(17)両家の悲喜こもごも

 シレイアからローダスへの条件付き求婚から、少し経過した休日。依然として事態は膠着状態のままであり、それを打破するべくキリング家の面々はカルバム家の面々を夕食に招待した。

 勿論、当事者二人の休暇日に合わせての事であったが、久しぶりの再会を喜んだのも束の間、さり気なくデニーが求婚の話題を口に出した途端、シレイアの独壇場が始まった。


「そういうわけで、思いもよらず後宮の王妃様の私室に呼び付けられただけではなくて、王妃様に加えて王様にもお目にかかれたわけ! それで王妃様から『この機会に、名前と顔を覚えておきましょう。今後の活躍を期待しています』と言っていただけて! くはぁあぁぁっ!! 今思い出しても、感激で胸が震えるわぁあぁぁぁっ!!」

「…………」

 エセリアとの久しぶりの再会から懇切丁寧に熱く語るシレイアに、「それは……」とか「だけど……」などと意見を口にしたり反論を試みようとしても、完全に無視され、眼中にも入っていない様子に、キリング家の面々は話の半ばから口を閉ざしていた。

 とうとう後宮内に呼び出され国王夫妻とのやり取りまで語り終えたシレイアは、感極まった様子で握った拳を震わせつつ歓喜の叫びを上げる。この間、静かに娘の話に耳を傾けていたノランとステラは、ここで微笑みながら感想を述べた。


「それはさぞかし緊張しただろう。だが、良い経験だったな」

「両陛下に個人的にお目にかかる事ができただなんて、官吏としてもそうそうない事なのでしょう?」

「勿論そうよ! そうよね? ウィルス兄さん!?」

「あ、ああ。確かに一官吏が、そんな風に両陛下にお目にかかる機会は滅多に無いな」

「そういうわけでローダス! 周囲に迷惑をかけたのは褒められた事ではないし私も怒っているけど、局長には『君の落ち度ではないから気にするな』と言われたし、両陛下に免じて勘弁してあげるわ! でも今後は気をつけなさいね!」

「あ、いや、それは確かにそうだが!」

 急に話を振られたキリング家の二人は、若干狼狽しながら応じた。しかしローダスの話を遮るように、ステラが予想外の事を言い出す。


「シレイア。実は私、ノランからアズール伯爵領への移住話を聞いた翌日、ワーレス商会に行ってみたの」

「え? どうして?」

「ワーレス商会はシェーグレン公爵家と組んで、手広く商売をしているでしょう? おそらく学術院の建設とか資材の納入にも関わっているだろうから、その土地の情報も集まっていると思って。ほら、アズール伯爵領としてエセリア様に下賜される前は、半分が王家直轄地で半分はどこぞの男爵家の領地だったそうだから、土地の名前を聞いてもピンとこなくて。情報も殆ど無かったし」

 それを聞いたノランが、思わずと言った様子で頷く。


「ああ、そうだな。私も国教会としての情報を集めてみたが、元々ある教会は規模が小さい上、実績が殆ど記録されていないし、布教活動なども熱心に行っている雰囲気ではなかった」

「ああ、なるほど。確かに、廃れ気味の土地だったから、あっさり下賜されたとも言えるわね。そこに付加価値をつけようとしているのが、エセリア様の凄いところだけど」

 父の言葉に、シレイアが付け加える。するとここでステラが、興奮気味に報告してきた。


「本当にそうよね。それで商会を訪問時に偶々ラミアさんがいたから、事情を説明して分かっている範囲のアズール伯爵領の事を教えて貰えないかお願いしたの。そうしたら、『それなら実際に行ってみませんか?』と誘っていただいたのよ!」

「え? 実際に行く?」

「誘って貰ったとは、どういうことだ?」

 揃って怪訝な顔になった娘と夫に向かって、ステラは上機嫌に説明を続ける。


「ワーレス商会の支店をアズール伯爵領に開設する予定で、今準備中なのですって。それに先立って、既に王都とシェーグレン公爵領とアズール伯爵領を三角形に結んで行き来する、定期運搬便をワーレス商会で運用しているそうなの。かなりの金銭や物資を運ぶから、負担金を払って道中シェーグレン公爵家の騎士に護衛して貰っているそうよ。途中での宿泊場所も確保されているし、凄いでしょう?」

「確かに凄いな……。その定期便に便乗させていただけるのか?」

「ええ、そうなの! 『実際に自分の目で確かめれば、どんなところなのかどんな生活を送りたいのかが、自ずと分かると思います』と言われてね。元々は鄙びた町だった所らしいけど、今急ピッチでアズール学術院の建設と、その周辺の街づくりがされていて活気があふれているそうよ。そういうわけだから、少し行って来ては駄目かしら?」

 最後は神妙に、ステラは夫にお伺いを立てた。するとノランは真顔になり、少し考えてから問いを発する。


「ステラ。それはいつから、どのくらいの予定だ?」

「来週末から二週間の予定よ」

「よし、分かった。私も行く。ワーレス夫人に、私の同行をお願いしてくれないか?」

「え? お父さん?」

 予想外の展開に、シレイア本気で驚いた。しかしステラは、喜色満面で問い返す。


「え? 本当? 一緒に行ってくれるの!?」

「ああ。今からだと、さすがにワーレス商会に迷惑をかけるだろうが?」

「いいえ、そんなことはないわ! 実は、事情を離した時、ラミアさんが『娘さんが心配なのは、大司教様も同じでしょう。宜しければ大司教様もご一緒に、シレイアさんが赴任する予定の地をご覧になりませんか?』と言っていただいたの! まさかあなたまで行くと言い出すとは思わなかったから、やんわりとお断りしたのだけど」

「そうだったか。それでは悪いが、改めてワーレス夫人に頼んで貰えないか?」

「ええ! 明日にもお願いするわね!」

 満足そうに微笑み合っている両親を目にしたシレイアは、心底羨ましそうな顔になる。


「私より先に、アズール伯爵領に行けるなんて羨ましい~。帰ってきたら、どんなところだったか教えてね?」

「ああ、任せておけ」

「色々、事細かに見てくるわね」

 ここでこの間の展開に呆気に取られていたデニーが、盛大にノランを叱りつけた。


「ちょっと待て、ノラン! お前、来週末から二週間だと!? いきなり、そんなに休みを取れると思っているのか!?」

 それを聞いたノランは、若干不服そうに長年の友人を見やる。


「そうは言っても、お前は普段、私が他の大司教と比べて総主教会に詰めっきりだから、休めと言っているじゃないか。この機会に休ませて貰う」

「あのな!? 確かに休めと言っているし、その期間に大きな行事もないから差しあたっての問題はないかもしれんが! 今現在、お前の異動問題で上層部が頭を抱えているのを、忘れたわけではあるまいな!?」

 そこでノランが大真面目に告げた。


「デニー。今、名案を思い付いた」

「何がだ」

「今回、無断欠勤して職場放棄してアズール伯爵領に滞在してくる。そうすれば懲戒処分の対象になって、ただの司教か司祭に降格されて、格下の規模の小さいアズール伯爵領に派遣されるのに支障が無くなる」

 ノランがそんな事を堂々と言い切った瞬間、デニーは憤怒の表情になった。しかしステラは夫の提案に対し、盛大な拍手と賛辞を贈る。


「あなた! 本当に名案だし、これこそまさに一石二鳥ね!! 凄いわ!!」

「いや、それほどでもないさ」

「そこで照れるな、馬鹿かお前は!!」

「ステラも、そこは褒める所ではないでしょう!?」

 デニーと罵声とマーサの叱責も何のその。その後もカルバム一家の暴走は続いた。


「なあ……、俺は『ローダスの結婚が決まったけど、ご破算になるかもしれないから、結婚できるように説得に協力してくれ』という訳の分からない連絡を貰って、実家に戻って来たんだが? 家に戻ったら、何をどう説明すれば良いんだよ……」

「うん……。もう王宮の執務棟内でも、凄い噂になっててさ。にっちもさっちも行かないようだから俺達でシレイアとおじさん達を説得しようと思ったんだけど、三人とも聞く耳持たないくらい浮かれまくってるし。義姉さんには適当に言っておいてよ」

「そうは言ってもだな……」

 ボソボソとレナードとウィルスが囁き合う中、ステラのとんでもない台詞が飛んでくる。


「異動と言えば、ローダスはまだ民政局への移籍が決まらないのよね? やっぱり官吏の立場だと、大司教より難しそうよね」

「そうなんです! ですから、その話は」

「安心して! ローダスくらい賢くて見栄えが良くて身元もしっかりしている有望株なら、引く手数多よ!! 私が腕によりをかけて、お嫁さんを紹介してあげるわ!! 任せて頂戴!!」

「あ、そうよね。その時はお願い、お母さん」

「頼むぞ、ステラ」

「ええ、勿論よ」

「おばさん、ちょっと待てください!」

「頼むじゃないだろうがっ!!」

「ステラ、あなた本気じゃないわよね!?」

 平常運転のシレイア達の台詞とローダス達の狼狽する様子の落差が酷く、兄弟は諦めの溜め息を吐いた。


「これは駄目だな……」

「本当にローダスが民政局に異動しないと、本当にご破算だろうな。残る手段は……」

「何かあるのか?」

「国教会トップ、総主教会総大司教の肩書で、父さんに国王陛下にローダスの異動願いを出して貰う」

 真顔で言い切った弟に、レナードは懐疑的な目を向ける。


「……おい。それって、思い切り公私混同じゃないのか? 第一、そんな事で移動が叶うものなのか?」

「分からないけど、やらないよりましだと思う」

「そうだな……」

 もう一人の弟に半ば匙を投げられているのが分かった末弟に対し、レナードは(強く生きろよ……)と憐憫の眼差しを送った。




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