(18)周囲の動揺
寮の食堂で夕食を摂っていたシレイアのテーブルに、ミリーとオルガがやって来て声をかけた。
「シレイア、お疲れ。ここ良い?」
「勿論良いわよ。どうぞ。なんだか、夕食時に三人揃うのは久しぶりね」
「そうね。最近は結構残業とかもしているしね」
三人で同じテーブルに着き、和やかに食べ始めたのも束の間、会話が途切れたタイミングで、ミリーが顔つきを改めて言い出す。
「ねぇ、シレイア。今更なんだけど」
「なに? 改まって」
「ローダスとの事、一体全体どうなってるの?」
「はぁ?」
「…………」
クレランス学園からの付き合いであるミリーが、妙に真剣な面持ちで問いかけた内容を聞いて、シレイアは怪訝な顔になった。それと同時に、食堂内が見事に静まり返る。その場に居合わせた者達が固唾を飲んで見守る中、シレイアは困惑気味に問い返した。
「どうなってるのかって、何が?」
本気で分かっていないらしい友人に向かって、ミリーとオルガは半ば呆れながら追及を続ける。
「……この期に及んで、惚けないでくれるかしら?」
「ローダスとの婚約騒ぎに決まっているでしょう!?」
「第一報を聞いて腰を抜かす程驚いたけど、それ以後、全然進展が分からないし」
「周りも気を遣って、その話題に触れないようにしているのに、シレイアったら全然平気な顔で働いているんだもの! こっちが気が揉めて仕方がないわ!」
周囲の女性官吏や女性騎士達も、無言のまま深く頷いているのを視界に収めたシレイアは、少々不服そうに言葉を継いだ。
「別に、変に気を遣って貰わなくても良いのだけど……。それに今の話は、厳密に言えばちょっと違うわ」
「どこがどう違うのよ?」
「結婚を約束した婚約じゃなくて、ローダスが民政局に移籍して一緒にアズール学術院に派遣されるなら、結婚しても良いと求婚したもの」
「そんな言葉遊びなんかどうでも良いわよっ!!」
「酷いわね。言葉遊びなんかしていないのに……」
大真面目に訂正を入れたシレイアだったが、オルガに叱りつけられて溜め息を吐いた。するとここで、近くの席の者達から、控え目に声がかけられる。
「ええと……。実は、私も少し前から、凄く気になっていて……」
「でもかなり微妙な問題かもしれないから、迂闊に尋ねる事も出来なかったし」
「今のところ、彼の移籍話ってかなり難航しているみたいだけど、もし移籍できなかったら彼とは結婚しないの?」
「……そうなりますね」
相手が自分より年長者だった為、シレイアは控え目に言葉を返した。それを聞いた周囲が、更に声を潜めながら確認を入れてくる。
「ええと……、シレイア? あなた実は、ローダスの事がそれほど好きではなかったの?」
しかしその言葉に、シレイアはキョトンとした顔になって即座に否定した。
「え? 好きですけど? 私、毛嫌いしている人間に求婚するような自虐趣味を持ち合わせていませんし、物好きでもありません」
「でも……、条件が合わなかったら結婚しなくても良いかと思う程度には、結構どうでもよいのよね?」
そこで食堂内のあちこちから「先輩、結構むごい事言ってない?」とか「そうだと断言されたら、ローダスが不憫過ぎる」とかの囁き声が漏れたが、シレイアはその問いかけにきっぱりと答えた。
「はい。仕事を続けていく上で条件が良くて、生理的に無理って人間でなくて、ある程度好感が持てるのであれば、結婚相手は誰でも良いかと」
「シレイアにとっては、仕事が最優先なのね……」
「はい! 人の数だけ、結婚の形は無数にありますよ。身近にカテリーナさんやアイラさんのような見本もいるじゃないですか」
「そうかもね……」
自信満々に答えたシレイアに反論する気など起きなかった相手は、思わず遠い目をしながら力なく同意の言葉を口にした。
「思っていた以上に、考えが飛躍していたわ」
「……あの二人は、超特殊事例だと思うけど」
「これは、外野が何を言っても無駄よね」
「これで本当にローダスと纏まらなかったら、一生独身コースまっしぐらだと思う」
「でも絶対、後悔しないタイプよね」
「確かに」
シレイアの迷いのなさっぷりに周囲は唖然とし、もうなるようにしかならないだろうと、揃って達観する羽目になった。
※※※
「昨夜、女性寮食堂で、シレイアの同期に頼んで話題を出して貰った挙句の事の顛末は、こんな感じでした。今の話、本当にローダスにそのまま伝えて良いと思います?」
外交局内で、就業時間よりかなり早めに集まった面々は、ローダス達より二歳年長の女性官吏の報告を聞いて、本気で頭を抱えた。
「止めろ」
「そんな真似をしたら、ローダスがどんな暴走をするか分からんだろうが!?」
「今だってタイラー局長が、一歩この部屋を出たら纏わりつかれているんだぞ!?」
「これ以上、あいつを錯乱させてどうする!?」
「そうですよね……。そういうわけで、シレイアの方の意識を変えるのは無理だし無駄だし不可能だと断言しておきます。というか時間と労力の無駄だと思うので、この問題にこれ以上関わりたくはありません」
「…………」
完全に匙を投げた風情の彼女を見て、周囲の男達は揃って項垂れた。するとここで、このところすっかり馴染みになってしまった喧騒が、廊下の方から伝わってくる。それは徐々に大きくなり、勢い良くドアが開けられると同時に先程までの話題の主と彼らの上司が揃って現れ、双方の悲痛な叫びが室内に響き渡った。
「ですから! 無理を承知でお願いしています!」
「いい加減にせんか! もう就業時間だぞ!! 手を放せ!!」
そこですかさず一人が立ち上がり、冷静に二人に声をかける。
「おはようございます、タイラー局長。おはよう、ローダス。さっさと席に着かんか。今日も仕事が山積みだぞ」
「や、やあ、皆、おはよう……」
「……おはようございます」
そこでタイラーは救われた表情になり、いそいそと着席して早速仕事に取りかかった。対するローダスは憮然とした表情ながらも年長者の指摘に反抗するような真似はせず、大人しく自席に向かう。
その様子を眺めていた周囲の者達は、この騒動がいつまで続くのかとうんざりしながらその日の仕事に取りかかった。
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