(19)容赦の無い指導

 幹部会議に出ていたベタニスが民政局に戻り、近くの席の者達は若干心配そうに声をかけた。


「局長、ご苦労様でした」

「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「ああ……、大丈夫だ」

 明らかに疲労困憊しているように見える彼を、周囲は心配した。そんな部下達に力なく笑って見せてから、ベタニスは少し離れた席にいるシレイアに向かって呼びかける。


「シレイア。ちょっと来てくれ」

「はい」

 その声を聞いたシレイアは、仕事を中断して立ち上がった。そしてベタニスの机まで移動し、お伺いを立てる。


「何かご用でしょうか?」

 するとベタニスは、疲れたように溜め息を吐いてから口を開いた。


「一応、先に知らせておく。ローダス・キリングの、外交局から民政局への移籍が決定した。アズール学術院の設立目的に沿って、国内に限らず国外からも必要な人材を招聘したり、各種文献、技術や知識を収集する上で、語学に堪能、かつ各国の情勢や慣習に詳しい人間が居た方が良いとの判断で、それに相応しい人材を派遣する事になったのでな」

「はぁ、それはまた……。主旨は理解できますが……、良く認められましたね」

「今日の会議でも紛糾しまくったが、そういう結論に落ち着いた」

 驚きと困惑が半々のシレイアの台詞を聞いて、ベタニスが盛大に溜め息を吐いて肩を落とす。


「シレイア、お前という奴は!」

「この間の局長達の心労を、何だと思っている!?」

「他人事のように言うな!!」

「……私の移籍話ではないので、他人事ではないでしょうか?」

「お前なぁあぁぁっ!!」

 テンションが低すぎるシレイアに対し、他の者達は他に言うことはないのかと怒りの声を上げた。そこで乱暴にドアが開け放たれたと思ったら、喜色満面でのローダスが室内に飛び込んで来る。


「シレイア!!」

「なんだ!?」

「うわ、早速来たのかよ」

「気持ちは分かるがな……」

 周囲の者達はうんざりとした顔を見合わせたが、ローダスはまっすぐシレイアに駆け寄り、両肩を掴みながら嬉々として叫んだ。


「喜べ、シレイア!! 俺の民政局への移籍が決まったぞ!!」

 しかしシレイアは、その興奮と喜びを共有するどころか、冷え切った視線を彼に向ける。


「何が『喜べ』なのよ。ローダス、ふざけないでくれる?」

 不機嫌さを露わにしているシレイアに気圧され、ローダスは反射的に彼女の肩から手を放しつつ、慎重に問いかけた。


「え? あ、いや、だが、俺が移籍したら、結婚できるだろう?」

「あなた、民政局を馬鹿にしてるの?」

「まさか。どうしてそう思うんだ?」

「今は就業時間の真っ最中なのよ? それなのに結婚できるできないの極めて個人的な理由で職場放棄した挙句、他人の職場に押しかけて業務を邪魔するなんて、何様のつもりなの? それとも外交局は民政局よりも格上だから、そんな傍若無人な振る舞いをしても許されるとか、本気で考えているわけではないわよね?」

「誤解だ! そんな事は全く考えていないぞ!」

 思わぬ話の流れに、ローダスは周囲の視線を気にしつつ慌てて首を振った。その様子を見たシレイアは、小さく頷いてから真顔で彼に告げる。


「そう。それなら良かった。それじゃあ今後の事もあるし、ここでの心得を教えておいてあげるわ」

「心得?」

「民政局はね、駆け引きとはったりと派手なパフォーマンスで実績が取れれば何でも許されるような、一見ギスギス内実はゆるゆるの外交局とは違うのよ。ここはひたすらに地道に愚直に、国民の生活を守って向上させていくために粉骨砕身していく組織なの。局長、そうですよね?」

「え? あ、ああ……、まあ、そうとも言えるかな……」

 いきなり話を振られたベタニスは、些か狼狽しながら控え目に肯定した。するとシレイアはローダスに向き直り、淡々と言い聞かせる。


「分かったのなら、就業時間内に個人的な事で騒ぎ立てるなんて、もっての外だって事くらいは理解できたわね?」

「……ああ。申し訳ありません。お騒がせしました」

「ええと……、いや、分かってくれればよい……」

 自分に向かって深々と頭を下げてくるローダスを見て、さすがにベタニスは気の毒になった。しかしシレイアは、どこまでも容赦なかった。


「取り敢えず、移籍することになった理由の半分は私にあるわけだし、こうなったら私がとことん指導してあげるわ」

「え? 指導って……、シレイア?」

「民政局勤務としては、私が先輩になるんだから当然よね。職場ではけじめをつけて、シレイアさんと呼んで欲しいわ」

「は?」

「返事は?」

 一瞬、何を言われたのか理解できずに固まったローダスを、シレイアは軽く睨みつける。そこですぐにどうするべきかを察したローダスは、神妙に頭を下げた。


「……分かりました、シレイアさん」

「よろしい。それではさっさと外交局に戻って、自分の仕事をする。移籍するまでは外交局所属だし、移籍するとなったら仕事の引継ぎだって発生するでしょうから、余所で油を売っている暇なんかないわよね?」

「お邪魔しました……」

 すごすごと外交局に戻って行くローダスの背中を見送った者達は、彼に激しく同情した。


「彼が不憫過ぎる……」

「シレイアの言う事は間違ってはいないが……」

 そこで盛大に溜め息を吐いてから、ベタニスが重い腰を上げた。


「局長? どちらに?」

「そろそろ陛下から謁見室に呼び出しを受けている時間になるのでな。少し早めに向かう」

「ご苦労様です」

 戻って来た時より更に疲労感を漂わせながら、ベタニスは再び廊下に出て行った。





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