(20)友情の再確認

 創設初期からの会員で社交的なサビーネは、紫蘭会の中でも年齢や身分の上下なく好かれた中心的人物だった。その彼女の結婚が本決まりとなった時、平民の会員は流石に挙式や披露宴などに参加できるわけはなく寂しい思いをしていたが、それを察したラミアが、サビーネと連絡を取り合った。その結果、挙式の直前の日程ながら空いている時間帯にサビーネを招待し、紫の間で彼女の結婚を祝う会が執り行われることになった。


「サビーネさん、結婚おめでとう!」

「お幸せに!」

「ありがとう。結婚してもこちらには時々出向くつもりですから、これからもよろしくお願いしますね」

 通常、書架の他はゆったりと余裕を持って設置してあるソファーなどが片付けられ、小さめのテーブルと椅子が点在してある室内は、主に若い女性達が集まっていた。口々に祝いの言葉を述べてくる周囲に、サビーネが朗らかに笑いつつ言葉を返す。それを聞いた面々は、何とも言えない表情で正直な感想を口にした。


「そういえば、ここに出入りしている事を、婚約者はご存知だと言っていましたね」

「すごく羨ましい」

「というか、凄いわね。サビーネさんもその婚約者さんも」

「ええ。世間一般の感覚からは、かけ離れているというか……」

「貴族だからって事ではないわよね?」

「寧ろ貴族の場合、平民より余計に世間体とか体面を気にするのかと思うのだけど……」

「あ、世間一般の感覚からかけ離れていると言えば、シレイアさんの婚約話も相当世間一般のそれとは逸脱していると小耳に挟んだんですけど。本当の所、どうなんですか?」

「え? 私?」

 急に自分の名前が出されたことで、シレイアは本気で困惑した。するとここでラミアが、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。


「シレイアさん、ごめんなさい。あなたの近況について話題が出た時、ステラさんから聞いた話を端折って、何人かに説明していたものだから。紫蘭会会員間では、それなりに話題に上がっていたの」

「ああ……、なるほど。そういうことですか」

 説明を受けて、シレイアは納得しつつ苦笑の表情になった。そしてこの間、挙式や披露宴準備で忙しく、紫の間に出入りできていなかったサビーネは、寝耳に水の話に血相を変えてシレイアに詰め寄る。


「シレイア、あなた本当に結婚するの!? この前会った時は、そんな気は皆無だとか言っていなかった!? もしかして、相手はローダス以外の誰かなの!?」

「落ち着いて、サビーネ。ごめんなさい、特に知らせていなくて。でも挙式直前で色々忙しいだろうし、落ち着いたら詳細を伝えようかと思っていたのよ。取り敢えず、ローダスと結婚するのを前提に話を進めることになったから」

 そんなシレイアの説明を聞いても、サビーネにしてみれば到底納得できるものではなかった。


「シレイア……。何? 今の突っ込みどころのある台詞は。最初から懇切丁寧に説明して貰うわよ?」

「ええと……、この場は、あなたの結婚を祝う紫蘭会会員有志の集まりだったはずだけど?」

「既成事実の私の結婚話より、青天の霹靂のあなたの婚約話よ。皆さん、そうですよね?」

「その通りです!」

「異議なし!」

「是非、詳細を聞きたいです!」

「分かったわ……。それなら一から説明するから……」

 周囲から力強い賛同の声が上がり、シレイアは溜め息を吐いてから詳細について語り始めた。


「そういうわけで、ローダスと一緒にアズール学術院に派遣される事が決まって、そっちでの生活と仕事が一段落したら、結婚してみようかなということになったわけです。以上。何か質問があれば受け付けるけど」

 エセリアとの面会から始まって、外交局に突撃しての求婚やローダスの移籍騒ぎ、果ては国王王妃との面会などを包み隠さず話し終えたシレイアは、淡々と話を締めくくった。彼女がすこぶる冷静に話し続ける間、周囲は唖然としながらそれに聞き入っていたが、話が終わると同時に呆れとも感心とも取れる溜め息が漏れる。


「エセリア様……」

「なんか、話が予想以上に壮大過ぎて……」

「どうして個人の婚約話で、王様と王妃様と対面することになるの……」

「カルバム大司教様も、思い切りが良過ぎる」

「そうだったのね……。でも、シレイアがこれまで通り官吏として働くのを諦めていなくて嬉しいわ。自分の想いを押し付けているみたいで悪いけど、シレイアには官吏としての仕事を極めて欲しいと思っているから。だって昔から、頭が良いだけではなくて固定観念に縛られていないシレイアは、私の憧れだったもの」

 サビーネのしみじみとした口調での台詞に、シレイアは恐縮しながら言葉を返した。


「それは買いかぶり過ぎよ。現に私は、結婚して官吏の仕事も続けようとか考えてはいなかったわよ?」

「それだけエセリア様が偉大なのを、今回改めて認識できたという事じゃない?」

「確かにそうかもね」

 そこで微笑み合ってから、サビーネは真剣な面持ちで言葉を継いだ。


「私、シレイアとはこれからも友人でいたいと思っているの。官吏を続けてもアズール伯爵領に行っても、時々は私と連絡を取ってくれる?」

「当たり前じゃないの! こっちこそ貴族の若奥様に私信を送るのは恐縮だけど、サビーネとはずっと友人でいたいと思っていたわ!」

「嬉しい。それじゃあ、改めてよろしくね」

「こちらこそよろしく」

 そこで二人は笑顔で手を握り合い、その様子を周囲の者達は微笑ましく見やった。



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