げた。


「あの! 本当に申し訳ありませんでした!」

「謝る相手が違いますし、私が要求したのは説明であって、謝罪ではありません。見当違いなことをしないでください、迷惑です。本当に、どのような教育を受けたのやら。親の顔が見たいですね」

「…………」

 全く感銘を受けない様子で冷笑すら浮かべているケイトを見て、少女達は悔しげに黙り込んだ。しかしケイトはどこまでも容赦がなかった。


「ああ……、そう言えば、あなた達にぞろぞろと付いてきた愚か者達がいると執事が呆れ顔で報告していましたし、待機場所に行って直接不採用の理由を説明すれば良いですね。それに色々と家の自慢をしていましたし、どこの家が娘にどのような躾を行っているのか、試験結果に合わせて公爵様にご報告することも伝えておきましょう」

「……っ!」

「そんな!」

「酷い!」

 ケイトが淡々と告げた内容を聞いて、少女達は揃って顔色を変えた。躾がなっていないなどと親に告げられたら、自分達が叱責されるのが確実な上、公爵様にどんな悪評が耳に入るか分からない状況では、後々の商売にも差し支えかねない可能性すら考えられたからである。


(う、うわぁ……、この人、容赦が無さすぎる。確かにこの人の方が立場が上だけど、ここまでネチネチ言わなくても……。さっきは皆に腹が立ったけど、気の毒になってきたわ)

 ただ一人、伯父の名前も店の話も持ち出さなかったルーナは冷静に状況を観察していたが、そんな彼女にケイトが再び声をかけた。


「つまらない事で時間を浪費しました。あなたの方から他に話がなければ、一芸披露に移ってください」

 そう促されたルーナは、慌てて持参した布袋から一個のオレンジを取り出し、ケイトに手渡した。

「あ、はい……。それでは、これをお願いします」

「オレンジ? これをどうするのですか?」

「その……、天井にぶつからない程度に、人のいない方に向かって投げて貰いたいのですが……」

「はぁ?」

 素直にオレンジを受け取ったケイトだったが、ルーナの指示に戸惑った顔になった。


「……駄目でしょうか?」

「いえ、構いません。それでは……、そちらに投げれば良いですか?」

「はい、お願いします」

 少女達がいない方を指し示しながらケイトが確認を入れ、それにルーナが素直に頷く。


「それでは、投げますよ? それっ!」

「はぁあっ!」

 一応声をかけながらケイトがオレンジを放り投げると、ルーナは素早く布袋から抜き身のナイフを取り出し、気合い一閃それを放った。それは一直線にオレンジに向かって、見事に命中する。それによってナイフが深々と刺さったオレンジが、床に落ちて僅かに転がった。


「……え?」

「きゃ、きゃあぁぁっ!」

「なっ、何っ!」

「剣が刺さったわ!」

「は? 剣じゃなくて、単なるナイフですけど?」

 動揺して悲鳴を上げた周囲に向かって、ルーナは冷静に間違いを指摘したが、それが他の少女達の怒りを買った。


「『ナイフですけど』じゃないわよっ! そんな物、投げないでよ!」

「そうよ! 危ないじゃない!」

「危ないから、人がいない方に投げて貰ったんですけど?」

「そういう問題ではないわよね!?」

「お黙りなさい!!」

「…………」

 そこでケイトが一喝し、再び室内が静まり返った。そして彼女はルーナに向き直り、冷静に言い聞かせる。


「あなたの特技は分かりました。ですが公爵家の皆様をお守りするのは、騎士の仕事です。通常であれば、メイドが武芸で貢献することはないでしょう」

「……ごもっともです」

 端から反論する気はなかったルーナは素直に頷いたが、それを見た他の少女達はここぞとばかりに言い募った。


「ほら、見なさい!」

「本当に非常識よね!?」

「何を考えているのよ!」

「……ですが、襲撃によって騎士が全員倒され、メイドが身を呈して仕える方々をお守りしなければならない状況に陥る可能性は、未来永劫皆無とは言えません。そんな時に、ナイフが飛んだ位で悲鳴を上げて狼狽えるだけの体たらくで、お役目をまっとうできると思っているのですか? 心得違いもいい加減にしなさい」

「………………」

 ケイトが少女達を冷たく見据えながら放った台詞によって、再び室内が沈黙が満ちる。


(ナイフを投げておいてなんだけど、そんな可能性は限りなくゼロに近いと思う……。それって、どんな非常時よ。内戦? 反乱?)

 ルーナが唖然としている間に、ケイトは離れた所に落ちたオレンジを回収し、ナイフが刺さったままのそれをルーナに手渡した。


「きちんと持って帰りなさい」

「あ、はい。ありがとうございます。あの……、一つ聞いても良いですか?」

「なんでしょう?」

「その……、ナイフを投げたのを見て驚いたり怖くなったりしないんですか?」

 ルーナのその問いかけを聞いたケイトは、僅かに目を細めながら応じる。


「……投げたあなたがそれを言いますか」

「申し訳ありません!」

 反射的に頭を下げたルーナだったが、ケイトの口調は変わらなかった。


「驚きましたし、少々恐ろしかったですが、それを面に出しても、私にとって何の益にもなりません。ただ、それだけのことです」

「そうですか……」

(何この人、本当に手強い!)

 ルーナが本気で戦慄していると、そんな彼女には構わず、ケイトはさっさと話を進めた。


「それでは、今回の採用試験の合格者は、ルーナ・ロゼレムとします。他の者は帰ってよろしい。私から親に不合格の説明をして欲しい者は、控え室からこちらに親を連れて来なさい」

「いえ、結構です!」

「失礼します!」

 少女達は親が待つ控え室に我先にと逃げ去り、ルーナが取り残される。


「保護者である伯父様を交えて、あなたの勤務契約の説明などをしますので、このまま残ってください。今、伯父様を呼びに行かせます」

「は、はぁ……。どうも……」

(この目力の強さと感じる威圧感は、もはやクマ並み……。これから大丈夫かな、私? ちょっと早まったかも……)

 この短い間に、ケイトが一筋縄ではいかない相手だと分かってしまったルーナは、密かに冷や汗を流した。それは言葉の端々で悟ったゼスランとミアも同様だったらしく、説明に同意して契約を済ませて帰途についた三人の表情は、揃って微妙な代物だった。



「ただいま……」

「おねえちゃん、お帰りなさい!」

「ルーナ、父さん、母さん、どうだった?」

 三人が帰宅すると、アリーとリリーが真っ先に出迎えた。その問いかけにルーナが、引き攣り気味の笑顔で答える。


「うん……、最初はイノシシレベルかと思ったら、実はクマ並みだった……。逆に仕留められないように、全力で頑張る。相手にとって不足なしだわ」

「……え? クマ?」

「仕留めるって……、何を? 誰が?」

 困惑する娘達を見ながら、ゼスランとミアが盛大に溜め息を吐く。


「本当に大丈夫だろうか……」

「お義父様が、余計なことをしたせいで……」

 本来ならお屋敷勤めが叶って喜ぶべきところではあったが、予想外すぎる話の流れに、保護者二人は本気で頭を抱えたのだった。


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